敵対
その時、不意に目を開けたクラウが体を起こした。
剣に手を伸ばす。
ティアがいる窓の向こうを睨み付けて小さく笑うと、呟いた。
「どうやらアイツが来たみたいだ。手はず通り頼む、ティア」
○○○
「お姫様は才能に溢れ、美貌にも、健全な精神にも恵まれ、慈愛に満ちていましたが。それはそれは臆病でありました」
白い羽根のペンを走らせながら涼やかな声が読み上げる。淀みなく、つらつらと。それはまるで何度も繰り返ししていることのように。
「期待されればされるほどに、優しい姫は心の内で叫びました。どうして私なのでしょう。どうして私なのでしょう」
傍らには両の手のひらに乗せられるほどの大きさの水晶玉が光を反射していた。映し出すのはここではないどこか。少女と少年の姿が見える。
「あの恐ろしき魔物をごらんなさい。外の世界は恐ろしいことがいっぱい。運命に立ち向かうなど女の身でどうして出来ましょう」
力が入ったのか、か細いペンの先はぱきり、と小さな音をたて割れた。
「出来るはずがないのです。希望の姫君など、いはしないのだから……!」
可憐な声はだが呪詛でも紡ぐように感情のこもらぬ呟きを続けた。
○○○
「なんだ。ツレは置いてきたのか?」
クラウの視線の先には魔人エィヴィ。ワイズの姿はない。ティアは物陰に身を潜めつつエィヴィの様子を伺う。
「三度目の正直だ、今度こそ勝敗を決するまで逃げるなよ?
逃げるのもまた実力のうち。まるでそんな物言いの目だが、負ける気はないのか特に返事もない。それでいい、言葉のやり取りは意味を持たない。
剣を構えたままのクラウと、顔に虫を張り付けたエィヴィ。対峙する二人の間にピリピリとした緊張が漂う。
夜ということもあり、ティアの位置からはエィヴィの顔はよく見えないが、虫らしき何かがくっついているのは月明かりでわかった。患部の位置は確認した。
(治癒の時間、クラウが敵の動きを封じてくれないと、途中で気付かれたら)
早る気持ちを抑えティアは固唾を飲んだ。
「お前は我々魔人と対等に戦う力がある。それはナゼか」
問いかけてはいないエィヴィの声に、クラウもティアも眉間にしわを寄せた。
「答はわかっているな──?」
静かで無機質な脅迫。素早い身のこなしでクラウが動いていた。エィヴィも遅れをとらずに互いに攻防を繰り広げる音が辺りに響く。とても目では追えない。ティアは内心焦り出す。
ただの人間ではないクラウを全力で排除に来た魔人。クラウだって全力だ。剣を振るいながら次々に魔法攻撃を繰り出す早業は最早演舞。
(……早すぎて、っ)
○○○
「ほら。貴女には荷が重い。やはり希望の姫君などいない」
水晶玉が映す光景を愛しそうに見つめながらにんまりと弧を描く唇が呟いた。
「いっそ逃げ出してしまえばいいのです。安全な場所へと。誰も咎めはしないのだから」
〇〇〇
寄生虫がついているせいか、もともとのものか。エィヴィはワイズより次の動きをよく読んだ。実戦経験が上なだけかもしれないが、クラウはなかなか攻撃が決まらないことに苛立ちを覚えた。ティアが治癒のチャンスを待っている。どうにか敵の動きを拘束し一時的に封じなければならない。解ってはいたがなかなかそんな余裕がない。
「アンタらの探してる、魔王って」
少しでも集中力を削げればと。無駄話を振る。
攻撃の手は止めない。
「とっくの昔に、勇者にやられたって話だよな?」
「──くだらんな」
剣を弾かれよろける。力押しで来られるとこちらに分がないかもしれない。
「魔王は滅びぬ。決して」
「じゃあ何で今、歴史の表舞台にいないんだよ」
弱点らしいものも見つからない。面倒な相手だ。沈着冷静、慎重、クラウとは相性が悪い。
「今に戻る。間もなくだ」
ハッキリと断言するエィヴィにクラウが息を飲んだ。魔王が現れるとすればそれを討つべきは自分。
「だがその前に邪魔者を消さねばならん」
「俺も。アンタらが邪魔だと思っていたところだ」
互いに軽く笑みを浮かべて睨み合う。手加減などないがまだ本気でもない。出方を窺いつつ好機を探っていた。
以前よりエィヴィが手強いのは確かで、いつまでも攻撃が有効にならない。クラウは左手に光の輪を浮かべた。
「片目じゃ不便だろ?」
指でクルクルと光の輪を回すうち、それは二重三重と数を増す。その数や動きを片目で正確に捉えるにはいささか眩しい。警戒したエィヴィがやや下がって構えた。動きは封じてはいないが、エィヴィが光の輪を警戒し集中したその時。ティアはエィヴィの負傷している眼球の治癒を開始した。ほのかな熱を感じたが眩しさに気を取られエィヴィは構えたままこれを見送った。
(おかしいわ。回復に手応えがない。……もしかしたら潰れた目は捨てたのかしら)
ティアは即座に治癒範囲を変更した。
(目がないなら、治すべきは顔の傷)
ペリペリペリペリ……
そんな奇妙な音をたてて、エィヴィの寄生虫が離れた。何が起きたかわからず驚くエィヴィの隙をクラウが見逃すわけもない。
「残念だったな。寄生虫の習性には俺も詳しい」
指にかけた光の輪は回転性の魔法の刃。手裏剣やヨーヨーでも扱うように、手を離れてもなお自在に操る。傷が癒え、虫が消え。晒された顔はぼっかりと穴が空いていた。未練を残した死霊のようなそれは、次の瞬間切り刻まれた。断末魔すら刻み込む。
「我らは、必ずや、魔王様を!!」
エィヴィが最期の力を振り絞ってクラウを掴んだ。
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