◾︎唐紅の白髪をもつ少年、キル

月夜ニ君ヲ想ウ

 幼い頃から何度も読んだ物語。


 膝の上に閉じたままの一冊の本。巷にも出回っている童話。今読みたいのはこれではない。


 かつて本当にいた魔王と、魔王の生け贄となった姫、そして勇者。三人は実在した。ティアは、物語では語られない三人の真実を追いかける数少ない者の一人だった。


 あまりにも大きくて重たい魔本は旅の荷物には相応しくなかったので、城に置いてきてしまったが。読む度に変わる文章は、同じはずの場面を幾重にも色をのせて多角的に描いたので、開く度に新しい発見をもたらした。


 魔本にはきっと、希望の姫君の魂が宿っている。ティアに何を伝えようとしていたのか、ちゃんと読み解きたい。


(魔本があったら、クラウやキルの考えていることを、わかりやすく教えてくれたかしら)


 灯りをつけない部屋の中、静かな寝息をたてているクラウとキルの姿が月明かりに照らされていた。それを見つめてティアは今伝説の中にいる不思議を実感する。


 キルは。クラウは。

 どこまで知っているのか。どこまでわかっているのか。どこまで覚えているのか。


 書き記された文章は風化しない。だけれど『ひとの記憶』は曖昧だ。


 同じものへ向かうはずだと信じていても、どこかで少しずつ軌道がずれていくのではないか、それだけの長い年月はたったのではないか。


 修正が可能ならば行動を起こすべきは自分。


 だけど。


 クラウはまるで何も知らないかのように見える。

 下手に動けば大事な何かが壊れてしまわないか。それが心配だった。



(私はあくまで脇役として、サポートをこなせばいい)


 ティアはそっと窓辺で本を開いた。


(私の働き如何で、この物語はハッピーエンドにもバッドエンドにもなる)



 じわじわと緊張や恐怖、負の感情がざわめく。そんなときはいつだって希望の姫君を思い浮かべる。


(大丈夫)


 優しくて賢くて強くて真っ直ぐな女性。誰よりも。力強く支えてくれる。


(私には希望の姫君がついてる)



 そういえば、とティアは目についた文字をなぞった。


(ファンダリアのことをファンドリアって訛るの。みんな同じでウケる)


 ファンダリアはファンダリアだ。教育係のアルが訛ってるなぁとこどもの頃によく不思議に思った。


(──訛り? あれは訛りじゃないのかしら)


 訛りだとすれば生まれ育ちが同じ地域になるはずだ。そんな共通点があるようには思えない。


(ファンドリアという言い方……共通点? どんな)


 少なくともクラウとアルにどんな共通点があるかは全く想像がつかない。キルとアルは髪の色だけ同じだ。


(文字だと同じ綴りで、ファンダリアかファンドリアかはわからない)


 物語の中で希望の姫君は自国を何と呼んでいたのだろう。

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