幕間 あったかいスープに死の接吻を act2
「ミザリー。お前は俺専属メイドだから、俺以外の世話は絶対にするなよ」
それはまるで支配欲や独占欲の強い男の言葉だった。
ただしそれを言ったのは年端もいかぬ小さな子供。
だというのに、言われた当の本人は頬を染めている。
その言葉の真の意味はワイバンにもしばらくはわからなかった。
とにもかくにも、そんな意味ではなかった坊っちゃんの言葉を受けて、若い女ミザリーはすっかり盲目の恋に堕ちたようだった。
「ミザリー嬢は両の眼のいろが違うんでさね」
「気味が悪いでしょ? 作り物みたいってよく言われたわ」
オッドアイ。気味が悪いかと言われればワイバンの容姿の方が余程である。が、ミザリーはミザリーの眼のいろの方が気味が悪いのだと本気で思っているようだったので、ワイバンは自身の容姿についてはあえて話題にしなかった。
「こんなの、壊れた人形のパーツがなくて、ちぐはぐになってしまったみたいな」
「珍しくはあるんでしょうが、どっちも綺麗ないろでさぁ。壊れても捨てられず、大事にされた年代物の人形なら大層価値もあるんだろうし」
「でも呪いの人形です」
年頃の娘にしてはやけに表情の乏しい顔で、ミザリーは淡々と話す。
「人から人へ手渡されては、呪いの人形を持て余し誰も手元に残したがらない」
「ここの坊ちゃんは。呪いのひとつやふたつ、今さら気にしないように思いやせんか」
「そうなのです。そこなのです。もう期待して傷つくのは嫌なのに。何度も裏切られてきたのに。私はまた淡い期待を抱いてしまう。失望したら故意に殺してしまうかもしれないし、大切に思っていても呪いで殺ささるかもしれない」
「坊ちゃんはあっしらに本気で殺されたい訳じゃあないとも思うんで」
「私のせいで死んでしまう」
うなだれるミザリーは本気で悩んでいた。相手が幼いこどもであることで罪の重さがまるで重くなるかのように。
「きっと坊ちゃんは本気で生き抜くためにあっしらを呼んだんでさ。死にゃせんでしょう。誰より隙がない。常に生きる選択をしている」
「私のせいでたくさんのひとが死んだのよ」
「隙だらけの凡人なんざ、遅かれ早かれ何かに巻き込まれてすぐ死ぬもんでぃ」
「クラウ様は、私がそばにいても、明日もいのちがある……?」
ミザリーには、およそそれが真実とは信じがたかった。いのちなんて誰も、風前の灯火くらい儚いものだ。ミザリーがそばにいるだけで、簡単に死んでしまうのだ。
「なにもしてないのに。次々と人は死ぬの。なにもしてないのに。私が殺したんだって」
「私……なにもしてないのに」
「ミザリー嬢が朝食に用意したスープも、坊ちゃんはすべて独りでたいらげてやしたよ。でもまだ生きて、あっしらの前に立たれるんで」
ワイバンが指さす先にスタスタ歩く主人の姿が見えた。普通に元気そうでミザリーは胸が熱くなる。
「ワイバン。お前も魔力耐性高いな」
ミザリーの横にいるワイバンに、そう言って笑う。
「へえ。こんくらいは問題はねえでさね」
「……マリョクタイセイ?」
言われた意味がわからず瞬くオッドアイ。
「ミザリーからは常に魔力が溢れてる。耐性がないとすぐ魔障にやられる」
「魔力……でも私、」なにもしてないのに。黙り込んでしまう。呪いの人形と蔑まれ、ずっと肩身の狭い想いをしてきた。そこにいるだけで不幸を招く。厄病神なのだと。言われ信じてきた。
そういえばこれまで命を落としてきたのは皆カラーズではなかった。
「じゃあ。じゃあ私が。これからもクラウ様のお世話をしても……?」
恐る恐る。小さな主人の髪に触れる。濃紺の黒。カラーズ。
「もちろんだ。だから俺以外の誰にも、食わせるなよ。有毒魔素料理だからな。耐性あってもあれはけっこうヤバいぞワイバン」
「主人の皿に手をつけるほどあっしも堕ちた人間じゃあ」
学のないミザリーでは、幼い主人と小男が何を話しているのか、すべてを理解することは出来なかった。聞きなれぬ言葉が飛び交う。でもそこに何か真実があったのだと、主人には見えていて、呪いの刃は届かないのだと理解して泣いた。
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