二人編成

 ユーヴィの襲撃を受けた宿は壁に大きな穴があいていた。怪我人はなし。どうやらクラウたちの部屋だけがピンポイントで狙われたようだ。正確にはそこにいたキルだけが狙われていた。


 クラウたちが戻る頃には大騒ぎになっていたので、申し訳ないが野次馬には魔法で眠ってもらった。


「ワイバン。宿の修理の手配を頼む」


 一方的にオーダーを出してからクラウは苦い顔で舌打ちした。


「なにそれ便利。遠話?」

「緊急時はどうしたって魔法が便利になる」


 ただし魔障の心配がないカラーズ同士に限るが。



 ティアは荷物が無事なのを確認して、あちこち傷んだ古い地図をそっと広げる。



「これはまだ勇者たちが千年魔王の城を目指していた時代の地図よ。今とはだいぶ地形が変わってしまったところもあるのだけど。クラウ。世界地図は持ってる?」


「世界地図は頭のなかに入ってる」


 手持の地図をわざわざ荷物から引っ張り出さずとも事足りる。もともとそれは自分が見るためではなく、他者と情報の照らし合わせの際に使用するのが主だ。だからティアの出した古い地図もクラウの脳内では即座に現在の地形と比べることが出来た。国の名前や国境は変われど、地形はそう大きく変化はない。水と陸の境界線が変わるから形が違って見えがちだが、山が突然なくなったりするわけではない。高低差で地形を認識しているクラウに言わせれば何ら問題なし。


「当時魔王の城があると言われていたのはこの地域。絶海の孤島で情報らしい情報もないけど、現在もおそらくは同じ場所だと思うの」

「なるほどな」


 クラウは古い地図を覗き込みしばし考える。


「一番近いルートを行くとなるとこの森へ進むべきだな」

「そこは任せるわ。近くまで行けば飴の魔力を辿るから」



 険しい山に囲まれ道のように延びる森が続く。人の出入りはないがそうした場所は魔物の出現率が極めて高い。そんな会話を先日したばかりだ。


 クラウは荷物を背負いティアを促した。



「一応念のため確認しとくが」

「うん?」


「森に入ったらリタイアは出来ないぞ。いいんだな?」


 ティアは腰に手をあてて怒ったようなポーズをしてみせた。


「みくびらないでほしいわ!」

「だから一応念のため確認しただけだ」



 何かあってもちゃんと守る、と心に留めクラウはそれ以上口を開かない。何故キルが拐われたかわからないが、早く助けにいかなくては。



(あの魔人、)


 クラウに用があるなら、回りくどい真似をせずあのままクラウを狙ってくれば良かったものを。


 とはいえ、あの時点で勝てる気がしなかった。



(あの時点で? 次に会う頃には自分が強くなってるとでも?)


 クラウは頭のなかで二転三転する思いを殴り付けたい衝動に駆られた。


(どうして俺は弱い! こんなにも!)



  ──おもいだしてよ



 耳に残るキルの静かな柔らかい声。確かに何かを掴み取れそうなそんな気がしたのに。結局は心が傾いたままで放置だ。


 このままではあの魔人からキルを取り戻すことも難しい。



「思い、出す……何をだ。勇者だった自分を……?」


 ふと呟いて、クラウは支度を終えたティアを振り返った。



「なぁ。ファンドリアのあの……あの話。勇者の伝説って。どんな内容だった?」

「『勇者王子と希望の姫君』のこと?」



 世界中、誰もが当たり前に知っているおとぎ話。それは千年魔王が恐れられていた頃の昔話。魔物の軍勢が攻めてきたのを食い止めるため、お姫様は身を呈して、自分の命と引き換えに国を守ろうと千年魔王に懇願した。生け贄として千年魔王に拐われたお姫様は、魔王の城で勇者王子と出会う。


 魔王を倒すまでの物語は諸説あるが、どの物語も最後には勇者王子が千年魔王を倒し、お姫様の国へ帰り、二人は末永く幸せに暮らすというエンディングを迎える。



「前にも言ったけれど、物語は物語。ただのでっち上げだわ」


「でっち上げ……。でも、……じゃあ、皆が信じているのは……。」



 勇者王子が、千年魔王を倒したのではないのか?


 喉につかえてしまった言葉はなかなかすんなりとは出てこない。


 クラウは途端に不自由になってしまった言語に視線をさまよわす。



「希望の姫君たちが、何を、どうしたかったのか。私が知っているのは多分断片にすぎないわ」

「断片でも、ないよりマシだろ」


 ほんとうにそうかしら。ティアは微かに迷う。迷って、迷って、だから問う。



「クラウはどうしてキルを助けたいと思うの?」


「は?」


 白けた顔がティアを見る。


「理由なんか必要か?」

「目の前で誰かが魔属に拐われた」

「強いて言えば俺が勇者だから?」


「仮にも自分の付き人だろ?」


 降り注ぐクラウの言葉にティアは困った顔をする。


「違うの、私がききたいのは、……」


「言いたいことがあるなら俺にもわかるように言ってくれ」


 軽く憤慨するクラウにティアは肩を落とす。



「そうね。当たり前よね。それはわかってるの。私だってキルを助けるわ。でも、……でもね、『どうして』の部分が重要なの。『自分の役割を果たすために』今の貴方は動いているの?」


「だから何言いたいかわからねえよ」



 ティア自身も何を言えばいいのかわからなかった。きっと支離滅裂なのだ。それでも言葉は止まらない。



「何を思い出しても。最後にはちゃんと私と結婚してくれる?」



 どん引き。言えば言うほどクラウが遠ざかるのはわかっているのに。それでも言ってしまう。困惑、軽蔑、呆れ。様々飛び交うクラウの意識は痛いくらいティアに伝わる。だがその裏ではっきりと見えたことがひとつだけあった。



「私は多分キルに嫉妬するんだわ」


「??? 頭だいじょーぶか?」


「大丈夫よ。病気や故障ではないわ。それなら自分で治せるもの」



 感情の暴走は鎮まるのを待つしかない。自分で治療が出来る分、病であるほうがタチがいい。


 ティアはまっすぐにクラウを見た。感情はあらぶっていたが、同時に案外落ち着いていた。言わなくてはならないなら、クラウがそれを望むなら、ティアはそれを開示しなくてはならない。



「キルは貴方を解放する。貴方はすべてを取り戻す。それでもまだ貴方が私を少しでも見てくれるのか、私にはわからない」



 きっぱりと言い切ったティアに、クラウはややして頭を掻いた。



「だめだ、やっぱわかんねえ」



 頭をフルに回転させてみたが、意味を理解出来なかった。リアルに実感出来なかった。与えられた情報が曖昧で掴み所がない。クラウの前世を取り戻すことにキルがかかわるらしいことはわかった、が。


「お前はいつだってひたむきで、その姿勢を俺は買ってるつもりだ。今まで一人でやってきたが、正直お前やキルなら、仲間でもいいとさえ思ってる」


 クラウは言いながらだんだん表情を曇らせていく。困惑は疑問や不可解といった領域を展開した。



「それなのにお前はさっきから一体何を言ってるんだ?」



 正直な意見だ。腹を割って話すのが最もな近道のはずなのだ。



「貴方が私に個人的な感情なんてないのはわかってる。今も昔も、きっと」



 この会話がはたして噛み合っているのか、クラウには最早判断がつかない。同じ次元を生きているかさえ怪しい。クラウは沈黙した。



「それでも。希望の姫君がそうであったように。私も。最高のサポートをするわ、最後まで」


「よくわからないがわかった。なんかすごく熱意は理解した。わからないだらけだががんばれ」



 “──たとえどんなに私が言葉を駆使して愛を奏でても。貴方が振り返ることはないでしょう。それでいいのです。私は貴方を愛します。貴方が向かう先を共に見つめ、貴方が願う願いを共に夢見、貴方が愛する日常を共に守りましょう。よき友人として。”



 思考を放棄したクラウの前で、ティアはかつて希望の姫君が抱いていた想いを真に理解した。これは永遠の片想い──、そうに違いない。好きだと言葉で伝えるよりも、こっちを見てと束縛するよりも、最優先して成すべきはクラウの為に生きること。誰よりも味方であること。



 穏やかなファンダリアの城を一歩出れば、そこは弱肉強食のサバイバルな世界だった。自分は弱い生き物なのだと知らなかった。強いと思っていた。安全圏でだけだった。


 でも現れた少年はただ一人、この手を掴んでいざなってくれた。


 どんなにぶっきらぼうで言葉や態度が悪くてもクラウは優しい。リベアよりティアを優先しろと無茶振りをすれば何だかんだでそれをしてくれた。足でまといでも上手く使おうと考えてくれた。存在をきちんと考慮してくれるのだ。


 だからこそ。愛しく思えた。振り回したくはなかった。



 何より。希望の姫君は『彼ら』を見ているのが好きだった。



(私も同じ。だからクラウとキルは、一緒にいるべきなのよ)



「男の子同士の友情って何か羨ましいわよね。私は女だから入っていけないってわかってるけど、だからこそ余計に羨ましいのよね」


「そうか? いうほど俺は友情は感じないが。というか今までそういう位置関係にいたやつがいないからわからない」


「困ったときキルにはさらっと相談したりするでしょ。ごく自然に」


「ふうん?」



 ごく自然にしているなら本人は無自覚だ。以前戦場が混乱した際キルの意見を求めもしたがそのことだろうか、とクラウはぼんやり考えた。



「とりあえず、何があっても私と結婚してよね」


「だからお前の話はさぁ、いつも脈略が」


「いいからイエスって言いなさいよ」


「何それ脅迫???」



 一切の重い空気を感じさせない二人はわーわーと言い合いながら、魔王の城に向け出発した。


 切なる想いを笑い話に変えながら、不安や迷いを掻き消して。


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