幕間


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[幕間③]§ 遠い昔のお話/魔王と勇者 §

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 結果から言えば、失敗した。


 未完成であっても魔王となった今、自害自傷は叶わなかった。また、魔王は魔属に対して攻撃することも出来なくなっていた。否。魔王が傷を負わせた魔属はより強大な魔力を宿し、潜在能力を開花すらさせた。


 あらゆる手段を試したが、なすすべがない。



(――八方塞がりか、)



 魔王となってしまった自分に出来ることはもうないのか。最強の役立たずはため息をついた。


 やがて魔王として完成してしまった自分を冷静に分析する。どこかに弱点はないか。何か策はないか。


 しかし、知れば知るほど絶望的だった。魔王は魔属に力を与える存在であり、魔属を滅する者にはなりえない。



(こんなことならば、魔王は後回しにして先に魔属を殲滅させれば良かったか……。魔神だけはわかる限りすべて倒したが)



 思えば最初に魔神と戦ったのは幼少時代だった。当時魔神の国潰しは珍しくはなく、ついにミゼラドの地にも魔神が現れた。


 しかし、エデン率いるミゼラドの民はこれと勇敢に戦いついには勝利した。幼い王子も参戦していた。最も古い記憶となる。



(……残る魔神がもしもういないのならば。魔人や魔物くらいであればミゼラドの民に任せようか)



 魔王と化した己は殺戮衝動や破壊衝動が絶えず渦巻く。ひとであった時分よりも短絡的思考になりつつある。いづれ自制が利かなくなるかもしれない。事を起こすならば理性のあるうちでなければならない。



「……。ユーヴィは何処か」


「は。お呼びでございますか魔王様」


「これより進軍を開始する。すべての魔属をミゼラドの地へ」



 世界中に散らばっていた魔属を呼び寄せたのは、把握の為でもあった。ミゼラドと魔属の戦いはこうして七年もの間続くこととなる。世界の魔属を一手に引き受ける形となりミゼラドは凄まじい戦地と化したが、それと引き換えに世界は束の間平和になった。





 七年目。魔王の目論見から僅かに戦況がずれだしたのは、頼りのミゼラドの消耗が一時より著しく魔属は数で圧していた。戦力の要であったはずのエデンがミゼラドの戦地から欠けたのだ。



 エデンは国を離れ、単身魔王の元へ現れた。



「久しいな、吾が王子――否、魔王よ」


「何をしに来たのですか? 戦場はミゼラドです」



 最強の戦士が前線を離れたことでミゼラドは明らかに陣形が崩れていた。エデンらしからぬ失態に映る。



「今よりここが戦場よ。長引く戦に嫌気がさし頭を潰しに来たまで」


「…………」



 それは僅かばかりの誤算。しかし魔王はすぐにそれを承諾した。



「なにゆえそなた自身が戦場に現れぬかずっと考えておった」


「答は出ましたか」


「これが答よ!!」



 エデンには、この想いは届かなかった。魔属の一掃を謀りミゼラドに賭けた想いは理解されなかった。


 黒く煌めく二刀の曲剣を構え、エデンは腰を落とした。


 禍々しい黒はこの胸に渦巻く殺意すらゆっくりと吸い込んでしまう黒い穴のように見え、魔王はうっすらと口許を綻ばす。



「その剣で狩るのですか、私を。お優しい母上様に私が狩れますか」


「穢らわしい魔王など。かける情けもない」



「―― 愚 か し い 」



 く、と笑いを漏らす魔王にエデンは険しい顔を向ける。



「愚かしくいとおしい。貴女に私は倒せない」



 魔王が両腕を拡げた懐、エデンは躊躇なく飛び込み斬りつけた。魔王はまったくかわすことをせずその両の刃を身に受ける。



「――《魔王封じ》の剣である」



 エデンの低く唸る声に魔王は頷いた。



「どうやら魔力が大幅に削ぎ盗られたみたいですね。やはり、ミゼラドを攻めたのは正解だったみたいです」



 魔力の欠損。強すぎる己の予期せぬ弱体化に魔王は微笑む。エデンが来たのは誤算だが、魔王封じの剣は嬉しい誤算となる。



「ミゼラドはこんなおぞましい剣を生み出したのですね、 素 晴 ら し い」


「余裕ぶっておると痛い目をみるぞ」



 傷はすぐに修復されるが失われた魔力の回復はない。魔王はその傷痕を愛でた。



「ミゼラドは私の誇りです」



 ゆっくり。顔をあげ。エデンに微笑む。



「私は貴女に敗けません。貴女を魔王にはしません。愛しいミゼラドを潰してでも、世界の魔属は排除します」


「――…っ、そなたまさか……」


「すぐ。ミゼラドに返り戦況を立て直してください。貴女なくしてミゼラドは持ちません」




 魔王に身を堕としてなお、誇りと尊厳を失わないミゼラドの王子が常に見つめるは世界。


 エデンは息を飲んだ。



「――魔王は皆、理性をなくし狂うと聞くが、」


「事実としてミゼラドの戦士は皆、強い精神力をも持つとも聞きますが?」



 微笑みを絶やさぬ問答に、ついにエデンは言葉をなくした。



「魔王封じ。その剣をいただいてもいいですか? ここを訪れる勇者たちに」


「そなたは。いつまで戦うつもりぞ」


「この心、折れるまで。」



 エデンはしばらく魔王を茫然とみつめ、やがて黒い曲剣を地面に放り投げた。



「魔王封じは魔王のみならずすべての魔力持つものに対して有効だ。魔属も人間も問わない。おそらく悪魔がいたとして、有効となろう」


「人間に対しては無効であってほしかったですね、」



 エデンは苦笑し、やがて嗚咽を噛み殺す。


「さぁ。もう早く行ってください。ミゼラドだけが頼りです」




 しかし、間もなくミゼラドは魔属の軍勢に敗れ、その長い歴史に幕を降ろす。


 魔王にとっての真の絶望が訪れた瞬間だった。




「魔王様。次はどこを攻めますか」


「どこでもいいよ。適当に強そうなところに攻めなよ。ミゼラドより強い国なんてないんだろうけど。……あぁ、もし相手が降伏をしてきたら潰しちゃ駄目だよ?」



 ミゼラドにより魔属の数は激減した。激減はしたが。



(……殲滅するには、まだ足りない)



 しかし。


 ミゼラドに集中していた魔属の攻撃がまた各地に広がると、魔王のもとへ現れる勇者も自ずと増えた。


 魔力などいくら削がれようと、ミゼラドの王子は強い。魔力など使わずとも勇者を返り討ちにするのは簡単だった。



(弱い。あまりにも弱い)



 絶望の時代は続いた。


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