ハウラ談合


「俺にはどれがその魔王封じか判断出来ない」

「お前にはわかるみたいだが」


 前髪の隙間から覗く眼光。蒼く澄んだ静かな眼差し。何ら感情は含まない問いかけ。実際に発せられた以上の意味をいくつも読み取り、勝手に懐かしむ。失笑。そうじゃあない。


 束の間。クラウの視線をまっすぐ受けて、キルは笑みを返した。


「そうなんだ。てっきりクラウなら魔力の流れも見えてるかと思った」


 指の先でクルクルと緋色の髪を弄んでいる。そこにティアが口を挟んだ。


「私。ちょっとならわかるわよ」

「そりゃあそうだろ。お前はちゃんと魔法の勉強や訓練を積んだいわゆる魔法使いだ。それも超上級、特級。白魔導の使い手様だしな」


 トゲのある言い方に聞こえたかもしれないが、別段嫌味は含まれていなかった。魔法使いは想像を絶するくらい皆猛勉強をする。人間でありながら魔法を駆使しようというのだから半端な覚悟ではない。


「生憎。俺は魔法使いじゃない。生まれつき使えるものを我流でこなしているにすぎない」


 知識や技術でいえば劣る点も多々あるだろうことを理解している。


 魔導の痕跡を見抜く眼力。強く意識すれば多少はクラウにもわかる。


 最近は特に気をつけているので、リベアの張った氷のフィールドも、ワイバンが聞き耳を立てているタイミングもなんとなくわかる。それでもあの剣の力は見抜くことが出来なかった。


 魔王封じ。それらの道具がどういったものかは先ほどのΔDDの報告で確認したが。


「俺だけだと魔王封じは手に負えない。お前たちが俺と一緒に来るんならその辺フォローしろよ」


 ぶっきらぼうに言うとキルが小首を傾げた。


「それはつまり、『頼りにしてるよ』って意味に受け取っていいのかな?」


 クラウは苦虫を噛み潰したような顔でキルを見た。今まで一人で出来ることしかしてこなかったクラウは他人を頼ることに不慣れであり、仲間という扱いに戸惑いが付きまとう。


 相変わらずニコニコしているが、一々キルはクラウが触れてほしくない部分に直球だ。


「ダメよキル。クラウはデレ方のわからないツンデレなんだから」


 何を言われたかよくわからないが、ニュアンスで大体の意図は掴める。ますますクラウが押し黙るとティアは「ね?」とキルに目配せをした。何が「ね?」だ。


「明日はここだ! ここを通ってコッチに行く!」


 無理矢理話をへし折り、クラウはユーラドットの地図をビシビシ叩く。

 ティアは何かぶつくさと呟いたがキルは素直に地図を覗き込んだ。


「森を抜けるの?」

「海を泳ぎたいなら好きに崖からダイブしろ!」


 そんなつもりでキルは言ったのではないが、引き続きクラウはご立腹だ。主にティアの責任だ。


人気ひとけのない場所は魔物が出やすいね」

「そうだろうな。何せ俺はそいつらを狩る為に旅をしている。魔物を避けていくんじゃ意味がない」


 幾分言葉のトゲを和らげながらクラウはそれでもふんぞり返った。その様は偉そうというよりは投げやり。


「雑魚はいくら倒してもきりがないけどな」


 遠くを見るように天井を眺めて呟く。


「この国のエビルバスターはちょっと頼りないけど、一応二人はいるんだし。クラウが一々弱い魔物にばかりかまけているわけにはいかないでしょうね」

「だけど集団でいるような魔物だと、彼らには多分荷が重いよ」


「とにかく、だ。強い奴を優先しつつ可能な範囲で全部狩る。弱い魔物も放っておけばやがて進化するし、魔人になられると困るから気が抜けない」


「魔人って。どのくらいいるのかしら」

「さてな。俺としては魔人のさらに上の魔神が気になるんだけどな」


 クラウとティアの会話に、キルはボンヤリと遠くを見た。


「魔神、かぁ……」


「強いのかしらね」

「見たことないけど普通に考えて魔人以上の力を持つのは確かだろ」


 クラウでさえ。まだ一体も遭遇したことのない魔神。すべては未知の存在だ。魔人自体の個体数も多くはないはずだから、当然とは思うが。一体でも魔人がいる限りはそれが魔神に進化しても不思議はない。


「…………。魔神を倒せないなら、魔王なんて到底無理だ」


 ポツリと出た。今はいないはずの魔王を、無意識下でも意識している。


 無慈悲なものだ。勇者が挑むべきは魔王で、魔王は魔属に守護されている。すべてを倒せないなら魔王まで到達出来るかもわからない。本来であれば。


「そういえば一人いたわね。数々の魔神を屠り、魔王の元へたどり着いた勇者が」



 


 ティアは神妙な面持ちで呟いた。



「一人? 一人だけ?」


「そうよ。あらゆる文献を見たけれど、魔神の存在が確認出来るのは古代ミゼラドの王子勇者の英雄叙事詩の中だけだわ」


「なんで。なんで他の話に魔神は出てこないんだ。一人だなんておかしいだろ」


 上ずって声がおかしくなりそうになり、クラウは一度生唾を飲み込む。他の勇者がすべて魔神に打ち勝つことが出来なかったのか、遭遇率の問題か。どちらにせよ唯一人とは解せない。


「ミゼラドというのは太古の昔に栄えた大国で、当時は魔神によって一夜のうちに国が滅ぼされることも珍しくはなかったそうなの。彼以前の勇者の伝説には魔神による被害の話は出てくるけれど、対決して勝利した記録は皆無だわ」


「つまり……それだけ魔神は強かったということか?」


 絶句するクラウにティアは首を傾げた。


「それはわからないわ。ただ、一つ言えるとすればこのミゼラドの勇者は、他の勇者の伝説と比較しても段違いに強かったということ。もともとミゼラドは戦闘武術に長けた国ですべての国民に武術の心得があったというわ」


 すっかり学者顔のティアと対照的、クラウはわかりやすく動揺していた。


「千年魔王を倒した勇者より、そのミゼラドのやつは強いのか?」


 一番有名とされる最後の勇者より、太古の勇者が。最強なのか。いや、どっちが強かろうが関係はない。ただ、その領域まで自分は到達出来るのか。クラウは沸き起こる焦燥に戸惑う。


「その質問は。私が安易に答えるわけにはいかないわ」

「時代も違うしね。ミゼラドの叙事詩はアテにならないかも。話を盛ってそう」


 キルは小さく笑って肩をすくめた。確かに叙事詩や神話によく聞くものは、物事を大袈裟に大雑把に扱う傾向がある。人伝に広まるのだからそれも仕方ない。キルの言葉もクラウにはすんなりと受け入れられた。


 だが。


 魔神がいつか目の前に現れた時。


(……唯、一人、か)


 魔人すらトドメをさし損ねた自分。まずは遭遇する魔人を確実に倒せなければならない。クラウは目を閉じゆっくり息を吸い込んだ。


(もっと。強くならないと)



「あのアマガエル、俺に『夜も怯えて過ごせ』的なこと言ったわりに、未だに奇襲に来ないな」


 エメラルド号を襲撃してきた魔人を思い出しクラウは悪態をついた。


「アマガエル」

「色がカエル色だったから? 海老魔人さん可哀想」


「今夜あたり来い。返り討ちにする」



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