港町のハウラ


「ご機嫌麗しゅうございます、クラウ様」


 そう言ってこうべを垂れた老紳士に、キルとティアは視線釘付けだった。立ち寄った町で宿をとった夜のこと、突然の来客に興味がわかないはずもない。服装は仰々しい装飾のマントに包まれ、いかにも只者ではない厳格な雰囲気を纏っている。年の功だけではない貫禄が、これでもかと漂っていた。


「どこの王様かしら」

「多分ね、王様ではないよティア」


 ひそひそと部屋の片隅で様子を伺う二人を無視して、クラウは部屋の入口玄関先で老紳士と話を進めた。


「こんなところまですまないな」

「いえいえ、老いた私めに出来ますことと言えばこのくらい。もっとお役にたてればよろしいのですが。……時にクラウ様、そちらの方々は」


 老紳士がにっこりと紳士的な微笑みでティアとキルを見る。二人は慌てて立ち上がり挨拶をした。


「はじめまして、私は」

「気にしなくていい」


 婚約者です、などと名乗られてはたまらない。クラウは老紳士の視界を遮るようにズイっと体を割り込ませる。


「おやおや。」


 老紳士はそう笑っただけで、懐から一通の手紙を取り出しクラウに差し出した。


「出過ぎた真似をいたしましたな、お許しくだされ」

「ご苦労だった」


 本題以外は許さない。そんなクラウの圧に忠実な老紳士が立ち去るとティアは素直な感想を漏らした。


「クラウってば偉そう」

「王子様だから実際に偉いんだよ」


「うるさいな。ごちゃごちゃ言うなら聞かせてやらないぞ」


 手紙を読んでいたクラウがティアを一睨みするとティアは首を傾げる。


「何のお手紙?」

「本部にいる俺の代理人からだ。ΔDD関連の情報などをまとめて報せてくる」


 無論、クラウからも随時報告の手紙は出している。貰うばかりではない。


「ΔDD……」


 耳慣れないそれにキルが呟くと、クラウは思い出したように説明を付け加えた。


「仲間内のスラングだった、すまない。世界退魔機構、ΔDD。エビルバスターの大元みたいな組織な。グラシアとかファンドリアが主な拠点だ」


「さっきの人は遥々グラシアから来たのね」

「魔導師だからな。どこにいても俺の緋色の通行手形で所在地がわかるんだ」


 へーっと感心したようにティアは言った。


「ますます便利」


 手紙にざっと目を通し終えたクラウは、ティアにそのうちの一枚を差し出した。


「え、読んでもいいの?」

「リベアのことが書いてある。お前、気にしてただろ」



 渡された手紙には、綺麗な文字が並んでいた。あの一件でユーラドットのエビルバスターとエビルチェイサーの体制はかなり変わろうとしているようで、ΔDDとは必要に応じて連携をとることになったらしい。


「リベア……」


 思わずティアは呟いていた。魔力を著しく欠損したリベアはエビルバスターを辞めて故郷へ帰った。その原因となった剣についてはΔDDが押収、──それ以上は読む気になれず手を下ろした。


「エビルバスターを辞めても、幸せになるといいよね」


 後ろからそう言ったキルにティアは力なく笑顔を返した。


 クラウはティアはの手から手紙を回収するとぶっきらぼうに呟く。


「アイツは大丈夫だろ。強かしたたかからな」

「何てこというの! ……まぁ確かにそうだけども」


 キルは笑った。


「ティアは元気でいるほうがいいよ」

「私? 私は元気よ、心配ご無用!」


 メソメソしてるような女ならとっくに置いてきたと思う。それがわかってるのかいないのか、とりあえずティアは明るく振る舞う。


 クラウは地図を広げて明日からのルートを考えた。


 リベアのことは残念だったが、足を止めるわけにはいかないのだ。意識から閉め出すように、排除した。



「魔王封じの武器って他にもまだあるのかしら、」


 しかしクラウが背を向けた問題も、ティアはきっちり回収していく。


「どうだろう。古いものだからよほど手入れや管理をしてないと使えない代物だろうけど。現にあったわけだから、他にもあるかもしれないよね」

「その件なら──」


 クラウは。ため息混じりに顔を上げた。


「ΔDDも動く。もし次目の前に現れたなら俺も回収なり破壊なり、その場での最善を尽くす」


 すべての問題を抱え込むことは出来ない。自分の目の及ぶ範疇、手の届く範疇以外は頭を悩ませても意味がない。考えもせず結論付けてしまうクラウは淡々としていた。


「ただし」


 まっすぐにキルを見て言う。


「俺にはどれがその魔王封じか判断出来ない。お前にはわかるみたいだが」


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