祈り
ため息をついてクラウはキルに小さく訊ねた。
「お前はどう思う? ちょっと短時間に色々ありすぎて、誰が味方で敵やら自信がなくなった」
「僕はクラウとティアの味方だよ」
「そこはわかってる。ついでにさっき俺が呼んだワイバンも味方にカウントしてくれ」
問題はそれ以外のメンツだ。
「んー。そうだね、リベアのいう通り僕ら余所者だからね。せっかくティアが頑張ってくれたのに申し訳ないけど、とりあえず一旦全員気絶させておいて赤河の彪の皆に相談する?」
「全員気絶させたら連れていけない、エビルバスターの二人を潰す」
キルが微かに笑った気がした。短いやり取りだったが迷いは晴れた。クラウはキルを振り返らないまま簡単な感謝の言葉で締め括る。軽口で返していたキルはしかしクラウの背後で再び表情を堅くして付け足した。
「でもあの剣は気をつけてください。魔王封じで斬られると
魔王封じとは、勇者が魔王を討伐する為にこの世に生み出された剣である。魔力を失う、とキルは事も無げに告げたが。先ほどクラウの代わりに攻撃を受けたのはリベアだ。知っていて飛び込んだのか。
動揺しかけた自分に、だがクラウは言い聞かせた。まずはあいつらを倒してからだ。
「ごちゃごちゃ相談は済んだかよ!」
「ああ。待たせたな」
クラウが男たちに向かって歩を進めるの見てワイバンは自分の剣を鞘に収めた。時間稼ぎの役目もここまでだ。
一方クラウは背中の剣を抜き放つ、滑るような鋼の音が聴く者全ての身心を冷ややかに締め付けていった。刀身の尖端が鞘を離れた瞬間、クラウの姿が消えた。そこにはもうキルしかいない。どよめくエビルバスターたちにキルはうっすら微笑みを浮かべて見せる。
(今この世界で一番敵に回してはならない相手を怒らせた代償にしては随分安い。甘くて優しくて──嫌になるよ)
魔法も使うはずのエビルバスター達はしかしクラウを視覚で捉えられず、何一つ抵抗さえすることも出来ないまま意識を狩られた。喧嘩が強いなどというレベルでは到底戦いにもならない。見習い少年は目の前で白眼を剥いたエビルバスターにおののき腰を抜かす。
「勘違いしているみたいだが、俺は消息不明のエビルバスター達の救助が目的でここに来た。ユーラドットから依頼を請けている。……他にも誰かまだやるか?」
肩に剣を担いだ年端もいかぬ
「他国のエビルバスターは、こんなにも強いのか!?」
息を飲むばかりの彼らには、少しばかり悪い気もした。クラウはただのエビルバスターではないのだ。
全員がひとまず大人しくなった。剣をしまいクラウはティアを振り返る。そこにはもう隣にキルがいてティアを慰めていた。
「無理はしちゃダメだよ、ティアだって限界じゃないか」
クラウが歩み寄ると、傷口の塞がったらしいリベアと涙ぐんだティア。キルはクラウに場所を譲る。
「何泣いてんだよ」
「ごめんなさい、私リベアを治してあげれない」
今も治療を続けているのか、横たわるリベアに翳した手が震えていた。俯いたティアがぽろぽろと涙を落とす表情は見えなかった。
「もう傷は塞がってる」
クラウがティアの手の平の上から手を重ねやめさせた。ティアは本格的にしゃくりをあげて泣き出してしまった。リベアの魔力を戻せないことがそんなに悲しいのか、
「馬鹿だな、お前のせいじゃないだろ」
このまま続けたって、ティアが壊れるだけなのだ。叶わないこともある。適わないものもある。諦めなければさらに失う。
「泣くな」
泣けないクラウの分もたくさんティアが泣いて涙を流せば忘れられるのだろうか。クラウはティアを小さな子供を抱えるように抱き締めた。
その時。目を覚ましたリベアがぽつりと、空を見たまま呟く。
「罰を受けただけなんです」
クラウがティアを抱えたままリベアを見る。リベアは空に手を伸ばしていた。
「リベアのことなんか、気にしなくていいですよ」
どうやら。幼く見えたリベアもただの仮面だったようだ。魔力をなくしたリベアは取り乱すこともなく現実を受け入れた。
「どうして俺を庇った」
クラウの問いにはクスリと笑って、顔をこちらへ向ける。
「最初から、わかってましたよ。このひとは違う、って。だから巻き込んじゃいけないんだって」
そう言ってから顔を覆う。
「最低ですよねぇ」
「リベア一人だったし」
「子供で弱い女なんて」
他のエビルバスター達からすれば、対等な立場ではなかったこと。
いじめに近い扱いを一人で耐えて来たのだろう。
「いなくなっちゃえばいいなんて」
「でも自分勝手で」
「どんどん騒ぎになっちゃって」
「お姉様さえ押さえておけば、封印は解けないだろうから。話せばわかってくれないかな、見逃してくれないかな、なんて。そんな都合良くはいかないですよ」
***
いつの間にか意識を失っていたらしいティアが目を覚ますと、そこは誰かの背中の上だった。ユラユラと揺れているところをみると何処かへ運ばれている途中かもしれない。こんなふうに誰かに背負われるなど今まであったろうか。もしかしたら物心つく前にあったかもしれない。
目の前には短く切り揃えたうなじと癖っ毛が見えた。黒髪かと思ったがよくよく見れば青みがかっている。どこかで見覚えのある髪だ。細いながらも逞しい肩が露になっている。首元や背中は衣服に覆われていたが、肩とティアの二の腕は素肌が触れ合う。
(あったかいな……)
ぼんやりとそれらを眺めながら思う。安心感から一度ぎゅうっと抱きついた。
「目が覚めたか」
途端に耳に飛び込んできた低い声。不機嫌なのか何なのかいつも仏頂面気味のクラウのものだった。思い出しティアはガバっと体を勢いよく起こして落ちそうになる。
「暴れるな馬鹿」
「クラウ!? 何これどういう状況!?」
恥ずかしい。年頃の乙女が同年代の少年に背負われている、しかも寝惚けていたとはいえ抱きついてしまったのだ、ティアは慌てた。
「帰り道だ。魔力使い果たして倒れたから」
「た、倒れた? 私が?」
これまでに使ったことがないほどたくさんの魔力を短時間でいっぺんに使ったせいだろうか、倒れた記憶すらない。
「そうなんだっ、びっくり! でももう大丈夫だから降ろして」
「いいからしばらく休んでろ」
顔は見えないが相変わらずぶっきらぼうに言われた。周りをぞろぞろと歩く人の気配もするしいつまでも背負われているのは耐え難い。ティアは粘る。
「でもほら、……ぉ、重たいし」
自分で言ってて顔が赤くなった。クラウに内心すげー重いな、とか思われてしまっていたかもしれない。屈辱。
しかしクラウはティアの心配を他所に、呟く。
「お前が今日、誰かを想ってしたことに比べればこんなものは軽い」
「ふぇ…?」
変な声が出てしまった。もうクラウが何を言ってるか冷静に判断が出来ずにティアは半ベソになる。
「私なんかよりリベアを背負ってあげたほうが──」
年下の少女が気掛かりだ。肉体の怪我は治したものの、魔力の大半をなくしたことは精神的にショックだろうと思う。ティアの魔力の消費は時間と共に回復もするが、リベアの失った魔力は回復しないのだ。
「お前が言ったんだろうが。リベアよりお前を大事にしろって」
ティアは一瞬、頭が真っ白になった。が次の瞬間みるみる真っ赤になる。確かに言った、言ったが。
「あああ、あれはそういう意味じゃなくてっ」
「もう黙れ。こっちが恥ずかしい。ワイバンが余計なこと言うから」
「???」
見ればクラウの耳も赤くなっていた。一体どんな顔で言ったのか想像もつかないが、ティアは一気に全身の力が抜けた。
「ワイバンさん……さっきの人」
「もう帰った。転送術は負担がかかる。俺がこっちから急に召喚したから」
「そっか。この間のお礼……まだ言ってないな」
「お礼?」
「クラウが乗る船、教えに来てくれたから」
「…………アイツ、ファンドリアのスパイだったのかよ」
「そんな言い方しないで。皆、クラウのこと、守りたいのよ」
「どういう意味だ」
「悲しい過去を繰り返さないために。ずっと昔から、多くの人が、あなたを想っている」
ティアとクラウの会話を聞きながら、キルが遠い空を見上げた。
「本当は朝一番に言おうと思ってたんだけど、慌ただしくて言えずじまいだったから今言うわね」
昨日は赤河の彪のキャンプに泊まっていたが、早朝から合流したリベアに起こされずっと変なテンションで過ごしてしまった。ボロボロではあるがようやく落ち着いて言えそうだった。
何より互いに顔が見えない状況なので改まった話もしやすい。
「生まれてきてくれてありがとうクラウ」
「──は?」
「は? じゃないわよ。お誕生日でしょ」
「僕もおめでとうよりありがとうがいいな」
「は?」
横から便乗してきたキルにクラウが再三顔をしかめた。
「きっとね。クラウを育てて見守ってきたひとたちも、同じ気持ちだと思うの」
「クラウに会えて嬉しい。無事に生き延びてくれてよかった」
「……そっか」
クラウはポツリと言った。
「俺なんかが生まれたせいで、って。勝手に感傷に浸るのも失礼な話だよな。誕生日って何か苦手で嫌いだったけど、そっか。わかった。ありがとな」
「私たちなかなか『よきチーム』じゃない?」
「とりあえずお前の『殺しても死なない』図太いとこは気に入っている」
「言い方」
「きっとティアはいいお嫁さんになるね」
「飛躍」
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