深紅の花と黒の剣



 しばらくして魔獣を倒したクラウが三人の所へ戻って来ると、キルに驚きもせずリベアを見下ろした。



「魔獣を結界に閉じ込めていたのはお前か」


 リベアは泣き出しそうな顔で唇を噛んでいた。


「あの魔獣が使う属性だとは思えない氷の結界。お前がやったんだろ?」

「でもそれは魔獣を閉じ込めていたほうが人々に害がないからでしょ?」


 ティアは何とかリベアを庇おうとした。クラウはティアを振り返る。


「魔獣がいれば誰もこない。リベアは魔獣を利用したんだ」

「……何に?」


 ティアまで泣きそうな気持ちだった。クラウとキルが無情なまでに冷酷な態度に見えて悲しくなった。


 リベアを立たせて引きずるように連れていくクラウに続いてキルとティアも後を追う。倒れた魔獣のその奥に、人工的に掘られた採掘洞窟と氷塊が見えた。


 魔法の氷は自然に溶けることはない。その中に人影がいくつもある。ティアは駆け寄った。


「中に人が!」

「――消息不明のエビルバスターたちだろ?」


 クラウに言われティアはハッと息を飲む。俯いたまま何も言わないリベアはそうだと肯定するようなもの。



「じゃあ……じゃあ、リベアがあの人たちをここに閉じ込めて、魔獣に見張らせていたっていうの? 私たちのことも、」


「報酬を独占したかったか、何かがあったか――」

「ティアに魔法を使おうとしてたのは確かだよ。白魔法使いを先に封じておきたかったんだよね?」


 だからキルがあんなふうにリベアを襲ったのかと。ティアは項垂れた。



「この氷を消せるんだよな?」


 術者本人ならそれが出来るはず。だがリベアはツンと横を向いた。


「余所者に関係ないです……リベア、その人たちを解放する気はないですよ」


 クラウが舌打ちをしたが、ティアが割り込んだ。


「ちょっと時間かかるだろうけど、私でも出来るかも」




「まだ生きてるかなぁ」


 キルが呟く。生きていたとしても。長らく冷凍保存されていたのだろうから、すぐには復活はしない──それはリベアの誤算だった。


 魔法による氷結は急速冷凍だ。細胞破壊などの損傷の点で人体への被害は少なかった。氷を解くことに多少苦戦してはいたが、間もなくティアは全員を一気に回復させる。


 エビルチェイサーチームを連れたエビルバスターと、恐らく家族連れだろうエビルバスター。氷塊に閉じ込められていた二つのグループは総勢十人ほどだ。大半が中年の男たちで、魔法使いらしい女とエビルバスター見習いか何かの少年が一人混ざっていた。彼らは何が起きているか事態をすぐには把握出来ず、よろめきながら立ち上がり辺りを見回していた。



「無事で何よりだ。俺はクラウ。エビルバスターだ。アンタ達を迎えに来た」



 クラウが名乗りをあげると数人はハッと顔を上げた。



「エビルバスター、だと?」

「リベアの仲間か!」



 予想外のリアクションだった。何故か全員が敵意を剥き出しにクラウを睨んでくる。



「……何か誤解があるみたいだな」



 殺気立った奴等が何人か同時に攻撃を仕掛けてきた。魔物相手でないときは極力魔法も剣も使いたくない、クラウは軽くかわして済まそうとした。だが最初の攻撃はフェイクであり、クラウが身を翻した先にエビルバスターの黒い剣が振り下ろされていた。



(連携──? 早いな、)



 体勢が悪く、あの剣はかわせそうにない。肉を切らせて骨を断つとまでは言わないが、せいぜい急所を避けて、あとは反撃に出るしかないと冷静に判断した。ところが。予想外なことに少女が飛び出してきたのだ。辺りには真っ赤な鮮血が迸った。


「な、」


「ごめ なさい、……杖がなくて 魔法 間にあわなか」


 クラウの腕の中に崩れ落ちた小さなリベアが、そのまま意識を失った。



「バカな女だ! 大人しくオレ達に従わないから!」


 黒い剣の血を払って男は叫ぶ、意味はわからない。いや。


 リベアがクラウを庇ったのは確かだ。



 男たちが攻撃の手を休めることなく再び一斉攻撃を仕掛けて来るが、クラウの両腕はリベアを抱えて塞がったまま。


 リベアを放り出せば戦えたが、クラウは忌々しい顔付きでその名を呼んだ。


「ワイバン!」



 クラウのマントの内側、その懐から転がり出した影がクラウより前に出て、金属音をたてて男たちの剣を凌いだ。


「な、誰だ……どこから現れやがった!?」


 歪んだ骨格の小男。動揺する男たちの目には個性的で不気味な姿に映った。一度見たら忘れない、強烈な印象。見たこともない珍しい形の小刀の二刀流。爛々と煌めく狂気の眼差し。嗄れた声が嘲笑う。


「残念でさね、奇襲・連携ならあっしらの方が上手うわてでさ。御前、こいつら全員殺して問題ねえですかい?」


 ワイバンが舌なめずりで背後のクラウに問う。


「殺すな。ちょっと時間稼ぎしてくれたらいい」



 戦闘をワイバンに任せ、クラウは踵を返す。


「ティア……リベアを治せるか」


 相当の魔力を消耗したらしく辛そうな顔色をしているティアの前に、クラウはぐったりしたままのリベアを横たえた。


「任せて!」


 そんな勇ましい二つ返事のティアにリベアを託して、クラウは男たちに向き直る。


 エビルバスターの二人以外は大した戦力ではない。魔法使いの女が何か唱え始めたので、少しばかり手荒だが風の魔法で吹き飛ばして早々に気絶させた。


 クラウの隣にはいつしかキルが立っていた。



「それは──『魔王封じ』の剣だよね。人間に使っていいものじゃないよ」


 聞きなれない言葉──男が構える古くさいあの黒剣が何か特別なのか。


 ワイバン一人にも苦戦して距離を取る男が自慢げに笑う。


「そうそう、魔王封じ! そんな名前だった。だが魔王なんざいないこのご時世だ。有効利用してやらなきゃな!」


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