赤河の彪



 戦うことを禁じられている一般の人々にとって、魔属を相手取るエビルチェイサーは強いと認識されがちだ。強そうだという思いは、逆らってはいけないという認識にもなる。その結果、自分を偉いと勘違いした輩が出てきても不思議はないが。



「絵に描いたようなクズだな」


「何だとあぁあ? お前が安心して暮らせるのは誰のおかげかわかって──」


 大男がクラウに剣をかざして走り込んで来たが、台詞は最後まで言わせてはやらなかった。


「お前なんかがいたらこの国が心配でおちおち旅も出来ねえよ」


 崩れ落ちた巨体は地面を擦って沈黙した。白眼を剥いて気絶している大男に仲間たちがざわめく。


「あなたたちはこの男に逆らえないの? それとも同類?」


 ティアが見回すと、やがて男の一人が諸手を挙げて降参した。


「ヤバいねぇ。兄ちゃんたち何者だよ、おっかない」


 それを見て他の男たちも続々降参した。どうやらリーダー格とまでは言わなくともこの男が一目おかれる存在のようだ。


「俺はエビルバスターのクラウ。さっきファンドリアから渡って来たばかりだが、この国はこれが当たり前なのか?」


「当たり前も当たり前、魔物が多いからな。オレたちみたいなエビルチェイサーは命がけで働く代わりに何をしたってお咎め無しさ、国からは」


 余所者を殺したところで魔物のせいに出来るから問題にならないんだ、と付け加え男は軽く笑った。


 暴れだしそうなティアを一応キルが抑えていたが、これ以上何か聞けばティアはキルなんかの抑止は振り切るだろう。


「エビルバスター様が相手じゃ敵うわけないな。……そっちのお姉ちゃんもなんか強いの?」


 クラウもキルも同じように疑問だったそれ。全員の視線がティアに集まった。


「馬鹿言わないで! 死ぬかと思ったんだからっ!」


 今さら真っ青になって叫ぶ、死んでないから説得力がない。


「私が出来るのは白魔導。回復術だけなのよ。攻撃を受ける直前から脳の治療を開始しなきゃ今頃! 今頃!」


「泣かないでティア、恐かったね、頑張ったね」

「うわぁああんっ」


 キルに宥められて余計に大泣きしてしまった。小さな子供のように辺りも憚らず泣いているティアは見るに堪えない、クラウは視線を男に戻した。


「――とにかく。こんな実態がわかった以上、俺としては見過ごせない。お前たちが心を入れ換えても、それだけじゃ駄目だ」


 クラウは少し考えた。


 蛮行は許しがたいが、一概にこの大男たちばかりが悪いと断言する気にもなれなかった。他所の土地から来た価値観でそれが悪事だと言えるだけで、長らくこの風習に浸かればそんな感覚は失われるのかもしれない。


 もちろん。ティアが無事じゃなかったらそんな情けは皆無だったろう。


「お前たちの仕事に報酬を出しているのはどこの機関だ?」


「オレ達は国に雇われてる。エビルチェイサーはチームで動くから、オレ達以外のチームもわんさかいる。因みにオレはこのチームのサブリーダーだ」


 クラウは無様に倒れたままの大男をチラリと見た。


「リーダーは?」


「そいつじゃねえよ、リーダーは集会に出てる。国の『偉いひと』と他のリーダー連中も集まっている」


 クラウにとって好都合、男は随分と素直に情報をくれる。余所者を嫌うわりには話が早いものだ。


「案内しようか」


 あんまり親切すぎて逆に怪しい。もちろんそんなことに一々臆するクラウでもないが、一応カマをかけてみた。


「仲間をやられて腹が立たないのかよ?」


「あぁ、何。気にしないでくれ。オレもそいつの目に余る行動にはほとほと手を焼いてたのさ。それに」


 男は軽く肩をすくめた。


「オレ達にとっても都合がいい」



 泣いていたティアはすっかり男達に囲まれあやされていた。近くの店で売っていたらしい珍しいお菓子や花をプレゼントされ何やら変な絵面になっている。一体何がそんなに男達を改心させたのかわからないが。


 微妙な面持ちのクラウにサブリーダーは馴れ馴れしく肩を組んで低い声で囁いた。


「ユーラドットにはもともと三人のエビルバスターがいる。だがそのうち二人が消息不明になっちまった。これは一般人にゃ聞かせられないトップシークレットだぜ?」


 魔物の凶悪化、消えたエビルバスター。つまりはチェイサー達は現在不安が高まる状況下にある。今回の集会も主に互いの情報を持ち寄り今後の対策について話し合うためだという。


「今はどこもイラついている。下っ端たちを抑えておきたいのは山々だが、どうにもね」


 突如現れたエビルバスターにはむしろ歓迎だ、と謂わんばかりである。



「オレの名前はターバ。オレ達は『赤河の彪』っていって、まあなんだ。ここいらじゃちょっとは名の知れたチームだな」


 赤河とはユーラドットの七大河川の一つらしい。サブリーダーのターバから地図をもらい、道すがら詳しい話を聞いた。


「少なくともオレ達は、消息不明のエビルバスターはもう生きてないと思ってる。問題はやつらがやられるほどの強い魔物がどのエリアにいるか、だ」



 二頭の馬が引く幌馬車には、クラウたち三人の他にターバと赤河の彪の男が一人。慣れた手付きで手綱を捌く男の背中を見ながらターバの話を聞いた。


(ユーラドットの体制は他の国とはだいぶ違うな……最近まで他国との交流を断っていただけのことはある)


 魔物を退治するため世界をまたにかけるエビルバスター及びエビルチェイサーは【世界退魔機構ΔDD】の一員である、が。ユーラドットではそれを独自に行っており、他国のエビルバスターとのパイプがない。応援要請や情報交換が行われていないということだ。


「開国したんだし、ユーラドットも世界退魔機構に参加すればいいだろうに」

「難しい話は国のお偉いさんに頼むぜ。とにかくオレ達はこのまま仕事にも行けず脅えてたんじゃ飯も食えなくなる」


 エビルチェイサーのチームにいるといっても、魔物は恐ろしいのだ。ましてや単独で魔物と戦えるエビルバスターさえ二人もやられたかもしれないとなると敵は大物だと考えるのも妥当な線だろう。



 ところで、とクラウはティアとキルに視線を移した。


「お前たちは帰ったほうがいいんじゃないか? おもにファンドリアへ」


 ユーラドットは現在危険地帯だと言える。色んな意味でだ。魔物だけではなく人間からさえも危害を加えられるのだから油断がならない。


「あら。私の白魔法をみくびらないでくれる? 前にも言ったけどこれでもファンダリアでは随一の使い手なのよ、速さで!」


「僕はティアの下僕です」



 クラウはどちらからツッコミを入れようか迷った。ティアはいくら白魔法が使えても一応お姫様だ。こんな旅をしていることが既におかしい。おとなしく自分の国のお城で過ごしていればいいだろう。だがこれを言うとまた面倒なことになりそうなので、迷ったあげくキルに話を向けた。


「お前さぁ、従順ていうか……下僕っていう響きに抵抗はないのか?」

「だってそれはティアの優しさから出た言葉だから。蔑むために使われたわけじゃないのがわかってるから」


 キルはクスリと笑って膝を抱えた。キルは自由を制限されたと同時にティアに保護されたのだ。それを理解している。身分証を持たない自分の立場を。


「じゃあこのままずっと下僕になるのか?」

「今は甘えさせてもらうんだ」


 含み笑いの目が無邪気に見えた。実際には何を考えているかわからないが。見た目ほど馬鹿ではなさそうだ。



「とにかく。私たちを追い払おうなんて考えはいらないのよ」

「もう『主に』はいい。使い方間違ってるし、しつこい」


 逃げ出せるならとうに逃げていたが、クラウは二人の同行を仕方なく認める形で諦めた。思った以上に危険地帯なユーラドットで別れたら余計な心配が増えそうだった。


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