これは共闘というものかしら?

「どういうことなの?」


 突然敵襲に備えろと言われてもキルは困惑するばかりだ。


「今のご時世、本来なら船旅は安全なものなのよ。魔王時代が終わって気候が安定したおかげで、どの時期にどのエリアがどんな気候でどんな海流なのかデータはほぼ毎年ドンピシャ。嵐なんて潤期のファンダリアでは普通にありえないの」


 早口に説明しながら、ティアは壁伝いに進む。


「天候操作系の術を使える人間はまだいないわ」


 キルもティアに習い揺れに逆らい進む。


「つまり魔属の仕業というわけよ」


 甲板から降りてきた人々は突然の大雨に打たれたらしく皆濡れている。彼らに聞こえないよう声を潜めてティアは話を続けた。


「海の魔属を寄せ付けないために船底には必ず宝玉石が取り付けられているの」

「宝玉石」

「そう。特殊な魔導波で船を守ってるのよ。宝玉石が唯一効力をなくす条件が嵐なの。今この船は丸裸も同然、それを仕組んだ魔属が、襲って来ない方が不自然」


「どこに行くの、ティア」


 グラグラと揺れる度にあちこちで悲鳴が聞こえる。


「敵が来るなら甲板からだわ。絶対に船内には入れちゃダメ」


 さっき降りてきたばかりの階段を上がると、船員の一人が扉の前で何か叫んでいた。


「それでは君が!」


 外からは少年の怒鳴り返す声が聞こえる。


「いいからさっさとロックをかけろ。絶対開けるなよ!」


 ティアは船員に状況を尋ねた。


「甲板にまだ人がいるの?」

「ティア様。甲板には少年が一人いる他は誰も」

「つまり一般人は皆船内に避難済みね。じゃあ閉めていいわよ」


 少年もおそらく船員に同じ指示をすでに出していたのだろう。戸惑う船員にティアは静かに告げた。


「彼はエビルバスターでしょう? この船で今ただ一人魔属と戦える」

「魔属!?」

「……ほんとだ。ティアの言う通り。魔物がどんどん出てきた」


 キルは小さな丸い窓に顔をつけ、外の様子を覗き込む。


「あれは半魚人? 二本足のお魚だね」

「魔物!!」


 青ざめた船員は外の有様に震え上がった。ようやく状況を理解したのか大慌てで金属製の重たいドアを閉めて施錠した。


 ティアもキルの隣の窓から甲板を見る。大雨と波でよくは見えないが、次々無断乗船してくる魔物にちょうど彼が剣を抜いた。


「魚……鱗と目がすご……きも」


 ティアは初めて目にした魔物の姿に吐き気を催した。船揺れに酔ったせいもある。


「強いなあ。鮮やかな魚の解体ショー」

「うぷ、やめて」

「でも敵が多すぎて、彼がいくら倒してもこれは無限増殖コースだね」


「どうすれば……」


 船員がオロオロおろおろと狼狽えるので、ティアも胃液を飲み込んだ。


「誰かあの魔物の生態に詳しいひととかいないかしら」

「あの手の魔物は多分光に反応すると思うんだ。群れで動くから、一匹が違う行動すると皆つられる」

「あなた詳しいわね!」


 キルが平常心でいてくれたおかげで、ティアは笑顔になった。


「ここは彼に任せて私たちは船橋に急ぐわよ」

「ご案内します!」



 群れで行動するタイプの魔物はリーダーがいる場合と、周りに連鎖して動くだけの場合がある。後者はつまり、群れの中の一体が右へ曲がれば群れ全体も右へ。それと同じように、一体が人間を襲えば群れ全体が。要は集団心理のような現象が起こる。逆に言えば、一体でも逃げ出せば敵はすべて逃げ去ることになる。


「さて。エメラルド号クルーの皆様。この海域は未だファンダリア領。ならば私の指示に従ってくださいな? 民を守るは私共の務め。誰一人危険に晒すことはできません」


 慌ただしく混乱していた船橋にティアの声が鈴のように響いた。船長はティアを振り返りすがった。


「ティア様。このままではこの船は沈んでしまいます」

「救難信号は出していますが、近くに戦艦はありません」


「大丈夫よ、考えがあるの。あなたたちは船が転覆しないよう舵取りをお願い。甲板の少年に話しかけることは出来るかしら」

「拡声器の三番を」

「あと、一番眩しいライトはどれ」


 海の男たちは力仕事も多いので誰も立派な体躯だが、魔属が相手では為す術もない。テキパキと話を進めるティアのペースに大人しく従っている。


 教えられた三番のスイッチを入れてティアはおもむろに言った。


『ねえ! 剣を抜くときには何て名乗ったの?』


 甲板に付けられた拡声器から、ティアの声が響く。


「はぁっ?」


 このクソ忙しい時に一体何だよ、と怒鳴り返す少年の声はティアだけに聞こえていた。


『私、せっかくの名場面を見逃しちゃったわ』


「お前馬鹿だろ! 魔物なんかに名乗ったところで言葉は通じねえんだよ」


 怒りに任せて半魚人を切り刻む少年の声。


『そうなの……そうなんだ、がっかり』


 一度はしおらしくしょぼくれたティアの弱い呟きは、次の瞬間には消えていた。


『ねえ、見てて!』


 張り切っている。


 魔物の軍団と戦っているというのに、一体何を見れと言うのだ。そんな少年の苛立ちが手に取るようだ。



 音がした。


 灰色の海に線を引くような眩い白。船に備え付けられた灯りだった。時化しけでも嵐でも灯台とやり取りをするためのもので、その明るさたるや太陽を思わせる。人に向けたら火傷さえ負いそうだ。そんな灯りを海に向けた。


 半魚人たちは吸い寄せられるように全員が光を見て動きを止める。特に海面の光が当たる先には半魚人が群がりビチビチと賑わう。灯りの角度を変えると海面を走るように光は半魚人たちから逃げ出した。群れは光を追って船から遠ざかり、甲板にいた残りの半魚人たちも慌てて海に飛び込むと群れを追いかけて行った。甲板に残ったのは少年と少年が倒した魔物の死体のみ。


 一斉に魔物が去ったのを見て船橋はわいた。


「やったねティア」


 ティアとキルはハイタッチで互いを讃えた。


「──喜ぶのはちょっと早いんじゃねえか?」


 拡声器から聞こえる船橋の喜びの声に、少年は水をさす。


 未だ激しく揺れ動く船と、空中に静止する敵。少年だけが目視するその姿にティアは息を飲んだ。


『やだ……なにそれ、その人も魔属なの?』

「見えてんのか」

『あなたが見てるものを見てる』


 飛んでいる。浮いている。無表情で見下ろしている。ゾッとするくらい冷たい目をしている。


「多分奴が嵐を起こしてる」

『出来たら早急にやめてもらって。船酔いでそろそろ吐いちゃう』


「俺も。そこそこはらわた煮えくり返ってる」



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