旅は道連れ世は情け、先手必勝甘い罠
遠くの空に、ドドンと花火が上がった。まだ夜ではないので音と煙しかわからなかった。キルは心配そうにティアを振り返る。
「今の音は──?」
「ファンダリアのお祭りよ。前夜祭の合図の花火が上がったのね。寒くなってきたから船内に入りましょ」
ティアたちは甲板から船内へ移動した。階段をゆっくり降りながらキルはぼんやりと思い出していた。
「祭……そっか。花火の音」
呟いてキルは不意にふにゃっと笑った。
「よかった。どこかで戦争でもしているのかと思っちゃった」
(く、かわいい……!)
ティアはあまりの尊さに目頭をおさえた。
「心配しなくていいわ。私があなたを守るから」
「? ティアは強くて優しいね。優しいだけのひとはいっぱい見てきたけど、ティアといると安心するよ」
澄んだ目でまっすぐに見つめてくる。ティアの言葉に、素直に耳を傾けるからこその素朴な笑顔。全てが完璧すぎて逆にティアはスンと真顔になった。
キルは無邪気にふにゃふにゃ顔を緩ませおしゃべりを続ける。
「ファンダリアでね、もうじき勇者の生誕祭が始まるって聞いて。僕、勇者様に会ってみたいって色んなひとに言ったんだけど、誰も勇者様のこと知らないんだって」
幼い子の話を聞いている気分だ。いや、ティアに限ってはまったく別の感情だった。
「──それは……よかった」
「ん?」
キルがやわらかく微笑みながら首を傾げた。
「ちょっと待ってね? 今、知能を回復させるから」
ティアは一旦自分を落ち着かせるために咳払いをしながら、何から話そうか考えた。ちゃんと待っててくれるキルが天使だ。
「本当なら私、今日はリィデリアで生誕祭をお祝いするはずだったの」
キルはきっとふざけたり馬鹿にしたりしないで、ティアの話を真剣に聞いてくれる気がする。ティアの心の端っこがチリチリと焼けて落ち着かない。
「勇者王子が、来てくれるはずだったの」
「勇者様のこと?」
キルの目がまんまるになってくるくる色を変える。驚きと期待の色だ。
「でも、従者の人が、勇者王子は一人でユーラドットへ行くって」
思い出したらティアは今さら哀しい気分になって泣きそうになる。
「ずっとずっとこの日を楽しみにしてたのに」
キルは足りない情報の断片を繋ぎ合わせ、見えない部分を無視した。
「ティアは勇者様を追いかけて、一人で船に?」
「すごいね」「偉いね」と感嘆の声をもらす。キルは余程感動したのか口許をおさえて頬を紅潮させていた。
「勇気あるティアは一人でも強いけど。僕も一緒にいてあげるね。ティアが僕を守ってくれたみたいに僕もティアを守るよ」
「そんなこと言われたら泣いちゃう」
「泣いていいよ。いっぱいティアのお話しきかせて」
「優しすぎて辛たん」
「普通女の子は一人で旅に出たりしないよ。心細いはずだよ」
「ファンダリアの女子は強く生きるのよ。希望の姫君みたいに」
ティアはぐっと胸を張り、出かかっていた涙を引っ込めた。
「昔、まだ世界が魔属に脅え、千年魔王が君臨していた頃。ファンダリアの希望の姫君と、勇者王子が、魔王時代を終わらせた勇者物語を。あなたもきいたことあるかしら」
「魔王の生贄として拐われたファンドリアの姫君が、勇者と共に生還したあと世界に広めたお話だよね」
数ある勇者物語はすべて、『勇者の旅』と『旅の終点・魔王の城』そして『魔王討伐』この三つの要素が含まれる実話である。
希望の姫君が広めた最後の勇者物語は最も有名で、魔王の城に囚われの姫がいたことと、勇者に敗れた魔王が復活しないことと、勇者が魔王から呪いを受け後の世に生まれ変わることが記されている。
「世界は平和になった。でも物語は続くのよ。終わってなんかない。今度は私が紡いでいくの」
その後の物語は世間一般に知られていない。
勇者の生まれ変わり。グラシア国に産まれるも国籍を持たず、ファンダリアに引取られる決まりになっているその王子は。ティアよりひとつ歳上のはずだ。世界に未だ蔓延る魔属の残党を殲滅するために旅を続けている。
「私は勇者王子と共に行くの、絶対に」
ティアはポシェットから取り出した飴玉をキルに差し出した。
「さっきの彼にもあげた飴玉。キルにもあげる。お守り代わりに持ってて。あるいは食べて」
「これは、何の魔力がこもってる飴玉?」
「そのセリフ。彼が聞いたら舌打ちするわよ」
カラーズの中には、このように無意識でも魔力が目視できるタイプもいる。逆に彼は強く意識して初めて視えるタイプだった。使える方の魔法使いであるところのティアに至っては、もっと別の五感強化が得意だ。
そう。飴玉はただのおやつではない。仕込みはバッチリだ。
「ファンダリアを出たら、きっと危険がいっぱいで。でも怖がってたらただの足でまといになっちゃう。私じゃ魔属とは戦えないけど。私にできることをするの」
「僕も。魔属とは戦えないけど。ティアを応援するよ」
「キルは魔属って実際に見たことある?」
ファンダリア育ちのティアは言葉でしか魔属を知らない。
「前にね、闇市っていうマーケットでサーカス小屋に魔獣と売られて、しばらく一緒に住んでたことがあるよ」
笑顔で返ってきた情報量にティアはフリーズした。
「その頃の名前はね、魔獣使いのモリーナ。結構人気あったんだけど、何か違法サーカス団? 座長が捕まってみんないなくなっちゃった」
「サーカス育ち……ていうか人身売買……!」
「僕、いろんな名前があったんだけどよく思い出せないや。キルは本名」
本人は笑顔で話しているが、ティアは顔色が悪かった。可愛い美少女顔でさぞ色んなひとに親切にされてきただろうと思っていたが、むしろその逆の可能性は考えが及ばなかった。よく見ればキルの色白の肌のあちこちに古傷がある。何気に服をめくって腹や背中にも大きな傷痕を見つけてしまった。
されるがままキルはパチクリと瞬きした。
「酷い……こんな傷だらけ」
「大丈夫だよ。えっとね、傷は男の勲章なんだって」
いやいや。誰だよ適当なこと吹き込んだの。虐待ダメ絶対。
ティアは無言でキルを抱きしめていい子いい子した。
「もう絶対キルを幸せにしてあげないと!」
「ティアはやることいっぱいだね。いそがしいね」
「そうね」
口をキュっと結んでティアは真面目な顔で頷く。
「まずはあの頑固者の心を開いて仲良しになるとこからよね?」
「一緒にがんばろ」
突然、船体が大きく揺れた。フラついたティアを支えてキルが辺りを見回した。
「なんだろ。イヤな感じがする」
すぐに船内アナウンスが流れる。
『エメラルド号の乗客の皆様にお伝えいたします。ただいま急な天候不良につき、しばらく大きな揺れが続くおそれがあります。お近くの座席や手すりなどにお掴まり下さい』
「天候不良ですって? ありえないわ!」
即座にティアは険しい顔をする。
この時期に嵐が起きるとすれば、それは自然に起こるものではない。
「敵襲に備えて」
「敵?」
「多分このあと、魔属が襲ってくるわ」
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