◾︎撫子色の白髪をもつ少女、ティア

焦燥と喧騒のリィデリア


 風変わりな国なんてきっと世界中どこにでもあるのだろう。それでも思う。ファンダリアは多分ほかとは違いすぎる。そしてそれは古く語り継がれる物語が今も大きく影響しているはずなんだ。


 そんなことを思いながら、少女はうぐぎぎ、とありえない呻き声を漏らした。屈強な肉体を持つ男たちの荒波にもまれ今にも挽肉になりそうなこの現状。悠長に考え事など最早正気の沙汰ではあるまい。


 肉体労働者たる一般市民が賑わう市井。老いも若きも現役でなければこんな場所はうろつかない。か弱い女子供は海の浅瀬に転々と見える色鮮やかな住居、木製高床式の麻布テントの中で快適な時間を過ごすものだ。水象が闊歩する景色は本当に美しい。これぞ水の都市リィデリア。ファンダリアが誇る第三首都。特にこの時期は潤期と呼ばれリィデリアの土地の七割が浅瀬の海と化す。つまり必然的に陸地超狭現象が起きる。都市の主要機関が全て陸地にあるとあってか、あっちこっちへ向かう人の流れは拷問の域だ。


(も、ダメ……意識朦朧としてきたかも)


 第一首都であればこうまで酷くはない。ファンダリア人ならば誰しも元気で活気が凄いとはよくいうが、活気にプラスしてオラオラ系の押し合いへし合いだ。


(馬鹿言わないで。こんなことくらい、私は大丈夫なんだから。絶対、負けられないんだから)


 容赦なく次々にはねとばされ、ふらつく足取りが地面に到達する前にさらにタックルをくらう。悪気はないのだろうが、こんな少女が紛れていようとは誰も思っていない。大声で飛び交う怒声。皆必死で余裕なんかないのだ。ならば自分も簡単に倒れるわけにはいかない。


 大見栄を切って単独出陣した手前、今さらおめおめと無理ですたとは言えないし、それ以前に進むことも戻ることも困難だ。リタイアはもってのほかだが、したくてもできない。


(よし、)


 泣き言を並べても現状は打破できない。少女は大きく息を吸い込んだ。

何かしらの手立てを考えなくては。


 群衆がこちらの存在に気付いていないというなら。存在は主張していこう。


「はいはーい、ごめんなさいね、通りますよ」


 頑張って声を張り上げてはみたが。とはいえ。男たちも皆口々に何か叫び歩いている。ろくに聞いちゃいない。通してくれる親切な紳士も居そうにはない。


「きゃ、ごめんなさ、うぷ、ぐえ」


 可愛い女の子ならまずそんな声はださないだろうな、といった類の汚い呻き声だけがどんどん出てくる。


「お前、」


 誰かが。少女の手首を掴んだ。


「死にに来たのかよ」


 顔をあげればそこにはキリリとした精悍な顔付きの少年がいて、問答無用でグイグイと少女の手を引いて行く。


「わ。進んでる。すごい」


 少年が掻き分けた人波をあとからついていくだけの少女は、やっとまともに歩けたことに感動すら覚えた。ほどなくして人波の一番端、建物の壁際までやってくると少年はそこで足を止めて少女を振り返った。


「どこに行くのか知らんが、一人でまともに歩けねえ奴がこんなところに来るなよ」


 初対面の相手に対して言い方はキツかったが、内容は至極真っ当だった。少女は笑顔を返した。


「人が多いってだけでこんなに歩くのが大変になるなんて思わなくて。びっくりしちゃった」


「迷い込んだのかよ」

「いいえ。私乗船場に向かいたいの。港から隣国へ渡るのよ」

「はあ? お前一人で? やめとけよ」


 少年は苛立った様子で前髪を掻きあげた。汗で張り付いていた長めの前髪は彼の手の中。露になったご尊顔に少女は思わず呟く。


「イケメン……」

「話聞いてるか? ファンドリアが一番平和で安全だから、お前みたいなひよっ子は大人しく家でママゴトでもしてろ」


「ぁ。いえ、そうもいかないのよ。大事な用があるの」

「お前今すげえボロボロだかんな。打ち身擦り傷」


 指摘され少女が視線を落とす。露出した肩や二の腕が痣だらけで赤くなっている。道行く人々は厚皮の装備をしている。少女だけが場違いな軽装すぎた。言われてみれば何か痛い。色んな意味で。


「こ、このくらいなんでもないわ。それよりお願い。私を乗船場まで連れて行って?」

「やだよ。なんで俺が見ず知らずの奴の自殺行為に手を貸さなきゃならないんだ」

「心配してくれるのは嬉しいんだけど、本当に、私大丈夫だから」


「違うだろ。大丈夫じゃねえから俺にお願いまでしてるわけだよな?」


「うぐ……」


 少年の正論にぐうの音も出ない。うぐの音は出た。


「お……お礼に、魔法の飴玉をあげるから」

「子供騙しかよ」


 少年が呆れた顔で見下ろしてくる。


「おいしいのよ?」


 ポシェットから取り出した飴玉の包みを一握り手渡す。


「元気になる飴玉」

「いらねえよ」


 不服そうな少年を無視して少女は自分の口に飴玉をひとつ放り込んだ。


 甘い味わいがやさしい。そしてじんわりと力がわいてくる。


「あなたは命の恩人だわ」

「大袈裟……ではないが」

「ここでこのままお別れしたら、私きっと死んじゃう」

「……なんだよ、今度は脅迫か」

「やさしいあなたは気に病むでしょうね」


「お前、めんどくさいな」

「お願い。助けて?」


 こてんと首を捻って困り顔で少女が哀願する。


「クソ……かかわるんじゃなかった。仕方ないから乗船場、までだぞ」

「やった! あなたいい人ね。心もイケメン」


 少女が手を叩いて喜ぶと少年は盛大な溜息をついた。


「自分が見捨てたせいで死んだとか、普通に気分悪いだろ。人の弱みにつけ込むとか性格悪い」

「まあそう言わないで。何ならランチでも一緒にどう? おごるから」

「断る。飯はさっき済ませたし、お前とこれ以上かかわる気もない。さっさと送り届けてとっととおさらばだ。今回の報酬は飴玉でじゅうぶん」


 少年がそう言って投げやりに飴を口に運んだ。少女はじっとその様子を観察する。


「なんだよ?」

「食べた。どう? 元気になった?」

「は?」


 飴玉くらいでなんだよ、と少年が訝しんだ。少女はなおも追及した。


「私以外の人が食べるのはこれが初めてだから。ちゃんと効果があるか気になっちゃって」

「効果」

「そう。さっきも言ったでしょ。魔法の飴玉。食べると魔力体力を回復させるの。どう?」


 少年はしばし絶句して、手の中の残りの飴玉を凝視した。


「あなた、パッと見は黒髪に見えるけど有色髪種カラーズでしょ」


 無言のまま数秒間飴玉を睨んでいた少年がやがてうなだれた。


「マジかよ。本当に魔力の飴じゃんか、クソ」

「安心して? 別に有毒魔素は含んでないから。100パーセントオーガニックのお手製キャンディよ」


「結果がたまたまそうでも仕方ないんだよ。言われる前に自分から見抜けるくらいにならないと全然ダメだ」


「向上心があるのはいいことだけど。いつも目を光らせていたら心身ともにもたないわ」

「うるさい。お前に言われたくない」


 あからさまに不機嫌な様子だったが、自己反省は済んだのか少年はちゃんと飴玉の効果についても返答を述べた。


「俺は元々体力魔力を消耗してなかったから効果があるのかについては答えられない」

「味は? おいしかったでしょ?」

「不味くはなかった」


 少女は嬉しそうに顔を綻ばせている。


「ていうか何。まさかお前が作ったの」

「そう。ティアちゃんオリジナルハンドメイドなの。あ、私ティア」


 自己紹介がまだだったと、少女ティアは名を名乗ったが、少年は首をふるふると横に振った。


「いやいやいや、ありえないだろ」

「何が」

「今の今まで、魔法を、まともに扱える奴なんて、ほっとんど」


「驚くのも無理ないわ。私、こう見えてもファンダリア随一の魔法使いと言っても過言ではないと思うの」

「それは過言だろ。調子のんな」


「いちいちリアクションが厳しいわね。でも本当よ。最速のティアちゃんにかかれば」

「あーはいはい。もういい。行くぞ」


 少年はティアの言葉をガン無視して再び手首を掴んで荒波を進み出した。ティアは会話がしやすよう少年の手を解いて腕にしがみついた。


「見て。私の痣、もうないでしょ」

「げ」


 さっきまで打ち身擦り傷で痣だらけだった二の腕はすっかり綺麗になっていた。


「私。ちゃんと使える方の魔法使いよ」


 ぷくっと頬をふくらませて怒っているティアに少年はうんざりした表情を見せる。


「お前がすごいのはわかったからもう黙ってくれ」

「どうしてよ。あなただって使える側の人間なんじゃないの? ていうか剣を所持しているところをみるともしかしてエビルバスター的な?」


「黙れって」


 少年が進む速度をあげたため、ティアはまた呻いた。黙らなければ舌を噛む。


(んもう。困ってる人間のことは見過ごせないわ、こちらが得たいデータには素直に協力してくれるわで、基本いいひとなんだけど。自分のことについてはなかなかどうして口を割らないわね)


 多くの人間は自分を知ってもらいたがる。ティアも自分語りが大好きだ。初対面だから心を開いていないのはわかるが、聞いたことに対してのスルー率が高い。ファンダリアではカラーズは普通に過ごしているが、差別が酷い国もあるらしいので、そうしたことも関係あるかもしれない。


 人間でありながら魔力の色に染まった人種──有色髪種カラーズ。もとは黒か白かしかいなかった人々の髪は、いつしか魔素の影響を受けて色付いていった。少年の青みがかった髪も、ティアの撫子色の白髪も別に珍しいものではない。カラーズは通常の人々モノクロより魔力耐性が高い。モノクロは魔素中毒である魔障を起こしやすい。総人口的には未だ七割がモノクロとあって、魔法だの魔力だのは疎まれがちだ。ましてやカラーズの中に、満足に魔力を扱えるだけの能力者がほとんど皆無だ。耐性はあるが扱えはしない。所詮魔力なんて悪魔が残した遺産である。


 そんな中で。ごく一部の一握り、極めて稀な人材として魔法使いがいる。そのうちのさらにさらにレア、ウルトラレアな存在がなんと魔法アイテムを生み出すことが出来る。すごくすごい。ティアがこれにあたる。一般人ではなかったと判明してからの少年の殺気たるや、ただ事ではない。ティア的にはレア者同士仲良くしようというフレンドリーな心持ちなのだが。


(エビルバスターだってじゅうぶんレアじゃない)


 少年の背に一本の剣。ただの飾りではあるまい。


 この世界には魔属という敵がいる。魔力から生まれし人類の敵だ。その姿形能力によって魔物、魔獣、魔人など様々いるが総称として魔属と呼ぶ。


 一般人は魔属との戦闘が禁じられている。魔属と戦うには資格がいるのだ。


 山賊や海賊、盗賊などの悪人を除けば。武器を所持していることは魔属との戦闘を前提に見てまず間違いない。


 ファンダリアは世界でも一二を争う平和な国だ。平和な国にエビルバスターはほとんどいない。あなたは、どこから来たの、どこへ往くの──問い掛ける暇を与えない乱暴な足取りにティアは必死についていく。


 話したいことがいっぱいある。それらは少年によって拒否されていた。




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