青き都会のラビリンス

天乃ゆうり

第1話 夢色ラビリンス

ある気持ちのいい昼下がりのことだった。


私、音色あせ乃(ねいろあせの)29歳。

彼氏あり、これでも特に大きな出来事もなく、無難に人生を過ごしている社会人。

有給消化のため3日ほど休みをとっていた。


休みだからといって、特にやることもないため、ぼんやりと部屋の中から窓の外を見つめていた。


6月の初め。

風がそよそよと入り、カーテンを揺らす。


そよ風に包まれながら、私はゆっくり瞳を閉じた。



ーーーーーー



気がつくと、ぼんやりと辺りが霧に包まれていて、視界がぼやけている。


その中に浮かぶ、二つの人影。


よく目を凝らすと……、そこにいたのは小学生時代の私自身。


彼女は、ずっとある方向を向いていた。

二つ目の人影の方向を。


彼女の視線に気付いたのか、二つ目の人影である少年が振り向いた。


その瞬間、場面が切り替わる。


ステージは、幼少期によく遊んだ公園。


辺りを見回すと、小学生の私以外、他には誰もいない。


音がない。


静かな空間だけが広がっていた。


すると、後ろから小学生の私……彼女を呼ぶ声がした。


「誰もいない……どこから?」


彼女もキョロキョロと周囲を見渡していた。

声の聞こえた方を必死に探しているようだ。



「あせ乃ちゃーん!!」



再び声がすると、霧の中から先程の少年が現れた。


駆け寄ってくる少年を、私は……勿論、彼女も知っている。


当たり前だ。

少年は……、彼は……


驚きと動揺で、彼女は固まったまま動けないでいる。

代わりに喋ろうにも、何かに縛られているように声が出ない。


「っ、あ……」


小さい私は言葉を詰まらせた。

少なくとも出会えた嬉しさが爆発しそうなのは、赤面具合から容易に察することができる。

すると、少年がニッコリと微笑んだ。



ドクン!!



胸の奥で大きく心臓が弾けた。

胸の奥で燻っている何かが、必死にもがいているのを感じ、小学生の私は何かを決意した。


“そうだ!!今言わなきゃ!!絶対後悔する!!”


彼女の心の声が、頭の中に流れ込んできた。

拳をぎゅっと握りしめる。


バクバクと高鳴る鼓動を押さえつけるかのように、深く1度呼吸をした。


そして、勇気を振り絞って、口を開く小さい私。


「……あっ、あのっ!!私、あなたのことが好きなんです!!ずっと、前から……私の初恋の人なんです!!」


その言葉を聞いた少年は、何の反応も示さない。


何事もなかったかのように笑いかけると、少年は手を大きく振って続けた。



「また明日、学校でなーっ!!」



小さい私の声は、少年には届いていないようだ。

サッカーボールを拾い上げ、少年はまた霧の中に姿を消していった。


そんな、影の消えていった方向を見つめて、必死に叫ぶ。

小学生でも、真剣な恋だったことを、客観的に見ながら思い出していた私。


「私、後悔なんてしてないよ?!初めて好きになったのが、あなたでっ……良かったって!!そう、思ってるんだからっ……本当だよ?!」


彼女の気持ちが、再び流れ込んできた。


それは、

とても切なくて……

苦しくて……

ほろ苦くて……

やるせなくて……



とめどなく、溢れだす思いは、確かに本物だった。

大人になって忘れていた、大切なもの。


彼女に触れようとした、その時、

水色のボブヘアーを風になびかせ、ドレスを纏った女性が現れた。


小さな私を抱き締め、こちらを見つめている。

何か言っているようだが、言葉が聞こえてこない。



ーーーーー





カーテンが頬を掠め、その夢から目を覚ました。


どのくらい、こうしていたのだろう。


スーッと差し込む温かな光。


時計に目をやると、2時を差していた針が5時を過ぎていた。

深く、ため息をつく。

初恋相手の夢など、見ていて気持ちのいいものではない。


「告白すら、出来なかったのにね」


小学生時代の初恋相手は、サッカー好きのムードメーカー。

少しでも関わりたくて、興味のないゲームにすら話に耳を傾けていたことがあったっけ?



「それにしても……嫌なものを見たわ。

……なんだって今になってこんな夢を……」



一緒に居たところを同級生にからかわれて、そのまま疎遠になってしまった。

中学生になっても話しかけられないまま……


社会人になって、それなりに恋愛もした。

今だって、年上の彼氏がいる。

何も今更、過去の出来事に振り回される義理はないのだ。



「もう、昔の話。吹っ切ったじゃない……変なの」


小さく笑って立ち上がる。

そろそろ夕飯の時間だ。

今日のレシピを考えながら、私はキッチンに向かう。


「唯一告白できなかったものね……、まぁ、懐かしい思い出だけど……今更でしょ?」



昔の話。

軽く笑ってセミロングの茶色い髪をポニーテールに束ねていると、携帯がなった。


彼氏からのRineだ。


「今度の週末……出張か……仕方無いわね」


急遽宿泊で出張のため、デートはキャンセルだそうだ。


「仕方ない、社会人なんだし、そんなこともあるわ」


信頼しあっている間柄。


彼氏のことは、信じている。


だが、この時の私は、何も知らずにいたのだ。

この夢が意味する本当の意味も。



恋愛の結末も。


水色の髪の女性の事も。



これから始まる戦いや、深い深い前世での関係性も。



何もかも……


それを知ることになったのは、この夢を見てから半年後。


雪の降る寒い冬の日。


かつての初恋相手、星来勇意(せいらいゆうい)との再会。


それも、変わり果てた姿で……。


仕事も、恋愛も、破滅的な結果になった私が、新しいあり得ない出来事に巻き込まれていくことになるなんて。


全く想像すらしていなかった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

青き都会のラビリンス 天乃ゆうり @amano_yuuri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ