エピローグ

 春樹、勇、智也は学園の門の前にいた。三人とも、いまは普通の男子生徒の制服を着ている。

「そっか、ぼくたちはもうしばらくこの学園に残るけど、春樹くんはもう行っちゃうんだね」

 勇は悲しそうな顔をしていたが、涙は浮かべていない。少し強くなっていたのだ。

「うん、ごめんね」

「ううん。短い間だったけど楽しかったよ」

 そして笑顔を見せる。

「ちぇー、湿っぽいのは俺のキャラじゃねーんだけどな」

 逆に智也のほうが瞳を潤ませていた。

 学園長こと筋肉男爵を倒したのち、由良の持ち込んだ無線により警察を介入させた。学園長は総てを村上のせいにしようとしたが、小坂のDVDが役に立った。

DVDには風紀委員のOBが卒業後に脅迫されている証拠や証言が収められていた。いずれ脅迫されると思った風紀委員たちが村上や学園長を裏切り、自分たちの悪行も含めて証言して、それが後押しとなって学園長は無事逮捕された。

 智也も警察に協力して証言をしたが、本人は内密に口頭注意をされただけで、お咎めはなかった。きっと事情を知る由良がそのように手配してくれたのだと春樹は思った。

 

 学園には学園長代理がやってきて、学生服は本来の性別のものに戻されていた。ジェンダーフリーの授業も中止になり、性別通りの服装や言葉遣いに戻った教師によって普通の授業は続けられた。だが、ある程度の混乱が収まると、学園の閉鎖が通達された。生徒は準備ができ次第それぞれ別の学校へ編入することになっていた。

 春樹は一足先にこの学園を去ることになったのだ。

「春樹くん、またどこかで会えたら仲良くしてね」

「うん、もちろん」

「はは、当たり前だろ? 俺たちはずっ友だ」

「あはは、智也くん、ちょっと古いよ」

「ははは」

「ふふふ」

 三人は笑顔で見つめ合い、お互いの手を握りあった。

「じゃあ、また!」

「またね!」

「またな!」


 二人に別れを告げて、春樹は学園を出て行った。迎えの車に向かう途中、パトカーが一台止まっており、そこに由良が立っていた。

「由良さん!」

 春樹は由良に駆け寄る。その顔は自然と笑顔になっていた。由良も今日この学園から去ることになっていたから、最後に挨拶がしたかったのだ。

 由良は女子の制服を着ている。いつもアップにまとめていた髪は工作中のときのようにのばしていたが、今日は大きなリボンがついていた。

「やっぱり女の子の格好のほうがかわいいですね」

「ちょっと、春樹くん……」

「あっ、ジェンダーフリー的にはまずい言い方でしたね。すみません」

「あはは、もうっ」

 呆れ顔のあと、由良は春樹の目を見つめる。

「ねえ、春樹くん」

「はい」

「初めての潜入調査はどうだった?」

「最初は……あまり自信はなかったです。でも、由良さんが仲間とわかってからは、とても冷静になれたと思います。由良さんがいなかったら、たぶん、僕はダメだったと思います。だから、ありがとうございます」

「ふふふ、春樹くんは相変わらずね」

「ははは」

 春樹は苦笑いをしたが、あまり意味はわかっていなかった。

「ねえ、春樹くん」

 由良はスッと春樹に近寄る。

「はい」

「今回はよく出来ました……とはいえないけど、よく頑張りましたはあげられるかな」

「ありがとうございます」

「次は期待しているよ」

 そして春樹の鼻先に指をちょんとあてると、ウィンクをした。

「じゃあね春樹くん。またねっ!」

 由良はそういうとパトカーに乗り込んだ。

「はい、またっ!」

 春樹は手を振る。由良を乗せたパトカーが走り去っても、春樹はずっと手を振りながら見送った。


 東京。文部科学省文部科学審議官、槌谷定雄の執務室。

「兼高、今回は世話になったな。なにせあいつは真面目すぎるから、一人ではなにも出来なかっただろう」

 定雄は電話先の相手に軽く頭を下げた。

『ガハハ、かまわんよ。ウチのも勉強になったみたいだし、お互い様だ』

 豪快な男の声が聞こえる。

「そういってくれると助かる。ナイトポエマー(夜の詩人)にも礼をいっておいてくれ」

『おいおい、その裏コードネームは本人にはいうなよ?』

「わかっているよ」

『しかしお前も人の親だな。初めてのミッションが心配だからって、うちにフォローを頼むなんてな』

「失敗しないための保険だ」

『ガハハ、そういうことにしておいてやるよ。ところで次男坊の裏コードネームは決まったのか?』

「いや、まだ決めていない」

『だったらノービス・プリンセス(新米お姫様)はどうだ? 潜入中の女装写真を見てピンときたんだ』

「……フッ、いいだろう」

 定雄は軽く笑った。幹部たちが使う裏コードネームは、少し諜報員を揶揄したようなネーミングにするのが通例になっているのだ。

『またウチのと組むことがあるだろうから、お姫様によろしくな』

「ああ」

 ちょうど電話を切ったと同時にドアを叩く音がした。

「入れ」

 春樹は緊張した面持ちで執務室に入る。父親は前と同じく書類に目を落としていた。

 その姿のまま春樹の報告を聞いていたが、それが終わると顔をあげた。

「なぜあのような人物が学園長になれたのかは引き続き調査しないといけないが、今回はこれでいいだろう」

「由良さ……警察庁の諜報員がいなければ、どうなっていたか……自分の力不足を感じました」

「その教訓は次に生かせ」

「はい……あの」

「なんだ?」

「あの学園の生徒ですが……」

「生徒は全員、他の学校に転校になるのは知っているはずだが?」

「はい、そうですが……あの」

「もちろん奨学金などの条件は全部そのままでな」

「ッ! ありがとうございます!」

 春樹は心配していた勇の奨学金のことが大丈夫とわかって胸をなで下ろす。

「春樹、最初のミッションにしてはよくやった」

 定雄は春樹を見て少し微笑む。

「は、はい、ありがとうございます!」

 まさか褒められるとは思っていなくて、思わず声がうわずる。

「さっそくだが次の任務だ。来週には転校の手続きが終わる」

「……はい」

 春樹が書類を受け取ると、父親は書類の目を落とした。会話は終わったのだ。

「失礼します」

 一礼して春樹はドアに向かう。春樹がドアノブに手をかけたとき、父から声がかかった。

「今日は家でゆっくり休め」

 呼び止められたと思って振り返ると、父は書類に目を落としたままだった。

「え? はい、ありがとうございます」

「それと……今日は私も帰る。あれにそういっておいてくれ」

 一瞬の戸惑いのあと、春樹は笑顔に変わる。

「は、はいっ! 母様も喜びます!」

 春樹の声がはずむ。

 ――早く母様に伝えないとっ!

 久々に父が帰ってくることを伝えたときの母親の顔を想像すると、帰路に向かう足取りは軽かった。


end

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私立ッ! ジェンダー学園 春とんぼ @harutonbo24

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ