肆 親子


 ぶるりと、サンテリは唐突に全身が総毛立つのを感じた。

 五感も空ろになるほどの衝撃を受けて、長い趺坐ふざに痺れた両足だけが少年の意識を強烈に刺激する。


 いま、サンテリが腰を下ろしているのは代々の里長が引き継いできた館の一室である。

 この館はオーストレームの北寄り、北庄きたのしょうと呼ばれる一帯の中でも里の戦士たちが修練する稽古場や倉庫と物見を兼ねるやぐらのほど近くに鎮座しており、修繕と改築を重ねた建物は漆喰や木材の色合いも疎らで統一感にかけるのだが、なかなかどうして味わいがある。

 幼少の頃に両親を亡くして天涯孤独の身となったサンテリにとって、この場所が“家”であった。


「……ふむ」


 サンテリの対面で同様に趺坐して瞑目する男が、鼻息を漏らした。

 白いものが多く混じりながらもなお金色こんじきを残す撫で付けた頭髪と、耳元から顎、そして口元を覆うひげ・・、そして獅子の耳と尻尾。

 それらが緑青ろくしょう色の着物になんとも似合っていて、落ち着いた雰囲気をもたらしている。

 立ち上がれば六尺五寸にはなろうかというその立派な体躯にはみっしりと筋肉が付いており、その立ち居振る舞いを見るもの・・が見ればこの男が一廉ひとかどの武人であるのは明白であった。


 この男、名をアルトゥーリといいオーストレームのアニム族を束ねる里長である。

 オーストレームに生まれ育ってすでに百を超えており、百五十年近くを生きるアニム族においてもすでに老境に入ろうとしているのだが、未だ槍をとっては右に出るものがいないとまで言われる達人でもある。


「乱れておるな」


 ゆっくりと開いたやなぎ色の双眸がサンテリの顔を慈愛のこもった眼差しで見つめた。

 揺らぎのないその瞳は、サンテリの感情を見透かさんばかりに光っている。


「お、悪寒が……」

「フゥム」


 厳格な養父の視線に晒されてなお、少年の心に根付いた焦燥感は消えようとしない。

 ピンとして立ち上がった耳と尻尾も戻そうと思って戻せる様子もない。

 しかし、アルトゥーリはその様子に動じることなく静かに息子に語りかける。


「何を感じるかね」

「……悪いものを」

「ほお」

「暗く、澱んだものを」

「そうか」


 ゆっくりと言葉と意味を考えながらうらを吐き出していくと共に、サンテリはぼんやりとした自分の予感めいたものが纏まってくるのを感じていた。


「父上、エリアスとクリスタが心配です」


 勢い込んで突然にそう呟いたサンテリに、アルトゥーリはゆっくりと頷いてみせた。


「お前の精霊との交信フィーリングは着実に身についている。自分を信じなさい」

「僕は、どうしたら」

「ふぅむ」


 アルトゥーリの目が再び閉じ、しばらくしてまた開く。


「わしは何も感じない」

「それは……」

「つまりはサンテリが自分で何とかせねばならぬ、ということであろう。ゆえに、自分に語りかける精霊の赴くままにするが良いと思うが、いかが」

「っはい」

「喝ッ」


 慌てて立ち上がろうとしたサンテリが、養父の喝によろけてけた。

 目を白黒させる息子に微笑みを見せたアルトゥーリは「楽にして待ちなさい」と言い残すと自身が立って隣室へと姿を消した。


 どうしようもない焦りに急かされながら、それでもサンテリは足を崩して板間に腰を下ろした。

 苛立ちにも似た切迫感はしかし養父への絶対的な信頼に勝るものでは無かったのである。

 サンテリはゆっくりと深呼吸をする。

 平静を常にと言う教えに従って少年は落ち着こうとしているのだが、垂れ下がった落ち着きなく左右に揺れている尻尾がその胸中を如実に表していた。


 アルトゥーリはさほど待たせることもなく戻って来た。

 その手には二こうの湯のみがあって、とろりとした野草茶が澄んだ色をたたえている。


「これを飲んでから行くといい」

「……はい」


 微笑みを浮かべ渡された湯のみを両手で押し頂くように受け取ったサンテリは怪訝な表情を隠せなかった。

 とはいえ、座り直した養父が平然として茶を啜るのを見ては何も言えずにゆっくりと湯のみを傾けるしかない。


 馥郁ふくいくとした香りが少年の鼻腔をくすぐり、口腔を満たす。

 立ち上がっていた耳と尻尾が自然と垂れた。


 猫舌でも飲める程度にはぬるいのだが、勢い込んで飲めたものではない程度には熱い。

 独特の甘みと抜けるような酸味、そして残る爽快感。

 どうしようもない温もりが体を駆け巡り、気づけば己が身体も落ち着き始めているのをサンテリは自覚していた。


「乱れは、過ちを招く。平静を常とし、泰然を志しなさい」


 幾分急ぎつつも、先ほどよりもずっと落ち着いた心持ちで湯のみを飲み干したサンテリに見計らったかのようにアルトゥーリが声を掛けた。

 その瞳には疑いようもない息子への情が映っている。


「ありがとうございます」

「いっておいで」


 しっかりとした足取りで立ち上がり館を出て行くサンテリの顔つきはいつもよりもずっと引き締まっており、どこか決然としている。

 見知ったものが見れば驚くほどに“頼りなさ”とは無縁の表情であった。


(あぁ、わしは良き息子を確かに得たのだ)


 歩み去る息子をっと見守りながら、アルトゥーリは胸中でそっと呟いた。

 十にも満たない子供が、これほどはっきりとした精霊の導きを得るのは実は珍しいことである。

 そして精霊はサンテリが一人で解決すべきだと示唆している。


 心配でないといえば嘘になるが、それでもアルトゥーリは息子が頼もしかった。精霊がサンテリを認めていること、そしてサンテリが今まさに転機を迎えつつあることが。


(……いや。それとも、なにかが始まろうとしているのか)


 時折、漠然とした胎動のようなものを彼自身感じることもある。

 いずれにせよ、彼は師として弟子の成長を信じるのみと思い定めていた。


 未だ槍術こそ教えていないものの、養父の指導の下、サンテリはすでに整息も趺坐による瞑想も十分に身につけている。

 精霊との感応に至っては、アルトゥーリをしても「この齢でよくもまあ……」と思わせることさえある。


 彼らが学んでいるのはワイネン流槍術という。

 この里に脈々と受け継がれる極めて特殊な武術であり、その当代継承者こそがアルトゥーリということになる。


 ワイネン流は魔獣を打ち倒す実践本位の武術である。

 でありながら、“精霊”との交わりも重要視している。

 武術でありながらも精霊魔法に通じる修養を実践しつつ、先達や放浪者によって磨かれた高い精神性によって自らを律することを旨としているのだ。


 ワイネン流において精霊は共生すべき隣人である。

 深く交信フィーリングすることで彼らを通じて死角や知覚外を認識し、時には身に迫る危険を予知・回避することをも為しえる。

 その力をもってこそ、尋常ならざる槍遣いを可能としているのだ。


 例えば、アルトゥーリが面倒を見ている弟子たちの中で突出した才覚の持ち主にカレルヴォという青年がいる。

 ワイネン流の思想を体現する精神の持ち主で、槍をとってはアルトゥーリですら「あっ」と言わせるような才能がある。


 無論、周囲の者も彼に期待を抱いている。

 ところがアルトゥーリには、

「どうにもあれは流派の継承などというものにはとんと興味がない……」

 ように思えて仕方ない。


 その点、槍働きこそ未知数ながら素直なよい心を持ち、精霊魔法に抜きん出た資質を見せるサンテリは将来が面白い弟子でもある。

 魔法師としての修練のため日を開けずに通ってくるリベラスのヘンリクにも劣らない感受性は、師として、

「こやつならあるいは……」

 と思わないでもない。


(……思えば早いものか)


 一人になった室内で、アルトゥーリは静かに湯のみを傾ける

 その瞼には息子となる運命を背負ってサンテリがやってきた時のこと甦っていた。


 血にまみれた幼子おさなごを抱えて古人メナス族の戦士が館に飛び込んできたのは今から六年ほど前の出来事であった。

 パンテラ旅団のウルバヌスと名乗ったその戦士はアルトゥーリもよく知る人物であり、おそらく知己のヨウシアとエミリアを訪ねてきたのだろうと考えていただけにさすがに唖然としたのをよく覚えている。


 当時のサンテリは随分と酷い傷を受けていて、急いで呼び寄せたアネルマ、ヘンリク、エミリアの三人がいなければ助からなかったと見て間違いなかった。


 その折、幼子が治療を受けている間にウルバヌスが語った内容をアルトゥーリは今も一字一句間違えることなく覚えている。

 普段感情を露わにすることが珍しい友人が、やりきれぬ悔しさを見せていたのである。


『面倒を持ち込んですまん』

『そのようなことは良い。あれの両親はどうしたというのだ』

『……ニーロもヘリヤも、死んだ』

『む! ニーロといえば知られた剛の者ではないか』

『ニーロは追っ手から家族を守って、ヘリヤは息子を庇って、それでもなおこのざまだよ。全ては私の不明ゆえ……』

『ええい、お前らしくもない。順を追って最初から話してみよ』

『……なれば、少し長い話になるが』


 そう言って、草臥くたびれた戦士は語り始めた。




『ことは二月ほど前。冥族の輩どもが随分と活発になったのが始まりだ。

 ガウル王国の南境、ペレネス山脈のあちこちに住まうゴヴリンやオルクどもが騒ぎ出した。我らが旅団はコントゥラータの首長ホルムル殿の要請を受けて急行したのだが、奴らは恐ろしいほどの速度で我らを出し抜いたのだよ。


 そうだ、出し抜かれたのだ。


 時を同じくして蠢動していた東の“穢れた山”の奴らと手を組んで悪さをするものと我々は考えていた。

 実際、奴らの密使すら捕らえていたのだよ。


 ……思えばアクイラが留守でなければ、いや、詮無いことか。


 とにかく本隊は頭数と軍備を整えて後から、私を含めた数名で偵察するという段取りだった。

 ところがどうだ。私がやってきた時にはペレネスの奴らのねぐらの多くは空に等しく、当地のドヴェルグたちに聞けば昨晩突然姿を消したと首を傾げている。


 私は嫌な予感がした。

 ドヴェルグの助力と後詰への伝言を頼んで私は夜通し奴らを追いかけたのだよ。ようやく追いついたのはガスコーニュの森に入ったところだ。


 そうだ、我が賢明なる友人よ。奴らの狙いはウェーリアの里のアニム族だったのだよ。私たちは愚かだった、狡智な冥族の罠に引っかかっていた。

 どうにか奴らの監視の目をすり抜けて三十にも満たない援軍が開戦の前に里に潜り込めたのは僥倖だった。ともかく、不完全ながらも防戦の準備をすることはできたのだよ。


 ……あぁ、その通りだ。結果は目に見えていた。

 奴らは数千の大軍、こちらは数百の勇敢なアニム族の戦士と二十七人の恐れ知らずのドヴェルグ、それに私一人だ。

 いや、何名かの同胞が後から追いついてくれたが、その頃には戦況は混沌としていて何が何だか。


 そうだ、その通りだ。あぁ、我が心優しい友人よ。君がそう言ってくれるなら死んだ英霊も少しは浮かばれるだろう。


 ……里は三日持たずに落ちたのだよ。

 二日目の晩には去就は決まっていた。生き残りの多くはコントゥラータを目指してすぐに発った。かの魔法使い殿が遅ればせながらそちらの方から急行していると彼の使い魔が教えてくれたのだ。

 残っていたアニム族の戦士の多くと、何の義理もないドヴェルグは奴らを引きつけるために命を捨てることを覚悟してくれた。皆が逃げられるように私たちは先んじて門を開いて突貫したのだ。


 朝日が昇る頃には私たちの周りには冥族どもしか見当たらなかった。勇猛な仲間たちは数えられる程にしか残っていなかったが、それでもどうにか東へと落ち延びたのだよ。

 ちょうど街道に出るあたりまで逃げ延びた頃、森の反対側で大きな光が輝くのを見たからきっと魔法使い殿は間に合ったのだろう。今はそう願うばかりだ。


 いや、いやそれだけなら私はここまで落ち延びずにコントゥラータなり他の隠れ里なりに逃げ延びただろう。

 オルクさ。オルクの一軍が夜闇に紛れて追撃してきたのだ。何かを追うようにどこまでも、どこまでも。都合のいい抜け道はふさがれ、街道は監視され、追い立てられるようにここまで逃げてきたのだ。

 元から少なくなっていた戦友たちは一人欠け、二人欠け、何人かは敢えて敵陣を突破して同志たちに救援を頼みに行った。彼らの働きがなければ私は今頃ここにはいまいよ。


 どうにかメンカルトゥールの森に足を踏み入れた時には私とニーロ、その妻ヘリヤとひとり息子のサンテリ……。

 そうだ、あの子はサンテリという名なのだよ。


 む? ヘリヤのことか。あぁ、彼女は戦士としても優れていたが治癒に長けた魔法師だったのだよ。最後まで同族を守ろうとしたせいで逃げ遅れた……、いや、そうまでしても家族を守りたかったのか、私には語る言葉がない。


 ともかく、もうその時には四人しか残ってはいなかったのだ。


 ここの森は奥深く、道を知らぬものを拒む。ゆえにどこかで私は油断していたのやもしれない。さすがに執念深いオルクどもでもよもやここまでは、と。


 ああ、我が聡明なる友人よ、その通りだ。

 許してくれ。皆、ひと月以上ものこの旅路に倦み疲れていたのだよ。いや、これは言い訳だ。どうしようもない言い訳だ。あぁ……。


 それからは、語るまでもあるまい。

 里がもう少しというところで私たちは襲撃を受けた。私とニーロは二人を逃して残ったが奴らは精強で狡猾だった。武運拙くニーロは凶刃に倒れた。

 どうにか私はその場を制圧してヘリヤを追ったが、彼女は里の門が遠くに見えるか見えないかというところで倒れていた。彼女は襲いかかってきた別働隊のオルクどもを一人で下したが、最後の一人から息子を庇って致命傷を負ったのだよ。

 彼女は事切れるその時まで息子のために魔法を使い続けていた。「いきなさい」となんども呟やきながら、見えぬ目に慈愛を浮かべて息子を見続けて……。


 私は。

 私は、彼女の姿を終生忘れることはないだろう。

 我が友よ。

 頼まれてくれ。あの子を育ててくれ。彼の不幸な生い立ちを覆い尽くすほどの喜びを与えてやってくれ。私は君なればこそと思うのだ』




 それきり、ウルバヌスは項垂れてしまったのである。

 後は何を言っても「頼む」の一言で、否やもないアルトゥーリは頷く他になかったのである。


 アルトゥーリにはあの時のウルバヌスを忘れることはできなかった。

 彼が知る限り自身も勝てるかどうか分からぬほどの当代一の槍遣いであり、端倪すべからざる武人がまるで打ちひしがれた少年のように小さく見えたのである。


 彼は多くを語らなかったが、ウェールスの里やここまでの逃避行で一家と浅からぬ繋がりを築いていたのだろうとアルトゥーリは考えている。

 後に気を取り戻したサンテリが一番に泣きついたのもウルバヌスであったし、ウルバヌスもまた忙しい身空みそらながらもサンテリが落ち着くまでは里に滞在していたのだ。

 コントゥラータへと帰ってからも文を絶やさず、年に一度か二度は顔を見にやってくるほどである。もっとも、サンテリの立場をおもんばかってか忍んでのことではあったが。


 静かに、アルトゥーリは目を開く。

 柳色の瞳が虚空を優しく見つめている。


 サンテリが彼の養子になってからの年月は随分と早かった。少なくともアルトゥーリにとってはそう感じるほどに楽しい日々であった。

 夭折ようせつした妻の他に家族らしい付き合いなどほとんどなかった枯れた男には遅ればせながら息子を得たことはまさに潤いとしか言いようがなかったのだ。

 かつて戦場で勇名を馳せた自分が、孫でもおかしくない齢の洟垂はなたれ小僧に振り回されるのが面白くて仕方がなかったものである。

 いつしか預かっているつもりの子供が、本当の息子にしか思えぬようになっていたものだ。


 サンテリも今年で九歳。


 色々と口煩くしてしまったという自覚がアルトゥーリにもあるのだが、それでも息子は優しい少年に成長している。

 養い親に過ぎない自分を“父上”と呼んでくれるのが、口にこそ出さないがアルトゥーリの何よりの喜びなのである。


 そしてまた、恩人であるウルバヌスを親戚のように慕い、将来が楽しみなエリアスとクリスタの兄妹を親友と思い定めている。

 息子には人を見る目もある、とアルトゥーリは内心で呟いた。


(ふ、ふふ。わしも親バカ、というやつかもしれん)


 思わず零れた自嘲の笑みは、しかしすぐに溜め息に変わった。

 落とした視線の先にある湯のみの中身はすでに冷めきっている。アルトゥーリはそれを一息に飲み干して、もう一つ溜め息をこぼした。


(どうにも、此度の一件は思うところが多い)


 言わずもがな、サンテリが“知恵の館”でアッツォと喧嘩になった件である。


 息子をよく知るアルトゥーリからすればサンテリが突然に激怒したというのも理解できなくはないのだ。

 その生い立ちゆえか何よりも身内を大事にする性格のサンテリである。

 まして彼はまだ若く、彼自身にしか分からぬ琴線がどこかにあったのだろうと容易に想像出来る。


 とはいえ、手を出したのはいけない。

 ワイネン流を学ぶ者は平静を常とすべしという訓戒もあるが、アニム族としての道徳がそれを許さない。

 結局アルトゥーリは里長として拳骨をサンテリに落とした後、今度は師として訓告の意味を合わせていつもよりも長い瞑想を科した。


 一方で、問題であったのがアッツォの方であった。

 未遂とはいえ手を出そうとしたことと加えて古人族への暴言を合わせて拳骨を落としたところまでは良かったのだが、それからが大変であった。


 古人族がなぜ他種族から恩義を持って迎えられるか、いかに説明しても分かろうとしないのである。いや、頭では理解できても心情が追いつかないのだ。

 アニム族の法は忘恩を許さない、それを納得させるのが精一杯であった。


 アッツォは決して出来の悪い子供ではない。

 むしろそれなりの才覚、少なくとも彼の父の後を継ぐことに不安はないとアルトゥーリは考えているだけに頭の痛い問題であった。

 そしてそのアッツォの父親で狩人を束ねるヴァルネリこそがこの里の人間蔑視の筆頭格なのである。


(ふぅむ、いっそエリアスが要職にでもついて旗頭になってくれんか……)


 唐突に浮かんだ益体もない考えに、アルトゥーリは思わず苦笑を浮かべて立ち上がった。

 実にタチの悪い冗談である。

 どのような理由であれ、里の重責を子供に背負わせるのはあまりに罪な話である。


(いくらなんでもそこまで耄碌してはおらん)


 それに、そのようなことになれば愛しい息子からの視線はどうなるか……。蔑まれなどすれば耐えられまい、などと冗談半分本気半分で夢想するアルトゥーリの表情はなんとも言えぬものであった。

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エインヘリャル物語 〜橘啓吾列伝〜 真面目 雲水 @soratobu17

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