第18話
「狙撃B班、沈黙!」
やや引きつったような声音。上げたのは天幕内の通信係だ。
「何だと?」
これには流石に旗山も驚いたらしい。
「何があった?」
「詳細不明、B狙撃手及び監視手、バイタルサインが切れました」
バイタルサインとは、心臓の鼓動を確認することでその人物の生死を確認するためのものだ。それが切れたということは、B班の二名は死亡した――現在の状況からして、ヴィルに殺害されたとみるのが妥当だろう。
私は旗山や香森の視線を避け、イヤホンを『交換した』。
こんなこともあろうかと、私は先日ヴィルに渡されたイヤホンを修理していたのだ。例の、シャワーでお釈迦にしてしまったイヤホンを。
自慢ではないが、私は少しばかり他人より手先が器用だと言われてきた。その手腕を活かして、ヴィルに通じるかもしれないイヤホンを改修して装備していたのだ。つまり、先ほどの天幕での会議内容はヴィルに筒抜けだったということになる。
このイヤホンは、マイク機能しか持ち合わせていない。通信を傍受されにくくするためだ。ヴィルからもジャックからも、通信が入ることはない。
だが、問題はなかった。彼らがこの情報に食いついてくれれば、すぐに行動に移るはず。それはGFに対する不意打ちだろう。
たった今の無線係の報告で、私は会議内容がきちんとヴィルに伝わったであろうことを確信した。しかし、
「やむを得ん。『彼』を連れ出せ」
「よろしいので?」
切れ長の瞳をより鋭利にしながら、旗山の指示を確認する香森。『彼』とは誰のことだ?
「今が活用時だろう。『彼』に真相を知られては利用価値がなくなる」
すると香森は無言で背を向け、別な天幕へと走っていった。
誰のことかと私が旗山に尋ねようとした直前、
「ど、どうして僕が戦線に同行するんですか?」
という、焦り混じりの声が聞こえてきた。
「ケイン……」
「あっ、神矢さん!」
ケインは健康そうで外傷は認められなかったが、異様に戸惑っているようだ。まるで、初めてケージの外に出される子猫のように。
そんな彼を、香森が背後から圧迫するようにして私たちの前へ連れてくる。
「ケイン、あなた――」
「ケイン・フレッジャー」
私の言葉を遮り、旗山がケインに語りかけた。
「君には、目標すなわちヴィルの取るであろう挙動について、二、三尋ねたい。できる限り、前線でだ」
「前線……?」
ケインの顔が白くなる。あの地下トンネルでの働きぶりを見るに、確かに彼は戦闘要員としては役に立たないだろう。まあ、私も実戦経験が少ないという意味では一緒かもしれないが。
「神矢巡査部長も一緒だし、君たち二人の生命の保護には最善を尽くそう。我々GFがだ」
するとその直後、ケインは全く予想外の行動に出た。
「ふっ!」
「……」
旗山に唾を吐きかけたのだ。
「貴様!」
後ろから香森がケインの膝裏を蹴りつけ、その場にひざまつかせる。
「乱暴しないで!」
私は思わず叫んだが、
「あなたに、私に対する命令権はない。神矢巡査部長」
「でも彼は民間人よ? もう情報提供を済ませて――」
と言いかけて、私は口を噤んだ。兄と一緒に自由の身になれる、と言おうとしたのだ。だが、事ここに至って雲行きは怪しくなってきた。
「兄貴に会わせてもらえもせずに、僕はここまで来たんだぞ! 兄貴が重傷を負っているのはあんたたちが示した通りだ! 兄貴にあんな酷い仕打ちをしたあんたらに、これ以上協力する義理はない!」
旗山はじっと、右目だけでケインを眺めていたが、
「香森、手錠だ」
淡々とした口調でそう告げた。
「うっ!? 何しやがる!」
ケインの背後に回った香森は、膝を彼の背に押し当て、あっさりとうつ伏せにさせてしまった。
私は今度こそ飛び出し、ケインと香森の間に入った。しかしその頃には、ケインは手錠で完全に香森に拘束されていた。ぐいっと手錠を引かれて、無理やり立たされる。
「いててててててて! 分かった、分かったよ!」
そんなどさくさに混じって、天幕からまた叫び声が上がった。
「狙撃C班、沈黙!」
旗山は、今度は顔色一つ変えずに『バイタルは?』と問い返した。
「現在小火器で戦闘中……いえ、C班バイタル、切れました」
「ふむ」
部下の死という衝撃を、旗山は持ち前の冷酷さで相殺したらしい。
「A班……荒川はどうだ?」
「健在です。C班のいた場所から離脱する人影を捕捉、しかし目標、ロストしました」
「まるで我々の狙撃ポイントが流出してしまったようですね、隊長」
香森の言葉に、沈黙で同意を示す旗山。
「目標の現在位置周辺に武装ドローンを飛ばせ。我々も行くぞ」
軽く顎でしゃくるような動作で、旗山は皆の出動を促した。
ケインと私は、ちょうどGFの面々に前後を守られようにして山中に踏み入っていく。
三分ほど歩いた時だろうか、虫の羽音のような軽い音が、私たちの鼓膜を震わせた。
「武装ドローン、戦闘開始……いえ、一機、撃墜されました」
香森の報告に、旗山は『早速か』と呟いた。
その後も次々に、通信係を兼ねた香森から『撃墜』の連絡が入ってきた。しかし、殺傷性は低いとはいえ、ドローンの武装は無論実弾だ。そんな飛行物体に包囲されながら返り討ちにするとは。
やはりヴィルは、ただならぬ人物であったということなのだろう。
「香森、荒川はどうしている?」
「狙撃ポイントを変えました。座標は――」
聞く限りでは、荒川という狙撃手のエースは高みからヴィルを狙撃するのを諦めたらしい。圧倒的優位であるはずの高度差。だが、それにこだわっては、ヴィルに自らの行動を読まれると判断したようだ。狙うとすれば、水平方向からだろう。
「荒川の座標に第二分隊を向かわせろ。我々第一分隊は、迂回して荒川の元へ。途中、キルポイント4で陽動作戦Dを行う」
旗山の指示に、無言で頷き返す香森。その瞳がギロリ、とケインを捉えたのを、私は見逃さなかった。
その後、私たちは黙々と歩き続けた。ドローン部隊は全滅したらしく、また、狙撃銃の発砲音も聞こえてこない。膠着状態に陥っているのだろうか。
すると、木々が開けた場所に出た。二十メートルほどの円を描くように、小さな空き地になっている。しかし、草原に入る前に先陣は足を止めた。
「こちら旗山。キルポイント4に到達、陽動作戦Dに入る。通信設備に支障はないか?」
《こちら前線指揮所、陽動作戦D、準備よし》
「了解」
短くそう告げて、旗山は香森の方を顎でしゃくった。
香森は頷き、ケインの手錠を外す。
「うわあ、痛え……。善良な情報提供者に何するんだよ、全く」
右の手首を摩りながら文句を垂れるケイン。だが、私の胸中では、異様な警戒感が高まって来ていた。
「歩け。空き地の中央へ出ろ」
冷淡な香森の口調に、ケインは渋々といった調子でゆっくりと歩み出た。先陣を切っていた隊員たちが道を空ける。ケインは警戒しているというより、困惑しているようだ。
「おい、何だ何だ? 僕に一体何を――」
パン。
短い発砲音が響いた。こちらに背を向けていたケインが、ゆっくりと向こう側へ倒れ込む。
「ぎゃっ、うわあ、ぐあああっ!!」
「ケイン!!」
はっとして横を見ると、香森が拳銃を握っていた。二十二口径の小ぶりな拳銃だ。その銃口からは、硝煙が立ち上っている。
再び視線を前方に戻せば、ケインが足を押さえてのたうち回っていた。
「畜生! 撃ちやがった! 情報提供者を裏切りやがった!」
致命傷ではないらしい。その時、ようやく私は旗山と香森の意図に気づいた。
まさか……!
「ヴィル・クライン、聞こえるか?」
旗山の掠れ声が拡声されて、山々の間に反響する。見上げれば、警視庁のヘリが私たちの頭上を通過していくところだった。あのヘリが、いわばメガホンのようなものを搭載しているらしい。
旗山は言葉を続ける。
「すぐに投降しろ! 君の危険度はコード・オレンジに格下げされた。我々に君を殺害する意図はない! しかし、もし応じられないというのであれば――」
再びの銃声とケインの悲鳴。今度は肩から出血している。掠めた程度らしいが、激痛を味わっていることは明らかだ。
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