第13話

 翌日。


「おい、神矢。神矢!」

「ん……」


 乱暴に揺すられて目が覚めた。


「座ったまま眠れるとはな……。あんたは侍の末裔か?」


 ゆっくり目を開くと、そこにはヴィルがいた。私の肩から手を離し、大きなため息をつく。愛銃はホルスターにきっちり収まった状態だ。


「あっ! 私、考えごとをしているうちに……!」


 ヴィルはかぶりを振って、呆れた気配を隠そうともしない。しかし、『何を考えていたのか』などと無粋な質問はされなかった。


「あんたの考えは分かる。たかが巡査部長一人の告発など、あっという間に揉み消されてしまうだろう」


『たかが』という言葉にカチンと来るものはあったが、ヴィルの言うことは正しい。


「では何故、ジャックは私に内部告発をしろと?」

「あんたを納得させた状態で帰してやりたいからさ。何度も言うが、GF相手に人質作戦は通用しない。俺たちから見て、あんたは人畜無害の用済みだ」


 酷い言われようだが、私にはむしろ『的を射ている』という印象の方が強かった。


「それより――」


 と言いかけて、ヴィルは俯いた。口ごもっている。ズバズバ物言う彼にしては、実に珍しい。


「何です?」

「口では説明しづらいが、たとえ揉み消される程度の不祥事だったとしても、この件を知った国民には何らかの不信感が宿るはずだ」


『この件』とは、きっと昨日ジャックが見せた拷問のことだろう。


「規制をかけられる前に、SNSで拡散しろ。ジャックはテレビ局なんて言い方をしていたが、それでは駄目だ。すぐ潰される。最新の通信媒体で拡散してくれれば、後はジャックとケインでどうにかハッキングして事を公にできるようにする」


 ん? それは昨日ジャックが言っていたことと同じではないのか? 私は『人畜無害の用済み』ではなかったのか?

 その疑問が顔に出たのだろう、ヴィルは『風向きが変わったんだ』と一言。


「感情的な話になってしまうが」


 そう前置きして、ヴィルは言った。


「ケインの兄貴が死んだ」

「……!?」

「俺がジャックに代わり、警視庁公安部の無線を盗聴していた時にな。マーカス・フレッジャーが殺された。拷問の末に、自ら舌を噛み切ったんだそうだ。三時間ほど前の通信が正しければ」


 私は脳の神経が麻痺してしまったかのような感覚に陥った。のろのろと、次の言葉が喉から出てくる。


「まさかあなたは、マーカスの復讐を……?」

「ああ。そのつもりだ」


 自分の妻だけではなく、友人のための復讐まで。そんな宿命を、ヴィルは背負ってしまったということか。


「ちなみに、ジャックにもケインにも、この事実は伝えていない。二人共打ちひしがれるだろうし、士気が下がる。だから、ジャックに反論はしない」

「反論、って……?」

「あいつはあんたが、何らかのメディア関連施設に駆け込めば、それでどうにかなると思っている。国民に反GF、反警察の意識を植えつけることができる、ってな。だが、俺はそんな楽観はしていない。だが、その楽観に反論してしまえば、ジャックも混乱するだろう」


 そしてもしジャックがボロを出すようなことがあれば、自分たちは一網打尽にされてしまう――。そう言うヴィルの顔つきは、確かに険しさを感じさせた。昨日までの『無感情』とは違う。

 しかし、いやだからこそ、私は声を上げた。


「ま、待ってください! じゃあ、ジャックもケインも、マーカスが死んだことは……?」

「まだ知らないだろう。いや、知らないままでいい。ジャックはともかく、ケインが暴走してしまったら元も子もないからな。あいつはまだ若すぎる」


 自分の兄の死すら告げられず、ひたむきに通信機器に向かう青年。

 彼は兄の生存を信じればこそ、ああして戦っている。その努力が無に帰し、兄の生命まで奪われたとなれば、もはや彼は立ち直れないかもしれない。あの人懐っこい笑みは、戻ってこないかもしれない。


「手を出せ」

「!」


 唐突な命令口調に、私は肩を震わせた。


「いいから、さっさと手を出せ」


 するとヴィルは私の手を握り、円盤状のもの――例の立体映像映写機を握らせた。


「いいな? 車の整備はできてるはずだ。すぐにここを出て――」


 と、ヴィルが言いかけた直後だった。全身を震わせる轟音が、このトンネルに響き渡ったのは。


         ※


 ヴィルと私は、慌ててスライドドアを駆け抜けた。銃声が、行く先から絶え間なく聞こえてくる。

 ヴィルは大きく舌打ちをしながら、


「GFの連中、ようやくここを突き止めたようだな!」


 すると胸ポケットから、ヴィルは小型のイヤホンを取り出した。右耳に装備する。


「神矢、あんたも持ってろ!」

「おっと!」


 突然放り投げられたイヤホンを、私もまた右耳につけた。


「ジャック、そっちはどうなってる?」

《第一隔壁を破られた! この手口はGFのものだ!》

「つまり連中は、金属探知エリアを突破した、ということだな?」

《そうだ! 今そっちの武器庫を開けるから、応戦体勢を取ってくれ!》

「了解」


 すると、ガタンと鈍い音がして、床面が展開し始めた。


「下がってろ、神矢」


 この細長いフロアの床下全体が倉庫になっていた。ぐいっと腕を引かれ、私は後退する。

 展開された床は、一・五メートルほどの深さがあった。ヴィルが飛び降りると同時に覗き込むと、


「うわあ……」


 多くの銃器がズラリと並んでいた。ヴィルは素早く武器を選択。自動小銃の中でも小ぶりなサブマシンガンを取り出した。防弾ベストを身に着け、その腰回りに弾倉を装備していく。


 その時、私は気づいてしまった。サブマシンガンが床上に放置されていることに。

 いや、放置ではないのだろう。ヴィルの腕の届く距離に置かれている。しかし、ヴィルの視界からは外れているはずだ。

 プラスチックと金属の軽い接触音が聞こえてくる。私は、視線をヴィルの背中とサブマシンガンの間に数回、往復させた。


 ヴィル・クライン。コード・レッドの、即射殺命令が下されたテロリスト。その背中が無防備だ。おまけに、私が飛びかかれば届くところに銃器が置かれている。

 絶好のチャンスだ。私の、『刑事としての』正義感が訴える。この場でヴィルを射殺できれば、日本はもっと平和になる。


 しかし、本当にそうだろうか? 『人間としての』正義感が疑問を呈する。

 ヴィルもジャックもケインも、自分の家族のために戦っているのだ。それが『復讐』という、後づけの虚しい戦いだったとしても。

 そんな彼らの心情を無視して、否、踏みにじってまで、私に引き金を引くことはできるだろうか?


 その時、再び轟音は響いた。


「ジャック、敵はどこまで来てる?」

《第二隔壁まで破られそうだ! メインシャフトを爆破する!》

「何だと?」


 その時、ヴィルは明らかに狼狽した。


「敵はGFだぞ、地下の脱出口まで制圧されている可能性がある! 二ヶ所しかない出入り口の片方を安易に封鎖するわけには……!」

《スーパーコンピュータ群の通信網と情報を、みすみす渡すことはできない! 次の隔壁が破られたら、コンピュータ群はすぐそこだ。止めるにはメインシャフトを強制封鎖するしかない!》

「待て、落ち着けジャック――」


 と、ヴィルが言いかけた次の瞬間、地震が起きた。文字通り地面が震えたのだ。ドン、と足の裏が突き上げられ、私は床面を跳ね飛ばされた。


「ッ!!」


 慌てて床に手をつき、額から転びかけるのを防ぐ。その時ちょうど、何かが私の手中に収まった。明らかに金属質な感触。それが件のサブマシンガンであることは明らかだ。

 微かに視線を上げる。ヴィルと目が合う。互いの動きが一瞬止まる。

 私がサブマシンガンを構えるのと、ヴィルが愛銃の照準を私の額に合わせるのは、全く同時だった。


「遅いぞ、神矢」

「……」

「そのサブマシンガンに初弾は装填されていないし、セーフティの解除もまだだ。それでも俺を撃つ気なら、早い方がいい。ジャックもケインも駆けつけてくる」


 私は肩を上下させ、必死に息の出し入れをしていた。『遅い』と指摘された悔しさなど一片もない。

 それどころではなかった。頭に血が上ってくる。異様に鼓動が早まっている。背中全体からぶわっと汗が染みだしてくる。

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