第8話

「ヴィル、敵の様子は!?」

「待ってろ、こっちも撃ち返す!」


 自動小銃に弾倉を叩き込む音がする。どうやらバレルの短い、サブマシンガンを選んだようだ。

 しかし、対応は尾崎の方が早かった。再び頭上で金属音からなる狂想曲が鳴り響く。


「手榴弾を投げ込んでください! そうすれば――」

「そうしたいが、無理だな」

「何故です!?」

「地図を展開してみろ」


 私はひどく揺れる車内で、タッチパネル式のカーナビからマップシステムを呼び出した。立体映像が展開される。そこには、


「火力発電所……?」


 そうだ。ここは京浜エリアにエネルギーを供給する一大発電所地帯だ。


「どれか一つが爆発でもしてみろ、電力が落ちてジャックとの秘匿通信もやりづらくなるぞ。これ以上爆発物は使えない。尾崎を殺して、乗り移るなりなんなりしてこのトラックを安全に停めなければな」

「じゃあどうしてさっきは手榴弾なんか使ったんです?」

「あれはガラスを割るだけだ。トラックがこの高架橋から落ちる可能性は低いと判断した」


 私はため息をつきたい気分だった。もちろん、命が懸かっていなければの話だが。


 尾崎の方も、こちらが下手に手出しできないことを察したのだろう。再び私たちの車を挟みこもうとする。すり減っていくタイヤの焦げる臭いが鼻をついた。

 すると背後から、パラララララララ、と軽い発砲音がし始めた。ヴィルが応戦し始めたのだ。しかし、次のヴィルの言葉に、私は度肝を抜かれることになった。


「神矢、あのトラックに併走して真横につけろ」

「は、はあ!?」

「そのくらい、アメリカでは教えてるんじゃないのか?」

「あなたはどうするんです?」

「角度的に運転席が狙えない。乗り込んで仕留める」


 確かにトラックと比べ、こちらの座席はかなり低い。直接弾丸は当たらないだろう。また、道路の蛇行が激しくなり、閃光手榴弾の使用も困難になっている。五秒間も目隠しで直進していたら、反対車線に飛び出してしまう。


「やはり跳弾で仕留めるのも期待できないな」


 仕方ない。そう呟いて、ヴィルは愛銃をホルスターから抜いた。


「本気ですか?」

「軽口は叩かないと言ったはずだぞ」


 同時に、今度は可燃薬物を搭載したタンク車が前方に見えてきた。再び尾崎のトラックが私たちから離れる。しばらく私たちと尾崎は速度を落とし、長いタンク車越しに相手の出方を窺う形になった。


「あのタンク車をやりすごしたらすぐに乗り移る。準備しとけ」

「準備って……?」

「だから併走させろって言っただろうが」


 そんな無茶な、と言いかけて、


「あ」


 私は気づいた。破損したカーブミラーが、うまい具合に捻じ曲がっている。というのも、運転席から見ると、タンク車の向こう側を走っているトラックのタイヤが見えるのだ。これなら、尾崎に併走するようタイミングを合わせられる。


「上手くいきそうです!」

「ありがたいな」


 無感情な声音ではあるが、そこに微かな興奮が混じっているのを私は感じた。ヴィルの作戦の確度を上げることはできたようだ。私は大声で、


「カウントダウンします!」


 ヴィルは無言。バックミラーを見ると、彼は取りつけの悪くなった車の後部ドアを蹴り飛ばすところだった。飛び移るためだろう。この車にダメージが及んでいたことが、逆に功を奏したわけだ。

 返答はなかったが、それはこのまま数えろ、という意味だと私は解釈した。

 カーブミラーに目を凝らす。すると、尾崎は速度を上げた。こちらもアクセルをより深く踏み込む。


「いきますよ! 三、二、一!」

「ッ!」


 音もなく息を吸い、ヴィルは自らの肢体を宙に踊らせた。ガァン、という衝突音がする。

 そちらを見ると、ヴィルが左腕をトラックの助手席に引っ掛けるところだった。もちろん素手ではなく、手の甲に装備した熊手のような金属製の爪を食い込ませている。

 しかし、ヴィルの身体はあっという間に風圧で後方に流されていく。するとヴィルは、自分の身体を引っ張り上げるようにして右腕を運転席に突っ込んだ。なんという腕力だろう。

 これだけの風圧下であるにも関わらず、右腕には愛銃が握られている。そして、ズドン、という発砲音と思しき音が風の隙間から聞こえてきた。

 そのままヴィルは、左腕でトラックの助手席ドアをこじ開け、自らの身体を捻じ込んだ。もう一発ズドン、と音がする。直後、運転席ドアが開かれ、若い男性のものと思しき死体が転がり出た。あっという間に後方へと吹き飛ばされていく。

 すると、トラックが徐々に減速し始めた。私も前方と右車線を交互に見遣りながら、ゆっくりとブレーキに重心を移していく。クラクションを鳴らすほどの車の通りはない。私は周囲の安全を確かめてから、道路の左端に車を停めた。


「ヴィル? ヴィル!」


 呼びかけながら、私ははっとした。今の私は完全に丸腰ではないか。いやしかし、ヴィルは私を解放する様子はないようだし、下手に逃げようとすれば今度こそ撃たれるかもしれない。

 仕方ない。今は彼の無事を願うとしよう。

 私がゆっくりと、体勢を低くしながらトラックに近づくと、助手席側からヴィルが降り立った。


「ヴィル!」


 正直、安心してしまった。声に喜色が含まれてしまったのが聞こえていなければいいのだが。


「ったく、苦労させやがる……」

「あ、あの、尾崎は……?」

「見えただろ、捨ててやったよ」


 あんたからも見えたはずだよな? そう言いたげに、ヴィルは後方を顎でしゃくった。

 ヴィルに銃撃され、しかもあの猛スピードでアスファルトに叩きつけられたとくれば、生存は見込めないだろう。


 するとヴィルは、


「あのポンコツ、まだ走れるか?」


 私の背後に目を遣った。そこには、車が停車している。ドア側面がぐしゃぐしゃになり、ヘッドライトが片方潰された有様で。しかし、先ほどのアクセルとブレーキの利き具合から考えるに、まだ移動手段としては使えるだろう。


「ええ、走行するぶんには問題は――」


 と言いかけた瞬間、


「神矢、伏せろ!!」


 ヴィルが叫んだ。同時に、私に肩から突っ込んでくる。


「くっ!」


 地面に突き飛ばされた私は、横たわったまま顔を上げようとした。しかし、


「馬鹿! 伏せていろ!!」


 そう叫びながら、ヴィルは私の頭を覆うように腕を載せてきた。まさにその直後、車が宙に舞い上がり、木っ端微塵に爆発四散した。後部座席の重火器が爆発したらしい。


「な……!?」

「クソッ、やはりそういうことか! 神矢、匍匐前進だ!」

「えっ?」

「伏せたまま、さっさとトラックの陰に入れ!」


 ようやく気づいた。蛇行と直進が混ざったこの湾岸高速道路だが、今は前方一・五キロほど直進のコースだ。つまり、


「狙撃されやすい……?」


 まさか、いっぺんに二人がかりでヴィルを狙っていたということか。

 私はトラックと地面の間に入り込み、頭上に両腕を載せながら状況を見計らった。

 確か、先ほどのGFの資料にも『狙撃要員』の項目があった。しかしまさか、対戦車ライフルで狙ってくるとは。残念ながら、そんな遠距離を狙える火器は、今の私たちの手元にはない。

 このまま身動きできなければ、警察の応援が来てヴィルは捕まってしまう。かといって下手に動くわけにはいかない。狙撃されれば、一瞬で粉になってしまう。


 どうする――?

 その時だった。


《ヴィル、聞こえるか? ヴィル?》


 トラックの無線に音声が入ってきた。ヴィルの名をしきりに呼んでいる。


「ヴィル! 無線が通じてます!」

「何だって?」


 地面に伏せ、車の残骸から使えるものを得ようとしていたヴィル。私が呼びかけると、彼もまた匍匐前進して私の隣に滑り込んできた。


「ああ、そうか!」


 ヴィルははっとしたように目を上げた。

 するとちょうど、


《ヴィル、無事なら答えてくれ。こちらジャックだ。ポイントTの204で待機中。来られるか?》


 しかし、こちらから応答するにはトラックに乗り込み、その無線機を使わねばならない。

 

「出たら撃たれます!」

「心配するな。車の爆発した炎が俺たちの盾になる」

「は、はあ?」

「光学スコープも熱源探知スコープを使えない。向こうは一発で俺を仕留めるつもりだったんだろうが、車をふっ飛ばしたのは失策だな」


 そう言って、しかし油断なくヴィルはトラックの下から這い出した。それこそ忍者を連想させる機敏さで、運転席へするりと座り込んだ。

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