3.顛末

「……有栖君、君ではないと思いたい。

しかし、な」

課長は段ボール3つ分ものファイルを持って来させ、テーブルに荒っぽく置かせた。

「これだけ証拠があれば、そう思う事はあるまい」

全部、犯行現場『周辺の』写真だった。


「私達が立てた仮説はこうだ。

君の動機は『村民に対する恨み』だと。

何故か?

……君は交通事故に遭っている。

言い方を変えれば『轢き逃げされた』のさ。

そして君は病院に連れて行かれた。

最初に発見した彼ではなく、母親に」


《君が、『底辺組』だったから》

《彼には救って貰えず、放置された》


「そうだろう?松渡肇汰!!」

「…………フフッ」

松渡は肩を震わせ、そして高らかに笑い始めた。

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!」

「何が可笑しい!!」

「いやぁ……やっと、バレちゃったなって」

すると松渡は懐から拳銃を取り出し、天井に発砲した。明確な威嚇射撃である。


「この際言っちゃいますよ。……犯人は俺でしたァ!!

中立な立場ァ?平和でいたかったァ?

なわけあるかってンだよ!!

俺を見下した奴ら全員を恨んでたんだ!!

……底辺組のクセに近付いたお前も。

人間のクズのクセに生きてンじゃねぇよ!

……こっちに来いよ。楽にしてやるから」


「止めろ松渡!!お前はそんな奴じゃないだろう!」

「黙れ犬共が!!権力に物言わせてこの俺を潰すつもりだろうがそうはいかねぇぞ」




松渡肇汰。

彼の両親は彼に虐待を行っていた。

その容疑で逮捕され、現在も受刑中である。

彼は心身共にボロボロになってしまった。

心理セラピーは効果が無かった。

仕方無く彼は児童養護施設へと送られた。


が。そこでも彼は虐待を受けた。

そこは厳しい監査を潜り抜け子供達に非道な行いを繰り返す、いわば『覆面ブラック施設』だったのである。


そうして人間不信になった松渡は、大人に、特に警察に対して復讐の念を抱く様になる。


『俺をこんなにした警察を、俺が潰す』と。




「俺はお前ら警察に壊された!!

今度はお前らが壊れる番だ!!

……あの世で後悔するんだな」


銃声が1発。その直後4、5発鳴り、3つほど肌に穴が空いた。

1つは課長の喉元、確実に息の根を止めようと松渡が発砲した銃弾が貫通したのだ。

そしてそれに気付き、部下が放った3発はそれぞれ松渡の左脚、右腕、そして胸部中央を貫通。

最後の1発は痛みにふらついた松渡が謝って放ったもの。

それは空を裂き、有栖に当たった。

額に直撃し、即死だった。




松渡だけはすぐに逝く事はなかった。

天罰なのだろうか、終止苦悶していた。

「……ピノッキオは俺じゃない、ぞ。

あれは模倣犯だ……」

血を吐いて、ブクブクと泡立つそれを見て気が付いたらしい、宇佐美が言った。

「……これも、運命ってやつか」


貫通した銃弾はクッキーの缶に当たったらしい。ばら蒔かれ、とても偶然とは思えぬ配置に変わっていた。


床の市松模様と相まって、クッキーに描かれた白騎士ナイトが、黒のキングを討ち取る配置。

チェスでの『チェックメイト』だった。


「……お前、童話から盗ったんだろ、殺り方」

「……ああ」

「汚ねぇんだよ。リスペクトしろ、命を」


そうだな、と口もとを緩ませた松渡。

最早意識は無かっただろうが、それは実に幸せそうな顔だった。

「……ったく、罪人も逝けば仏様かよ」




この事件は容疑者死亡で書類送検、ピノッキオ死体は模倣犯がすぐに見つかり逮捕された。

社会からも徐々に風化していくこの惨劇を、私……久野はじめだけは、この事件を鮮明に覚えているのだった。

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鱗澤村殺人事件 アーモンド @armond-tree

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