2.交錯

事件は迷走の一途を辿っていた。

犯人に辿り着く『証拠』の一切が、なかったのである。

「……コイツァ、知能犯かな……」

そそってきたぜ、と宇佐美は眼をギラギラさせた。


「……おおい!!こっち来てくれー!!」

鑑識の一人が、草むらの中から叫んだ。

「なんだどうした?」

「……これ、どう思います……?」


おお、こりゃ酷ぇな、と呟かざるを得なかった。


関節という関節が一旦切断されたらしい。それを蔦で縛って留めてあった。

更に鼻が原型を留めておらず、そこに木の枝が貫通していた。

見た目はさぞかしピノッキオ……とは似ても似つかないグロテスクな変死体。


「…………なぁ、誰なんだ手前はよォ……」


犯人クソ野郎、と宇佐美は表情を険しくした。


宇佐美は警察にいては危険だと思われるほどの変人である。

「殺るなら美しく殺れよな」発言で強制退職させられるも、鑑識の人手不足で復帰。

実力は確かだが犯罪者予備軍である為、周りには必ず『監視員』なる警官を付ける事が、復帰の条件として加えられた。


「……ったく、汚ねぇ殺り方だ……!!」


この事件はそして、『鱗澤村殺人事件』から『鱗澤村連続猟奇殺人事件』へとその名を変え、世に知られていく事となった。


新聞を読んで、松渡は怒りで腕が震えた。新聞紙が皺くちゃになるのも気に留めず、そのむしゃくしゃした感情をぶつける。


「俺が捜査出来たら……!」

「駄目だよ松渡君。そんな事したらクビ切られちゃう」

「だとしても!!」

どん、と有栖の胸倉を掴んで壁に叩きつける。


「お前はこんな醜悪な犯罪者を!!

俺達の村を穢した奴を赦せるのか!?」


「…………赦さないよ、ボクだって」

「なら!!」

「松渡君!!」

数秒の沈黙。互いに睨みつけ合う。


「……今のボクらには、手は出せない」


力の緩んだ腕をとり、有栖は言った。

「ボクらに何も出来ないとは言ってない」




その日の深夜、現場の近くに二つ、黒い影が入り込んだ。

「……午前1時から3時までなら、ここは誰も来ない」

「俺達がやってる事の意味を解ってるのか?」

「ああ。これは明らか犯罪だよ」


解っててやるのかよ、と呆れ、松渡は諦めて有栖に着いていく事にした。




「……貴方たち」

な。

女性の声が背後からして、動きを止める。

「……松渡君?有栖君も……!!」


「……久野?」

そこにいたのは『雲英坂小学校』の級友であった、久野はじめ であった。




「……いやぁまさか、松渡君が警官とは」

久野は学級では委員長を務めていた。あの頃実は、松渡は彼女に淡い恋心を寄せていた。

相変わらず綺麗だな、と思いつつ話を本題へ移した。

「……今回起きた事件なんだが」

「うん。残念だった。皆死んじゃったものね」

そう言う割には落ち着いているな、と不審に思う。

「……そう言えば、松渡君。

玉郷たまごう君には会った?」


玉郷……?

聞き慣れない苗字に、松渡は戸惑う。

「……そうよね。『底辺組』の事なんて、覚えてないよね……」

仕方ないか、と呟き、久野は話し始めた。

「……彼らは虐められてた。

私達のクラスでは『いないもの』扱い。

……ましてこんな事件が起きても」




ぼやけていた記憶の一片が輪郭を取り戻していく。

……クラス。そうだ、殺されたのは皆、俺のクラスメイトだ。

ましてクラス全員の人数は40ではなかった。

何故こんな重要な事を忘れていたのか。

……いや違う、『忘れた』のではない、そもそも『眼中』になかった…………。


「……虐めた側はすぐ忘れるけれど、虐められた側は一生、覚えているもの。

玉郷君は『底辺組』を護りきった。

謎の殺人鬼から、いじめられっ子を、ね。

……そうしたら、次は?」

中立を守った松渡君にそれが解る?


どこか挑戦的な眼差しを向け、松渡を見る久野。

「……俺なら、見下した奴らに復讐するな」


「まさにその通り。松渡君は狙われている」

だから、関わりを絶った方が良い。

とでも言う様な振る舞いに、更に不信感が募る。

「……何を知ってる?」

「『底辺組』の全て」




久野はその後日、自ら『事件関係者』として自首、即刻事情聴取が行われたという。




そして事件は少しずつではあるが、解決の方向へと歩き始めていた。

唯一の関係者である久野の供述をもとに、警察は『底辺組』を容疑者として動き出したのだ。


「……」

松渡は怒りを通り越し、最早警察に対して『呆れ』を覚えていた。


何故故郷を汚されなければならないのか。

いや違う、『何故誰も真相究明出来ないのか』だろう。

俺が捜査出来るのならば、解明出来る自信がある。いや、何としてでも解明するだろう。

「……松渡君」

有栖は疲弊した松渡を見て、心配そうに声を掛けた。

「情けないな、何も出来やしない……」

「ボクはそうは思わないよ」

顔を上げるとそこには、真面目な顔をして松渡を見つめる有栖の姿があった。


「そりゃあ捜査は出来ないよ。真相究明は関係者が出てくるまでは時間が掛かるよ。

でも、松渡君は頑張り過ぎだよ。

……少し休暇だと思って」

「煩いな…………。

俺がこの事件に執着している理由は何も、俺自身の為だけじゃねぇんだぞ!!」

有栖のなだめを遮り、松渡は酒臭い叫び声を挙げた。

「お前の故郷だから、……綺麗な村を守りたかったのに!!」

それなのに誰も解っちゃくれねぇ。


ヤケ酒の力を借りて愚痴を吐き出した松渡。

そこには最早、警察官の威厳などみじんも無かった。

一人の人間の荒んだ果てが、そこにいた。




がちゃ。

と、突然ドアが開き、幾つもの拳銃が向けられた。

「…………課長…………?」


「鱗澤村連続猟奇殺人事件において、殺人の容疑が掛けられている。


お前を逮捕する。

……捜査官、有栖・デズモンド」

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