鱗澤村殺人事件
アーモンド
1.発端
皆……ごめんな……。
ずらりと並べた墓標、その数三十九。
「あ」から「わ」まで、誰一人余す事なく立てられている。これからそこに最後の一つが加わると考えて、身震いする。
迷ってはいけない。思いきりやらなければ、喉という部位はかっ切る事は出来ない。
勢いをつけ、その手に握ったハサミを首根っこへ降り下ろした。
その日の朝、国際便に乗ってある男がやって来た。全体的に白っぽい服装に身を包んだ彼は、『ある約束』を果たすため来日したのだ。
「……あ!松渡君!!相変わらずおっきいねえ」
「まぁな。……だけどまさか、お前が公務員に、それも警察になっていたとは知らなんだ」
この男、有栖・デズモンド は警視庁捜査官である。
この日彼はこのでかい男・
二人は幼馴染である。昔話に花を咲かせた。
と、昔を懐かしんでいた彼らに『今』が襲いかかった。
松渡の胸ポケットがブルブルと鳴っている。
『課長だ』
受理のボタンを押し、松渡はそれを聞いた。
『事件だ。今すぐ
どうしたの、と聞く有栖に松渡は、こんな事を言ったのだった。
「……俺『達の』初仕事だ」
『殺人事件』が起きたとして、警察が出動したのである。
有栖は、墓標をまじまじと見つめ言った。
「……不吉だ」
「ど阿呆」
相棒が手帳で頭を叩いた。
松渡 は身長192センチ。対して有栖は151センチである。松渡が軽々、有栖の頭を叩ける身長差であった。
「墓標見てハッピーになる奴があるか」
そういやいないね、と有栖は苦笑した。
「……でも、不吉なのは合ってるかな。
これ全部、何かの名簿でも見て殺ったと思うんだけど、どう?」
「何故そんな事が判る?」
「だってほら」
そう言って人差し指をピンと張って、墓標に刻まれた文字を順に差していく。
『愛川』『藍原』『赤元』……。全て五十音順だ。
「……慣れてないなぁ、ホシは」
「殺り方はプロフェッショナルだがな」
鑑識の一人が、会話に割り込んできた。
通称『魔眼』
「……これ見な。それぞれの死体が、違う殺り方だ。絞殺、火炙り、高圧プレス……。」
松渡は聞いていて吐き気がした。
この出っ歯は何でこうも、嬉々として殺害方法を語るのか。
「でも犯人は半人前だな。詰めが甘過ぎる」
「……ダシャレか?」
「何でもない話を戻そう。
……とりあえず、毛髪が残ってたぜ」
何だよ、DNA鑑定すれば一発じゃないか。
「事はそううまく運ばねぇけどな。
……この先進国ジャポーンには、こんな素晴らしい物もあるんだぜ。
テッテレー、『簡易遺伝子鑑定機』~」
何故あの青いロボット風なのか。おかげで雰囲気がぶち壊しだ。
有栖はと言えば『すっごーい!!』と喜んでやがる。子供かよ。
「ほれ、結果見てみな」
松渡と有栖は鑑定結果を言われるがまま、覗き込む。
『鑑定結果:羅守
「コイツは…………」
有栖は呟いて、ゆっくりと首を左へ捻る。
そこには鑑定結果に出た羅守の、亡き骸があったのだった…………。
「……いや無理があるだろ。あり過ぎだろ。
見たところコイツの死亡時刻は」
「そうだよ。コイツ、『死んでから殺ってなきゃ犯人にはならねぇ』のさ」
羅守の死亡推定時刻は、遺体の損傷具合から少なくとも一年以上前と考えられる。
それに対して殺された三十九の遺体は、土の中に埋められていたのにも関わらず、損傷はほぼなく、まるで昨晩手を掛けたかの様であった。
「……羅守に罪を被せようと偽装工作した奴がいる……?」
「そう見て間違いはねぇな」
そしてこの案件は容疑者を絞る為、警察による捜査が行われた。
しかし…………。
「……有栖君、そして松渡君。
君達にはこの件から外れて貰う」
「何故です
「正当な理由をお教え願いたいです」
有栖も松渡も、気持ちは同じだった。
「有栖君。特に君には言っておかねばならないかも知れないが」
息を飲む。二人は互いの鼓動が速まってるのを感じた。
「……有栖君、君は鱗澤村の出身だろう?」
「……いいえ、私の家は」
「言うな、俺が説明するから」
有栖を制止し、松渡は課長に向き直った。
「……行け有栖。説明は俺に任せろ」
分かった、と不服そうながらも従い、有栖は退室した。
「……さて松渡君。説明とやらを、して頂こうではないか」
「はい」
彼、有栖・デズモンドは課長もご存知の通りハーフです。
あれは私が小学四年の夏でした。
父親の仕事の都合で、カナダのトロントから越して来たのがきっかけです。
かつて鱗澤村にあった『
「……では彼は何故、それを否定し隠ぺいしようと?」
「それは隠ぺいではありません。彼は覚えていないのです」
「というと?」
「あれは卒業を間近に控えた2月上旬、雪の降っていた日の事です……」
いつもなら絶対に遅刻しない彼は、何故かいつまで経っても来なかったのです。
先生はさすがに心配だったのでしょう。相当な優等生でしたから、休むなんて事は余程の事があったとしか思えないでしょうし。
家に電話を掛けると、母親が出たそうです。
『デズなら、登校しているはずですが』
『それが、来ていないんです』
その日は緊急で午前中に集団下校させられました。
私は集団とはいっても、行く方向に誰もいなかったのでいつも大体独り下校していました。
そしてその帰り道、血を流して倒れていた彼を発見したんです。
交通事故でした。
「……彼はその時の後遺症で、以前の記憶を失ってしまいました。俺の事も、『交換留学先で仲良くなった人』としか……っ」
「……すまない。事情を知らなかったのでな」
「……失礼します」
松渡はそう言い残し退室した。
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