第2話 陸海、央都へ
曲がりくねった幾つもの上り坂を越えた後、ようやく俺達は怪物の住んでいた炭砿の外へと出た。
洞窟を抜けた先には、雲一つない青く高い空。
そして、見渡す限りに続く、
澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込み、ほっと一息を入れた少女は、後ろを付いてきていた俺と眼帯男を振り返る。
「それじゃ、とっとと帰るとするわよ。途中で神託達成の報告と、報酬の受け取りも
張りのある声で指示を飛ばした少女は、林の間に伸びる砂利道を駆け足で渡っていく。
そんな彼女の背中を
いったい、ここはどこで、俺の身に何が起こったのか。
全くもって想像の及ばない、理解の
俺が怪物のいる世界へとやってきてしまった理由を、トヨオゲヒメとか言った少女と、その相方らしき黒の男は知っているらしい。
だが、彼女は時間がないとして、説明は後でするの一点張りだった。
連れの眼帯男もずっと口を閉ざしている以上、俺は例えどんなに気に食わなくても、彼らと共に行動するしか他になかった。
ぬりかべとか何とか言った、岩と石の肉体をもった巨大な怪物。
そして、それを簡単に倒してしまう程の、謎の怪力を手に入れていた俺の体。
そんな、夢物語か妄想でしかありえない、しかし現実として起こっている数々の出来事を、俺は無視して忘れることなどできなかった。
正直、得体のしれない彼らに付いていくのも、気は進まない。
だが、自分の居場所さえも分からない今の俺には、その奇妙な二人組を頼る以外に
痛む頭を抱えながら、俺は先を行く二人に遅れないよう、懸命に重たい足を引きずっていく。
やがて、どれくらいの長さか判然としない時間が経った時。
不意に、変わり映えのしなかった景色が開ける。
そこには、平地の中に延々と続く、背の高い白塗りの壁。
そして、その内側へと囲われた、巨大な街の遠望が現れていた。
「やれやれ、やっと着いたわね。ほら急いで、ぐずぐずしてると門限になって、妖怪や怪異達と一緒に野宿するはめになるわよ!」
少女の
底の深い空堀に掛かる橋を渡った俺達は、重厚な木製の門を抜ける。
厳重な囲いを通過した俺は、直後に一風変わった街の風景と、そこから湧き起こる人々の
綺麗に
だが、その上空には飛行船のような大きな機械が幾つも浮かび、多くの人でごった返す街路には、バイクや車のような乗り物が何台も通っている。
その様は、まるで時代劇のドラマに間違って、一昔前のSFの小道具を使ってしまったような、違和感と不協和音に満ち満ちた光景だった。
そんなちぐはぐな世界観の中を行き来する人々は、どの人も着物を現代風にアレンジしたような、和風寄りの衣服を身に付けている。
そこまでは、まだ許容範囲ではある。
だが、その中へと鳥の羽や動物の耳、または大きな角を生やした
「おい、あまり
現実感のまるでない異界の景色を見回していた俺に、距離を置いて立っていた眼帯男が注意を飛ばす。
冷笑の響きを含んだその物言いに、俺は相手の澄ました顔を横目で睨む。
その時、俺達は街の目抜き通りに面して建つ、特に巨大で異様な外観をした、
少し前、トヨなんとかという少女は報酬を貰うために、独りでその建造物の中に入っていった。
俺と玄月は怪物との戦いで、全身
そんな汚れきった姿で、人目を引きやすい施設に踏み入るべきではない。
そう判断した彼女は、俺達に近くの物陰で待機しておくよう、言い渡していたのだった。
待ち初めてからは透明な壁を作り、口を開けば小馬鹿にしてきたその相手に、俺は苛立ちを抑えながら鼻で笑う。
「ああ、それは悪かったな。俺をこっちに呼んだ奴らが、全然、何にも、説明をしてくれなくてな。おかげで何が何やら分からないもんだから、自然とこんな風になっちまってたんだ。そっちに気まずい思いをさせてたのなら、心から謝るぜ。本当に、済まなかったな!」
低い声音で突き付けられる嫌味に、彼はやれやれと小さく首を振る。
俺の側から見えるその横顔は、眼帯のために表情は
それでも、そいつが身に帯びている冷めた空気には、明らかに俺の存在を
「前にも言ったが、お前がこれから知るべき事柄は、実に重大なものだ。そうした話は腰を
「お気遣いどうも、涙が出るほど嬉しいぜ! つーか、そう言えばお前、クロヅキだったか? あのトヨとかいう奴、お前は戦国武将が転生してどうとか言ってたが、どういう意味なんだ?」
「言葉通りだ。まあ、それも後であいつが説明するだろう。もっとも、お前のような器の小さい
相も変わらず、玄月の態度には取り付く島も無く、発言もまた要領を得ない。
だが、彼が俺をあからさまに見下しているのは、こちらもはっきりと肌で感じ取れた。
いい加減に我慢も限界へと達した俺は、無言で玄月へと詰め寄っていく。
荒い足取りで突撃を仕掛けた俺だったが、その行進は突然に行く手へと割り込んだ、トヨ
「はーい、二人共お待たせ! あれ、何か空気が重い……ちょっと、もしかして喧嘩でもしてたの?」
「……そんなんじゃ、ねぇよ。こんな奴と、そんなことなんかする訳ねぇだろ」
「全くもって、右に同じだ。そいつと
「あー、はい、なるほどね……そういうことなら、それで良いんじゃない? うん」
互いに視線を交わそうともしない俺達に、少女もそれとなく事情は察したようだった。
二人の間に立って、乾いた笑いを浮かべる彼女に、玄月は人通りへと顔を向けたまま尋ねる。
「そんな話はどうでも良い。肝心の報酬の方は、どうだった?」
「ええ、ちゃんと討伐の証もあったし、問題なく貰えたわ。しかも聞いて、ちょうど私が
息を弾ませながら得意顔で話していた少女は、目にも留まらぬ速さで額に押し付けられ、頭を締め上げる右手に悲鳴を上げる。
前頭部を
「お前も、知っているはずだぞ。俺達の組座は、ただでさえ持ち金に
「でっ、でも、枷はなかなか手に入らない珍品だし、神託を達成した直後に並んだのも何かの縁だし、食糧の方はどうにかなるし、だから、ほんとに痛いから、放しなさいよこれぇっ!!」
悲痛な叫びを上げながら暴れる彼女に、近くにいた通行人達も驚きの眼差しを向け始める。
徐々に集まりつつある
「相も変わらず、勝手なことだ……。しかし、新参者に我ら豊尾刈組の、例の悪しき通過儀礼を
「悪しきって何よ、悪しきって! てか、あんたもいい加減に、私にもっとこう、ちゃんと敬意をもって接しなさいよ! 何で神の私が、自分が召喚したまれびと達に、こうも立て続けに酷い目に遭わせられないといけない訳、もう……!」
恨みがましく文句を
そんな彼女の隣で、涼しい顔をしてそっぽを向く玄月に、俺は二人の関係性がいよいよもって分からなくなってしまった。
そうして、二人の
既に空が
そんな活気に満ちた通りを抜けた俺達は、打って変わって人気のない街外れへと移る。
周りに人家もあまりない、雑木林に覆われた小高い山。
そこの山肌に敷かれた石階段を登った先に、彼らの本拠地はあった。
山頂を切り開いて作られた広場は、
テニスコートを一回り広くした広さのそこには、手前に短い階段の付いた、神社の本殿らしき小さな建物が奥に見える。
そして、丈の短い雑草に覆われた地面の上には、ホラー映画にでも出てきそうな井戸や、壁のない小屋も二つある。
それらが、彼らの根城にある、全ての設備だった。
「ここが、豊尾刈組の
「確かに、夏とかは過ごしやすそうだな。風通しは、抜群みたいだし」
率直な俺の感想に、少女は頬を引きつらせて薄く笑っていた。
10秒にも満たない案内の後、俺は唯一のまともな家屋の前へと連行される。
俺は一面に敷き詰められた緑の絨毯の、なるべく地面の露出していない所へと腰を下ろす。
一方、少女は小振りな本殿に上がる、幅広な段差の中程へと座った。
玄月は途中で別れて、細い柱と屋根だけの小屋の片方へと移っていた。
もう、自分はこれ以上俺と関わる必要はないと、そう見切りを付けたのだろう。
俺と
「う~ん、流石にもう暗いわね……。顔が見えないで話をするのもあれだし、ちょっと早いけど、ほいっと」
少女の軽い掛け声に合わせて、彼女の頭上に吊るされていた二つの
手品か魔法のような方法で点つけられた照明に、しかし俺はもはや、ほとんど驚きを感じなかった。
「さて、これで大丈夫ね。じゃあ改めて、私達の組座へようこそ! あなたは、日本という世界から来た、
あの岩の怪物を倒した後、俺は彼らに簡単な自己紹介をしていた。
彼女の確認に
「お前、トヨだったか? あそこでお前は、俺を召喚したとか言ってたな? それはつまり、俺をこっち側に呼んだのは、お前ってことなのか?」
「いや、私の正しい名前は
「一体ここは、この世界は何なんだ!? あの洞窟にいた化け物は、俺のあのバカみたいな力は、何だ!? お前は、俺を殺したあの白服の仮面野郎と、仲間なのか!?」
無意識に腰を浮かした俺は、胸へと押し込めていた疑問を
その荒々しい気迫に面食らいながら、彼女は困った様子で
「ええっと、まずどれから説明した方が良いのかしら……。まず、この世界は
急に飛び出した謎の単語の数々に、俺は呆気に取られて
言葉を見付けられずに戸惑う俺へと、彼女は更に追い打ちとばかりに後を続けた。
「そして、あなたはこの世界に
Ikaro(イカロ) ~昔々、或る異世界に~ @co-may
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