第3話

 朝起きると窓の外はまっしろだった。

 ホワイトクリスマス!

 少年は大急ぎで寝間着の上に小さなガウンを羽織って一階の広間に走った。広間の暖炉の火はすでに昨夜消えていたが、少年がセンサーの前で腕を振ればゆらりと炎に似せた映像と薪の爆ぜる小さな囁きの音声が再生され、じわりとした温風が部屋を満たした。

 そして見事なクリスマスツリー。赤を基調に様々な飾りを吊り下げたこれは本物の木を少年ときょうだいといとこ達が飾ったもので……いや、本題はその足元だ。

 クリスマスプレゼントの山。美しいリボンに縛られたそれらを眺めて、少年の鼻が膨らんだ。

「きっとこれが僕の」

 囁きとともに人差し指で白い箱をなぞる。まだ少し寒い広間の、豪奢な絨毯の上で少年は胸を高鳴らせて白く大きな箱を山から引っ張り出した。



 

 僕はそこで目を覚ました。

 しぱしぱする目を幾度か瞬かせ、窓ガラスに目をこらすと雪がちらついている。そのせいか。あれは十歳の頃の夢だった……。

 不意にチャイムが鳴った。僕は慌てて生徒達に解答用紙を持ってくるように指示する。高校生達は少し面白そうな笑顔を抑えながら順番に用紙を教壇に置いて教室を出て行った。その紙をまとめながらあくびをひとつ。試験監督は退屈だった。

 胸ポケットのスマホが振動するので細いとよく言われる指でロックを解除すると母が実家にこの休みは帰ってくるんでしょうね? という脅迫メールだった。正直今度の休みは予定があるので無理だ。そうだな夏休みの休暇なら。

 ……いや、悪くないかも。

 僕は故郷ののんびりとした夏休みを思い出した。

 クリスマスも素敵だが、夏休みはよく近くの渓流で友達と遊んだものだ。あの頃の友人達はまだあそこに居るのだろうか?

「せんせー、点数多めで!」

 男子学生が巫山戯てそんなことを廊下から叫んでいる。もちろん用紙を鞄に入れることで無視して彼らの前を通り過ぎ、職員の休憩所に向かった。廊下は少し寒くてため息をついてしまう。廊下にまでエアコンは置けないのはわかるが、雪の降る日くらいは対策が必要なんじゃないかと。

 休憩所は適温で天井から下がったテレビでなにか外国のニュースをやっていた。

「お疲れ様です」

「お疲れ様です」

 挨拶をいくつかこなして、自分の椅子に座ってコーヒーのペットボトルをあける。

「なんのニュースですか?」

「また原爆」

「えー嫌ですね」

「そうだねえ」

 他愛のない会話を続けた。三十六歳になる僕は少し天パの茶髪を持った、特徴の少ないアジア人の高校教師だ。

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秋、あるいは きゅうご @Qgo

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