擬似転校生

 日野消滅を受けて戸惑う僕に委員長が教えてくれたのだが、日野のような存在のことを「擬似転校生」と言うらしい。

 委員長の説明を以下にまとめる。



 擬似転校生とは、受精を経ることなく、無から自然発生した転校生のことを言い、なぜかこのクラス—2年2組にだけ転入してくる。彼らは発生した瞬間から高校2年生であり、転校を間近に控えた状態であると考えられている。また、擬似転校生には自分が突然に発生した人間であることの自覚が全くなく、それぞれ過去の記憶を有している。

 高校の転校自体が珍しいので、いかなる転校生であろうとこのクラスに転入した段階で擬似転校生であるとの推定はされることになる。


 擬似転校生には家族や戸籍も存在するが、擬似転校生が死ぬと、それらは彼らの身体と共に跡形もなく消滅する。そうなると、最初から存在しなかったかのごとく、いかなる行政機関のいかなるデータベースにも彼らやその家族の記録は残らない。これは、擬似転校生の発生及び消滅に政府が関与していることを意味するものではなく、彼らの存在が超科学的であることの証左である。


 2年2組への擬似転校生の転入は何年も前から断続的に続いてる。現在9月であるが、今年度も既に日野を含め26人の擬似転校生が来ている。転入の時期に規則性はない。2日連続で来ることもあれば、1ヶ月間来ないこともある。

 擬似転校生を放置しても直ちに害が生じる訳ではないが、権威ある研究者によれば、彼らという小さな歪みがバタフライ効果によって世界に大きな歪みを生じさせる可能性があり、抹殺する必要性が認められる。そこで、学校や国はこのクラスの生徒に武器の携行及び擬似転校生の殺害を許可・推奨している。報奨金制度も定められている。なお、ある転校生について擬似転校生である蓋然性が高まると役人が動くこともある。つまるところ、擬似転校生は人権を有する国民として扱われていない。あくまで処理すべき現象として扱われている。


 擬似転校生が発生すると、彼らが転入以前に携わった関係者にも擬似的記憶(この記憶は擬似転校生の死に伴い消滅する)が生じるので、当該関係者への取材が擬似転校生の判別に資することはない。擬似転校生が記録された映像や写真なども彼らが生存している間に限って現出するので、擬似転校生の過去を否定するための物証が見つかることはない。

 ただ、擬似転校生のパーソナルな情報はランダムに決定されているようで、他人において違和感ないし齟齬が生じることがある。例えば、日野が寮に入らず親に付いてきた点については、彼の設定と矛盾した行動とまでは言えないが、やはり違和感は禁じ得ない。このクラスの生徒たちはそういった違和感を手掛かりに転校生が擬似転校生か否か判別している。

 もちろん、このクラスに本物の転校生が来る可能性もある。実際、転校生が本物の転校生であると認定されたケースも過去に数回ある。今年度については、本物の転校生と認定された転校生は未だいない。間違って本物の転校生を殺してしまったことは過去にも一度もない。

 日野のように自己紹介の段階で擬似か否か決せられるケースはむしろ少数なようで、最長で1ヶ月も判別に要したこともある。


 クラスメイトたちは、僕が擬似転校生かどうか、まだ分かりかねている。



 以上が委員長が概説してくれた事実である。

 あまりに荒唐無稽であるが、日野の消滅を目の当たりにした以上、信憑性が高い話である。

 なるほど、クラスメイトたちは僕が本物の転校生か探りをいれている最中という訳だ。

「それにしても、あんなに小さな違和感で殺しちゃうんだな」僕は先ほどのことを思い出した。

「日野くん?」と委員長。僕は当たり前だろうという感情を込めて「そう」と応じた。

「柳くんたちの悪いところだよ。はっきり言って馬鹿だから。他のみんなはもっと証拠を揃えるのに」

「馬鹿……」

「うん。慣れ始めたときが一番怖いのにね」

 人間を消すことに慣れ始めている—委員長は自身の発言が孕むおそろしさに全く気が付いていない様子だった。

「あ、というか僕に教えていいの?擬似転校生のこと」

 擬似転校生か否かを判別するには、対象が無知の方が良さそうではあるが—。

「大丈夫。もしそうなら、どっちにしろは出るから」委員長の言葉は経験則から生じる自信に満ち溢れていた。

 と、ここで有効的なアイデアが浮かんだ。

「そもそも学校来なければ問題ないよね?親には心配されるだろうけど」

「そしたら、捜査機関に報告するよ」委員長は僕のアイデアを一蹴した。

 どうやら学校に来て、普通に学校生活を送る中で判別されるのが一番マシなようだ。

 始業チャイムが鳴り、委員長は自分の席に戻っていった。

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擬似転校生抹殺 城多 迫 @shirotasemaru

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