イヤリング

綺羅イノル

イヤリング

「つまんねえな」


一人の二十代前半くらいの女が、町で一番大きいショッピングモールを歩きながら、誰にも聞こえない声で独り言を言う。

彼女は純日本人だが、腰まである長い髪を金髪に染めていた。秋の初期とあって、長袖で、黒いベルトの付いた真っ赤なワンピースという服装。ゴスロリもので、歩くたびにフリフリスカートが動く。そして黒いハイヒール。

そんな見た目の彼女は、今年高校を卒業したばかりである。社会に出て間もない。が、今のところ無職である。卒業した後は、短期間の就職支援研修所に通っていた。パソコンのスキルやビジネスマナーが学べる上、給料付きだ。ここならいい就職先が見つかると思ったが、とんだ思い込  みだった。

そこは、服装や髪形はもちろん、言動や立ち振る舞いどころか、人格までも徹底的に否定された。自分も含め研修生全員にだ!!

大人しい奴には“もっと大勢の前でしゃべれるくらい、社交的になれ!”と言われ、逆に元気に溢れた奴には、“もっと慎ましい性格になれ!”と、生まれ持った個性すら“お前の短所だから直せ!”と言われる始末だ。しばらくして、ある些細な事件を期に辞めた。


その日。彼女は帰り際に“お疲れ様”と、同僚に挨拶したのだが、無視された。なので、もう一回大きい声で言ってみたら、一人の同僚が、その場で泣き出してしまったのだ!!しかもそいつは、友達がたくさんいる上、いつもボス面している、彼女にとって気に要らない存在だった。その態度に彼女は激怒し、以来、その研修所へ出勤することはなかった。というか、一生戻ることはないだろう。もしも、あそこに卒業するまで留まり続けていたら、みんな同じ性格にされてしまっていたんじゃないかと、想像しただけでゾッとする。“正しい人格”なんてものは、この世界に一つもない事を、講師の連中はきっと知らないのだと、彼女は今も信じ続けている。

ちなみに、彼女は、とにかく強気で反抗的な性格であった。ちょっとでもムカつく事や、彼女的に、思い通りにならない事。つっけんどんに注意されたり、個性を否定されたり、からかわれた時などに、簡単に頭に血が上ってしまうのだ。そういう時は、怒鳴りつけるか、ぶん殴るかの二択で、ストレスを発散してきたのだが、最近、殺意なんてものまで感じるようになった。 

いつか殺人をやり遂げてしまうと予想される人物だが、案外彼女は、

“日頃よく殺意を抱くから、とっさな事で殺意が生まれて、うっかり殺人に及んでしまった

人たちより、注意しているから大丈夫”と自分に言い聞かせていた。


「アレ!?」


そんな彼女の視界に、ある人物が飛び込んだ。艶やかな黒髪をした、彼女と同じ年頃の女だった。黒髪のショートヘアに、胸元にレースの付いた半袖の水色のブラウスに、青い花の柄のスキーニーパンツという格好は、秋の初期というだけあって、まだ夏を連想させる服装だ。

彼女の頭の中では、ある記憶が蘇っていた。


その女の名は、広瀬小海(ひろせこうみ)。同じ高校のクラスメイトだった。赤い服の女の記憶が正しければ、彼女は、いつも本ばかり読んでいて、引っ込み思案なタイプだった。女の頭の中で、ある記憶が蘇る。


“確かあの時、英語の特別授業かなんかで、留学生のアメリカ人女子が、クラスに現れ、我がクラスは盛り上がった。自分は盛り上がれなかったけど。しかも、そのアメリカ女は、私と握手する時に限って、故郷での慣わしが出て、ほっぺにキスしようとしたのだ!

死ね!!と思った。

そんな自分とは正反対に、彼女は・・・広瀬小海は、そいつと楽しそうに日本語交じりの英語で会話していた上、「海外では外でたまたま出会った知らない人とも会話するのが普通なんだって。いいな。私も外国人になりたいな」なんて馬鹿な事を自分に言ってきた記憶があった。向こうに行けばお前が外人なんだよ!!”


「あ!」


広瀬小海も彼女に気付いた。そして、近付く。


「えっとー。綾小路椿(あやのこうじつばき)さんだよね」

「・・・そうだよ」

「高校以来だね」

「・・・だね」


綾小路椿さんと呼ばれた赤い服の女は、そう曖昧な返事を返す。


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二人はすぐ近くのパン屋で、お茶をすることになった。赤い服装の綾小路という女は、カプチーノとあんぱんを、青っぽい服装の広瀬という女は、カプチーノとバタースコーンをそれぞれ頂く。


「綾小路さん、ちょっとあなたに聞いてもらいたいことがあるんだけど」

「何?」


綾小路椿は、彼女に質問される覚えはなかった。


「日本人ってさ、どうしてみんな髪をブラウンに染めるんだろうね?」

「は?」


広瀬小海の唐突な質問に、綾小路椿は、絶句した。


「だってだって、海外じゃ、髪を染めるって言っても、色は決まってないんだよ!黒髪いいな、って思ったら、金髪の人でも黒く染めるし、自分に合った色じゃないと綺麗とは言えないんだよ。なのに、日本人はただ黒髪を茶色くすれば素敵になれると思い込んでるみたい」


綾小路椿は、心の中で突っ込むしかなかった。

“だから何なんだよ!ん?今気付いたけど、こいつ、イヤリングをしてる。黒い石なのに、所々、マリン色に輝いてる。なんて名前の石だろう?”


一方、広瀬小海は、スコーンをほお張り、カプチーノを一口飲んだ後、また口を開く。


「綾小路さんって、下の方の名前、カッコいいよね」

「・・・そう?」


“はっ!余計なお世辞だ!この名前の所為で、どんだけ苦労した事か!つばけとか、つばことか呼ばれたり、つばとか汚い名前とかはやし立てられた幼稚園、小学校時代だよ”


そんな思い出も、彼女の中で蘇る。ある日、彼女の怒りは頂点に達し、そいつら全員に罵詈雑言を発した。今のキレやすい彼女があるのは、彼らの所為であることになる。


「花の名前とか素敵」


笑顔でそんなのんきな事を発言するこの女の発言に、綾小路椿は頭の中で、

“私は誰の事も憎んでいません、地球上に住むみんなの事を愛しています”とでも思っていそうな女だ。か弱い女は嫌いだ。何でも人が助けてくれると思ってて、臆病で、羊のように群れていて、自分の身は自分で守りやがれ!!”


そんな事を思っている間、広瀬小海はスコーンを急いで平らげ、カプチーノを一気飲みした。そして、私の方を申し訳なさそうに見る。


「ごめんね。彼との待ち合わせの時間なの。じゃ、またどこかで」


そう言い残すと、彼女はブラウンのミニ鞄を手に取り、早歩きで店を出て行った。


“フッ、彼氏持ちか。どうせ婚活で知り合ったんだろ。そのまま、めでたくゴールインして、男の給料だけで専業主婦として生きていく女め!“私、あなたがいなくちゃ死んじゃう!”とか言って泣きつくような女なのかよ!“


「臆病者」


心からそう思った事を、一人で口に出して言ってやった。もちろん、誰にも聞こえない声で。そんな彼女は、自分の黒色のミニ鞄から、レッドのスマホを取り出し。指でタッチパネルを操作しながら、何かをググり始めた。検索欄には、“独身主義者”とあった。


“私は強い。だから、周りを動かせるような、ひれ伏させるような、そんな存在になりたい。けど、社会にとって都合のいい人間だけは嫌だ!!ただ、私にはまだ、居場所がないだけだ。”


そんな、自問自答をした数秒間後。


「おいおい姉ちゃん、どこ見て歩いてんだよ!!」


店の外から男のデカい声が聞こえてきた。綾小路椿は、一瞬自分かと思って辺りを見回した。が、やっぱり外からだった。店のガラス窓から、その様子も見える。


「自分からぶつかってきて誤りもしねえのかよ!!」

「ちゃんと誤りました」

「聞こえねえなあ!!」


綾小路椿の目に飛び込んでいたもの、それは、なんと、あの広瀬小海がデカい男共に絡まれていた。おまけに柄も悪い!

“自分ならまだしも、あの子がこんな事態に遭遇するだなんて!”


「助けに行くかな」


“別に気に入らん奴リストに彼女の名前はないし、それに・・・”


「自分の力がどれほどのものか、試すチャンスだ!」


ヒーローアニメの必殺技を出す前のセリフを言い、席を立った時、


「うわああああ!」

「こ、こええええええ!かみ殺されるうううううう!」


そんな叫び声が聞こえてきた。綾小路椿は、急いで現場へ行ってみると、うずくまった広瀬小海と、走り去っていく不良共が最初に目に映った。


「広瀬さん?」


まだ体をこわばらせている彼女に駆け寄った。しばらくすると、顔を上げた。その時、その顔を見た綾小路椿は、心の中でこう感想を述べた。


“メドゥーサだ!動物が威嚇する表情、そして、見た者を石に変えてしまう眼だ”


さっきとは一転豹変した広瀬小海の顔を見た綾小路椿は、呆然とするしかなかった。


☆◇☆◇☆◇☆◇☆◇☆◇☆◇☆◇☆◇☆◇☆◇☆◇☆◇☆◇☆◇☆◇☆◇☆◇☆◇☆◇☆◇


「これにて一つ哲学を発見。“男の一生お前を守ってやる”宣言は信用できない」


広瀬小海は、白色のスマホを見ながらそう呟いた。彼からの今来たメールだと言って、私にも見せてくれた。


“今日は寝坊してしまいました!予定時間までに会えそうもないので、一時間ちょっと過ぎくらい遅刻します”


との内容だった。

“自分の彼女が今さっきどんな目に遭ったのか知らねえくせに!役立たずが!!”

綾小路椿と広瀬小海は、デパート内にあるベンチに座っていた。


「私ね、小学生の時虐められてたんだ。特に男子に」


最初に口を開いたのは広瀬小海だった。


「あの頃の私、ホント酷かった。バカにされるたびに言い返してて、それもクラス中に響くくらいの大声でね。でも、自分の心を守るためには仕方なかった。一人ぼっちで戦ってた。でも、他の子たちまで、私から離れていったの」

「・・・そっか。虐めか、最近多いよな、学校のイメージっていうと虐めしか思い当たらんくなった気がする」


そう言うと、広瀬小海が笑い出した。青く輝くイヤリングが揺れた。綾小路椿は、彼女の事を今までとは少し違う目で見ていた。

“なんか、似たとこあるじゃん、私たち”


「あいつら、本当に楽しそうな顔してたの。私は辛かったのに、自尊心を傷つけられてさ。それで、幸せな人たちってみんな誰かを傷つけているのかなって思うようになったの。でも、人生は絶望があってこそ、希望を見い出せるんじゃないかな」


“それで、いいのか?”


「私ね、この世界は素晴らしいって思っていれば、本当にそうなるような気がするんだ!」

「まさかあ」


今度は綾小路椿が、ケラケラ笑う。


「でもさ、そう思っている人の方が、一緒にいて楽しい感じしない?」


さっきまで笑っていた女は、頭の中で複雑な思いに悩まされる事になった。


「私、そろそろ帰るね」

「え、綾小路さん、もう行っちゃうの?」

「彼氏来るんでしょ」


金髪の女は、そう言うと、黒髪の女から離れていった。

デパートから出るため、出入り口に向かう途中、ジュエリーショップの前を通りかかった。輝いた可愛い物で溢れている。その中で、壁に飾られたイヤリングやピアス類が、一際目立っていた。


「イヤリング、買おうかな・・・てか、付けてみたくなったから買うんだし、あいつなんかに・・・」


そう、誰にも聞こえない声で呟きながら、中へ入っていった。

この二人が、再び出会う機会は訪れるかは、運命次第。

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イヤリング 綺羅イノル @neinei

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