第3話 拾う人、損する人

 突然だが、高速道路の利用で注意しなければならない点について話したいと思う。それは高速道路に乗るときでもなく、走行中の事でもなく、無事降りた後のことである。

 高速道路は普通自動車なら大体最高時速100kmくらいで走行し、最低でも時速50kmと決められている。それに比べ一般的な自動車専用道路の場合は速くて大体時速60km、遅くて時速30km、住宅街では徐行と制限されている。

 そんなわけで運転者は時速100kmの世界に短時間ながらも馴れてしまうため、高速道路を降りた後までアクセルを踏む感覚が高速道路の基準にズレてしまうことが多い。それにより、突然制限速度が遅くなっても高速道路内での名残でアクセルを踏んでしまうため、事故が起きやすいと言った具合だ。


 要は「緩急」である。


 なんで俺が突然高速道路について学科教習紛いのことを話していたのか。つまり慣れ親しんだ世界の中で、人は「馴れ」とともに徐々に感覚が固定化されてしまい、突然の変化についていけなくなるということだ。

 同じように物事には「緩急」があり、「緩」の世界に馴れすぎると突然「急」の世界に投げ出されたとしても「緩」的な考え方をしてしまう。その逆も然りといった具合で、急速な「緩急」の中で即座に順応するのは大変難しいことであり、時にそれが命取りとなることもある。


……


 俺は砂漠で倒れていた所を何者かに引っ張り上げられた。

 砂漠を放浪していたために溜まった疲労と水分不足のせいでぼーっとした頭では、理解できないような目まぐるしさで景色が変わり、何も分からない内に口の中に生暖かく少し土臭い水(だと思われるもの)を強引に流し込まれた。カラカラに乾いた喉は、まるで熱湯でも飲み込んだように水分に過敏に反応し、僅かな痛みすらも感じさせた。


 水を飲み込むと同時に両手で頭を掴まれ揺さぶられ、軽く頬を一発叩かれた時、ようやく自分を引っ張りあげた人間を認識することができた。


 日に焼かれた薄黒い肌に、堀の深い顔立ちとボサボサの短髪に無精ひげ。体つきはガッシリとしていて、腕なんか俺の足の太さくらいある。黄色く焼けたシャツに薄汚れたサスペンダーのようなものを着ていて、見た目はまさしく映画で見たことがあるようなトレジャーハンターの姿そのものであった。


「ヒト型か。黒い髪に……おい、お前言葉が分かるか」


 日本語だ。

 周りの世界も人の顔立ちも、すべてが『異世界』だと思っていたのに、低い唸るような声で紡がれた言葉は紛うことなく日本語だった。


 涙が出そうになりつつ、男の言葉に頷く。

 様々な出来事の中、決して美味くはない水と予想外の日本語に対する驚きから、妙に頭がハッキリし改めて今の自分の状況が目に入ってきた。

 男が荷台付きの馬車? のような物に乗っているということ。馬が居るはずの所にはラクダとも馬とも見えない、言うなれば肉付きの良い馬と同じ大きさほどのロバのような動物が括り付けられていた。


「いい拾い物だ」

 ボーッとその奇妙な動物に目を奪われていたら、そんな男の上機嫌そうな声が耳に入ってきた。だが、男の顔を見ようとしたときには頭全体を覆うように麻袋を被せられて、俺の視界を奪われてしまった。突然の事にパニックになる暇すらなく、いつの間にか腕も紐かなにかで結ばれた固定されていた。


「ちょっ、ちょっと待っ」

 焦って声がうわずる。久々に声を出したからか、掠れるような声しかでなかった。

 麻袋の中で自分の声が籠もり、視界の届かない麻袋の外ではガタガタギシギシと木や布のような物が擦れたり軋んだりする音がして、俺の声はその雑音にかき消されてしまったようだった。

 それでも抵抗しようと足をバタつかせる。唯一できることといったら固定されていない足を動かすくらいだ。


「こらっ、大人しくしろ!!」

 男の怒号が聞こえる。

「俺はここの人間じゃないんだ! 何かの間違えで来たんだ!」

「意味わかんねぇこと言ってねえで大人しくしないと殺すぞ!」

「わかんないんだ! なんでここに来たのか!」

「適当な嘘を吐くんじゃねぇ!」


 自分が何を言っているのかわかってはいなかった。ただ暴れて、騒いで、この異常事態で混乱した頭で思いついた事をすべてさらけ出していた。


「いいから、こん中に居ろっ!!」

 体が揺れる。平衡感覚も滅茶苦茶で、自分が男に投げられて落ちているのかすらも、固い床に体が打ち付けられるまで理解していなかった。頭や体がジンジン痛む。痛みがさらに混乱を引き起こす。


「お、俺はここの人間じゃない! 日本の、東京の、大学に通ってて、電車に乗ってたら」

 うまく立ち上がることもできないまま横になった体を折り曲げ、絞り出すように声を出す。視界は真っ暗で今自分が何処に居るのかすら分からない。訳が分からないまま、声を絞り出す。


「大人しく、しろっ!」

 一声、そんな大きな男の怒号が麻袋を通して聞こえた。

 同時に襲ってきた頭への強烈な衝撃。痛みよりも強烈な熱が染みるように頭を襲い、真っ暗だったはずの視界が真っ白になった。



 世界はもっと優しいと思っていた。理不尽で突然の、猛烈な悪意や暴力といった物は、まさに別世界の事だと思っていた。


 要は緩急だ。

 ここは別世界。何が起こっても不思議じゃない。前までの『常識』なんて存在しない。なのに俺はそのことを頭から欠落したまま、この世界をさまよっていたのだ。


 前の世界と同じようにアクセルを踏んだまま、違う世界にやってきたらどうなるか。


 適応できないまま事故って死ぬだけだ。

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とりあえず異世界に行ってしまう話 みねらるさくらい @kan_go_bo_eki

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