親愛の情もまた愛情

@binzokomegane

親愛の情もまた愛情

 キンシコウ。

 彼女は愛の深いフレンズだ。

 例えば、頑張っているフレンズを見れば優しく頭を撫でてあげたくなるし、怪我をしたフレンズがいればすぐに手当てをしたくなる。


 セルリアンハンターとして活動するきっかけも、誰かから自分を必要とされたかったため……裏を返せば、自分の愛を拒まない相手を求めたためだ。


 そんな彼女にとって、一際愛の深い相手がいる。

 一人は、少し前にハンターの仲間に加わった、真面目で優秀だがやや引っ込み思案なのがなんとも愛おしい、リカオンだ。

 そして、もう一人が、周囲には強く、頼もしい姿を誇示しているものの、その裏に臆病で傷つきやすい一面を隠すいじらしさを持つ、ヒグマである。


 特にヒグマとは長い付き合いで、心を開いたキンシコウと二人きりになった時だけ、普段は全く見せない弱さを見せてくるのだ。

 しかし、最近はリカオンがハンターとして成長してきたのもあって、ヒグマが弱みを見せることは少なくなり、キンシコウにとっては、喜ばしいものの、少しばかりもの寂しい日々が続いていた。


 それに変化が訪れたのは割と最近のことだ。

 今年のサンドスターの噴火に伴い、多くのフレンズと同時にセルリアンもまた発生した。

 今回は特に強力な個体が多く、ハンターたちは休息もなかなか難しいような、過酷な戦いの連続を強いられたのだ。

 特に、砂漠の超巨大セルリアンとの一戦、そして昨日終えたばかりの再生セルリアンとの戦いは際立って激しいものであった。

 後者に関しては、戦いの中で出会ったかばんやサーバル、ラッキービーストの協力なしには勝利は掴めなかっただろう……そう断言できるほどの難敵だっただけに、セルリアンとともに海に沈んだと思われていたラッキービーストが海岸で無事発見されたときには、ハンターの面々……特に強靭な体力、精神力を持つヒグマさえも、安堵と疲労にくずおれ、しばし夢も見ないほどに寝入ってしまうほどだった。


「うぅ、うん……あら?」


 海岸に寄せる波の音で、キンシコウは目を覚ました。

 ぼんやりした頭で、自分が今どのような状況に置かれているかを思い出す。


「あぁ……そぅ、あのセルリアンと戦って……ボスが見つかって。すぐに寝てしまったんですね」


 視線を上げれば、美しい海岸がすぐそばだ。

 空に朱が入っているところを見ると、おそらくはもう夕暮れで、昼の間はすっかり寝こけてしまったことになる。


 フレンズは、ヒト化によって、もとのけものの昼行性夜行性に囚われない活動時間を持つようになっているが、睡眠や休息が必要ない訳ではない。

 むしろ、長時間の行動が可能なヒトに対してスタミナそのものは少ない為、適度な休息・睡眠を取る事はとても重要な命題である。


 長期間ろくに休む間も無く忙しく戦っていたハンターたちが今回これだけの時間を寝過ごしてしまったのも、背景を考えれば無理もないことだろう。


「リカオンさん……は、まだ、寝てるみたいですね。ふふっ、可愛い」


 すぐ横に丸まっていた大切な仲間の隙だらけな姿を見て、微笑む。

 涎を垂らしてだらしなく緩んだ顔を歪めながら、「無茶ですよぉ……そんなオーダー……」などとつぶやいている所を見ると、ヒグマにきつめの命令をされる夢でも見ているのだろうか。

 そっとその頭を二、三度撫でてやると、心地よさげに唸ってから寝返りを打った。


「昔は頼りなかったけど、今はすっかり頼もしくなって。リカオンさんは否定したがるけど、居てくれて凄く安心する存在になっているんですよ」


 届かないとわかっていながらの独白。

 自己評価の低いリカオンは素直に受け取ってはくれないが、キンシコウの心からの評価だ。

 そして、それはおそらくは、態度にこそ出さないものの、ヒグマも同じ。そうキンシコウは確信している。


「ヒグマさんも、たまにはもっとリカオンさんに素直になったらいいのに……」


 独り言を呟きつつ、そのヒグマを探す。

 近くに寝転がっている姿はないが、砂浜に足跡が続いている。

 どうやら既に目覚めて、海の方へ行ったようである。

 足跡を辿れば直ぐに、水平線を見つめる後姿が見えてきた。


「ヒグマさん。おはようございます」


「起きたのか……キンシコウ。もっと寝ていていいんだぞ」


「なら、ヒグマさんが寝るのなら、一緒にお休みします」


「……勝手にしろ」


「わかりました、勝手にしますね」


 その場から動こうとはせず、拗ねるように海へと視線を直すヒグマを、キンシコウは唯、穏やかに見守る。

 静かな世界に、波の音だけが響いていた。

 しばらくそうやって、空の色が変わっていくのを見つめているうち、ヒグマがぽつりと漏らした。


「……なぁ、キンシコウ。私達は……勝ったんだよな」


「はい。かばんさんや、サーバルさん、ボス、それにみんなのおかげで」


「あぁ、そうだよな。誰ひとり、欠けずに。無事で……」


「……はい」


 何処か、未だ実感のわかないと言った風な様子のヒグマに、キンシコウも頷いて返す。

 サーバルとかばんは一度は食べられた。

 ボスに至っては、セルリアンと共に海の底へ沈んだのだ。

 ボスこそ肉体を失ったとはいえ、全員が全員健在であの戦いを乗り切れられたのは、奇跡としか言いようがないだろう。


 今まで幾度となくら力が及ばず犠牲を出してきた経験もあるハンターたちにとっては、この奇跡が一体どれだけのことなのか、他のフレンズ達よりも一層深く理解できていたのだ。


「守れたんだなぁ……っ、今回こそ、ちゃんと……っ」


「はい。今回こそ……ちゃんと。最後まで」


 声を震わすヒグマ。

 キンシコウが、自分の知る中で誰より大きく小さな背を、そっと後ろから抱き、包み込む。


「キンシコウ……」


「いいんですよ。終わったんだから……もう、我慢しなくたって。思いっきり、泣いたって」


「うぅ……あぁっ」


 キンシコウの腕の中から漏れ出す嗚咽が大きくなり、ついに止めどなく溢れ出す。

 今まで必死に押しとどめていた色々な感情が、堰を切ったように流れ出してゆく。


「よかった……よかったよぉ……本当に、本当に……また、だめだった、守れなかったって……なんども思ったんだよぉ……!」


「はい……っ」


「キンシコウが無事でよかった、リカオンが無事でよかった、かばんが無事でよかった、サーバルが無事でよかった、ボスが無事でよかった……!みんな、無事でいてくれた……っ!嬉しい、嬉しいよぉ…っ!」


「はい、はい……っ!」


 日頃の毅然とした様子など影も形もなく、顔をしわくちゃにして咽び泣くヒグマ。

 キンシコウもまた、その抑えきれない熱量に感化され、目尻に光るものを浮かばせる。


「好きだ……っ、みんな、大好きなんだよ。だから、誰も傷つかないで済んだ……それが、本当に、本当に……っ」


「はい。私も……私も、同じ気持ちです。大好きです、嬉しい……っ」


 ぎゅっ、と、愛しさごと、腕の中の鼓動を抱きしめる。

 その震えが治まるまで……治まっても、ずっと、キンシコウはそうして、ヒグマの暖かさを感じていた。

 やがて、日が落ち、辺りに帳が降り。

 ジャパリパークの空は今日も澄み渡り、空の星々が優しく二人のけものへと光を落とし始める。


「……なぁ。キンシコウ」


「なんでしょう。ヒグマさん」


「少し……膝を貸してくれないか」


「勿論。喜んで」


 砂浜に座るキンシコウへと、ヒグマが身をまかせた。

 柔らかな太腿の上に頭を招き入れ、その額を愛しさと共に優しく撫でる。


「……ありがとう、キンシコウ。ずっと、私の側に居てくれて。支えてくれて」


「私こそ……こうして、側に居させてくれて。居場所でいてくれて」


「これからも、一緒にいてほしい……ずっと、側に」


「はい。私こそ……お側で、支えさせて下さい。これからも」


 それから、すっかり夜が更けて、満天の星空の中を月が登り、傾いていくのを見送るまで。

 二人はずっとそこで、お互いの温度を感じていた。


(キ、キンシコウさんに、ヒグマさん……あんなに触れ合って、な、なんだか、見ちゃいけないものを見ている気がする……っ!?でも、なぜか目が離せない……!)


 ……暫く前から起きていたリカオンが、少し離れた木陰から一部始終をずっと観察していたのに、気が付かないまま。

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