29話 ネッシーの正体みたり萎えチ◯コ

 並んで湯船に浸かる俺とテツ。言葉を交わすわけでもなく、しばらくそうして過ごした。


 先に口を開いたのはテツだった。


「なぁ」

「ん?」

「ネッシー」


 呼ばれて振り向くとテツは腰を浮かせて湯船の上に息子だけをコンニチワさせていた。

 俺はあえて何も言わなかった。


「いつこっちきた?」

「M-1予選の、会場に着く前かな」

「そうか。お前も会場入り前か。あいつだけ1人で会場着いてたらウケるな」

「ははっ、笑えねぇ」


 俺達『ザ・チーター』の3人目のメンバー、上桐かみきりめる。彼女は正確にはお笑い芸人じゃない。役者志望だったがアイドルじみた活動をさせられており、挙句に事務所側の意向で俺とテツのコンビに半ば無理やり組み込まれた。所属タレントを物としかみてない事務所の身勝手すぎる売り込み戦略だ。

 当人達からすれば納得のいくものじゃなかったけど、俺達コンビも、そしてめるも売れてなかったため、拒否することができなかった。

 俺とテツはピンでもコンビでもネタがある。だけど彼女だけは一人のネタを持っていない。

 それでも一人で会場入りしたとしたら、おそらく無理やり一人でも舞台にあげられるだろう。

 ………考えただけで悲惨だ。流石にそんな状況になったら彼女でも逃げ出すだろうか。


「で、お前はなんで魔王の手下なんてやってんの?」

「手下?いやいや、一応俺、客扱いだから」

「勇者と戦ってたじゃん」

「あぁあれな、あいつらの遊びに付き合ってやってるだけだよ」

「あいつらって、あの…七つの大罪とか言ってた」

「そうそう。あいつら超おもれーの。七つの大罪ってなんかカッコイイからっていって自分らで勝手に作って名乗ってんの。2人しかいねーのに。んでスカウトされたから入ってやった」

「入ってやったって、にしても爆笑の罪ってなんだよ」

「いや~他にもいろいろ考えたよ?『美しさは罪』とか、『鶏肉たっぷりほくほくシチューのパイづ罪』とか。最終的に『ハッピーバースデー・ツーミー』でいこうと思ったんだけど、ダサいからどうしても止めてくれって泣き付かれて、仕方なく爆笑の罪って事で妥協してやったってわけよ。まぁこっちは逆にあえて寒いとこ狙ってるみたいな?」

「いや、自分で寒いとか言うな」

「そういうお前はどうなんだ、勇者の仲間なんかになっちゃって。ってかあいつら何度も来てるけど、お前昨日までいなかったよな」

「あぁ、俺は別に勇者のパーティーじゃないよ。召喚されてあの場に出てきちゃっただけで」

「召喚?」

「あぁ。たぶんだけど、俺色んな人の召喚に勝手に出ちゃうっぽいんだわ」

「ほ~ん、それで勇者に呼び出されたと」

「たぶん、んでよくわからんうちに魔王城から救出されたって事になって飯おごってもらった」

「そうなんか。まぁいいんじゃないの?どっちについてても問題ないし。じゃあまだギルと話してねーのか」

「ギル?」

「魔王だよ」

「あぁ。なんか明日話すって言われた。何話すか知らんけど」

「そうか。まぁあいつ超良い奴だから心配ねぇよ」

「魔王なのに?」

「そ、魔王なのに。良いやツー!グサーッ!」


 テツはツーに合わせてピースを作り、その指で俺の目を突こうとしてきた。俺はそれを寸前で止める。初見の時にまともに喰らったのが懐かしい。こいつの意味不明な言動を深く考えてはいけない、そして油断してはいけない。後先考えずに口も体も思いつくままに動いている、ただそれだけだ。


 だけどテツ、楽しくやってるみたいだな。こいつはいつでもどこでもそういう奴だったけど、魔界ですらそのノリでいられるとは、凄い男だ。


 それから俺達はのぼせる直前まで談笑し、その日はそのままベッドに伏せた。

 こちらにきてから初めてのふかふかベッド、俺は沈むように眠った。




 朝になると、昨日風呂まで案内してくれたメイドさんが朝食を持って起こしに来てくれた。

 至れり尽くせりな対応に、なんだか貴族になった気分だ。くるしゅうない。

 食事が済むと、食器を下げに来たメイドと入れ替わるように魔王が部屋を訪ねてきた。連れられるままに部屋を移し、今は俺と魔王が対面で座っている。俺の世話をしてくれているメイドさんも後からお茶を持ってきて、そのまま魔王の後ろに構えている。


 ギルフィア=カタストラル。魔界を統べる魔王。昨日、街に俺を迎えに来た時にはローブを羽織っていたけど、今は襟の高い黒マントを纏っている。


「それじゃあヘータローさん、よろしくお願いします」

「あ、はい。よろしくお願いします」


 丁寧に挨拶する魔王。幼く柔和で気弱そうな可愛げのある少年。透き通るような金髪に快晴のように澄んだ目をしている。言葉も、それを発する声も、物腰全体が柔らかい。魔王と聞いて連想する暴力の化身とか真逆の印象だ。


「どうぞ、気を楽にしてください」

「はは、ギルフィアさんはとても親しみやすい雰囲気を感じますけど、魔王様と聞くとどうしても」

「そんな、僕はそんな大層なものではありませんから。どうぞ、僕のことはギルと呼んでください。みんなからもそう呼ばれてますので」

「わかりました」

「さてそれでは、へータローさん。まずはいくつか確認してもいいですか」

「はい、どうぞ」

「まず、あなたは昨日の勇者たちの仲間ではないんですね」

「はい。昨日、あの場に突如召喚されてしまったみたいで、誰の仲間とかではないです」

「召喚、ですか」

「えっと、こっちだと人を召喚するのってダメなんですよね。ただ俺の場合、本人にその意志がなくても勝手に召喚されるみたいなんです。これまでも何人かに召喚された事があって…」

「双方の意志とは無関係にですか。そうですねぇ、転移系の召喚自体はそこまで珍しいものではないですけど、もしかするとヘータローさんの何かしらの能力かもしれませんね。能力が制御できずに暴走する事はままありますから。大抵は幼少期に起きるものなんですけど、そもそもヘータローさんって異世界人って事でいいんですよね、テツさんと同じ世界の」

「そうです。異世界から召喚されてこの世界に。あの、こういう事って珍しくないんですか?」

「うん~、どうなんでしょう。時間や時空を超越する召喚術は普通にありますけど、テツさんの話を聞いてるとどうもそういうのとは違うもののような、セントラルアースではないんですよね?」

「セントラルアース?」

「はい、セントラルだったらまぁゲートが繋がりやすくて異世界と言えなくはないんですけど」

「場所の話ですか?違いますね、俺達がいたのは地球っていう星の、日本ってとこです」

「そうですか、わかりました」


 魔王はお茶を口にして一息つく。


「あ、どうぞ、お菓子も、遠慮なく」

「あ、どうも」


 勧められるままに俺もお茶を一口。あ、おいしい。紅茶だろうか、温かくて薫りがよくてすごく落ち着く。


「色々と苦労されてるんですね」

「えぇ、まぁ、ははっ…。でも今日まで奇跡的に衣食住に困ってないんで、ついてる方だとは思いますよ」

「それはそうですね。もし宛がなければこのままこの街に住んで頂いてもいいですよ。そういった救済措置も私達の仕事ですから」

「仕事?」

「はい、仕事です。そうですね、お話しましょう。ここ、ファーゼストエンドに到達した人に明かされるこの世界の真実を」

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被召喚系芸人、異世界に立つ! らくがき鳥 @rakugakibird

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