28話 魔王が迎えにやってきた

「魔王様がお呼びです。よろしければついてきて頂けないでしょうか」


 フードを被り仮面をつけた小柄な人影は俺にそう問いかけてきた。


「はい?え、えっと……」

「ご安心ください、安全は保証致します。それにお食事と部屋の手配もございます」

「魔王が俺なんかに何の用なのか…聞いてもいいですか?」

「そう警戒なさらないでください。魔王様はこの街に辿り着いた人間すべてと面会しております。真実を伝えるために」

「真…実?」

「そうです。どうなさいますか?」

「もし…断ったら……」


 映画や漫画でよくあるシーンだ。

 「拒否権はない」とか、「これはお願いじゃない、命令だ」とか、ひどい時は問答無用で即引き金を引かれたりとか……、でも話を受ければ魔王の元へと連れて行かれる。言わずにはいられない。


「特になにもありません。改めてお伺いさせていただく事にはなると思いますが」

「それは………次は俺の命を奪いに来るってことですか」

「あなたが何を想像しているのか概ね予想はできましたが、決してそのような話ではありません。ただ、お話を聞いて頂きたいだけです」


 相手は仮面をつけているので表情がわからない。ただ男とも女ともとれる中性的な声は一切ブレることなく、そこから感情や言葉以上のニュアンスは読み取れない。


「ひとつ、聞いてもいいですか?」

「なんでしょう」

「魔王の配下に、鉄平a.k.a.テツという者はいますか」

「あぁ、彼ですか。彼は客人です」

「客人……」

「少し前に魔王城に来たのですが、素性は秘匿となっています。お知り合いですか?」

「えぇまぁ。彼とも話せますか」

「彼がいいと言えばいいですよ。あなたがそれを希望されている事はお伝えします」

「………お願いします」

「わかりました、では」


 仮面の人が静かに片手をあげると、空から竜が降りてきた。

 体長4メートルくらいだろうか、スレンダーな体に大きな翼を備えていてかっこいい。

 仮面の人が竜の顎下を撫でてやると、竜は地面に頭を伏した。


「どうぞ、乗ってください」


 勧められるがままに竜に跨った。皮膚がすごく固い。手綱とかついてないけど、どこ捕まればいいの?

 なんて竜の首元を物色してるうちに後ろに密着するように仮面の人が竜にまたがった。てっきり自分が後部座席かと思っていたのでちょっと焦る。お姉さんの必殺技「当ててんのよポジション」だが、期待を膨らませるような感触はない。男か女かもわからないし、第一子供だしな。


「いきますよ」

「あ、ちょっとま――」


 俺の返事を待たずに竜は飛び立つ。

 ちょちょっと待って、息子のポジションがよろしくない。

 必死に修正しようとは試みてるけど、高所を高速で飛行してる最中、捕まる場所も覚束ない不安定な竜の背中の上では体をひねって悶えるのにも限度がある。

今はまだかろうじて潰されてないけど、これ何の拍子に挟まるかわからんぞ。早く直さねば………ってそうだ、俺の体無敵だったわ。

 大丈夫……だよね?急所だけど。




 そんなこんなで不安と違和感に耐えながら俺は魔王城へと連れられた。

 竜は魔王城の屋上に着陸した。建物内に入ってしばらく歩くと、ある一室に案内された。

 ベッドと鏡台が設置されて、一人で使うには落ち着かないくらいに広く清楚かつ高級感溢れる部屋だ。


「ふぅー、お疲れ様です」


 そう言葉をかけてくれた仮面の人が仮面とローブのフードを脱ぐ。その下に隠れていたのは気弱さを感じさせる幼めな男の子だった。


「初めまして、魔王のギルフィア=カタストラルです」

「あ、どうも。ヘータローです……って魔王!」


 俺は差し出された手を何気なく取ってから、相手の台詞を理解した。

 俺を迎えに来たのが、会いたいっていってた魔王本人だったって事なの。

 改めて相手を熟視してみるけど、どう見てもその辺にいそうな内気な少年にしか見えない。小ぶりな角は生えてるけど。


「今日は遅いですし、こちらでゆっくり休んでください。お話は明日にしましょう。食事は必要でしょうか?」

「ああ…いや、食事は済ませてあるんで」

「そうですか。お風呂はどうしますか?」

「お風呂あるんですか。じゃあお願いします」

「わかりました。案内を遣わせますので少々お待ちください。ではヘータローさん、明日よろしくお願いします」


 魔王:ギルフィアは丁寧に一礼して部屋を出ていった。

 今のが魔王。魔界を統治する魔族の頂点。全く威圧も威厳も感じなかったし緊張もしなかった。物腰柔らかで礼儀の行き届いた好青年だった。


 なんか魔界って聞いて思い浮かぶイメージとぜんぜん違うな。

 住人達の容姿以外はフューゲルの街と変わらない。っていうかむしろこっちの方が平和な感じだ。向こうでは街に入った瞬間、泥棒事件に巻き込まれて逮捕されたし。なんというか街全体の活気がこっちの方が明るい。


 俺はベッドに背中から倒れ込んで、大きな溜息と一緒に疲れを開放する。


 アルナ、どうしてるかな。


 俺が魔王城に呼び出されたのは、サンカラを出てフューゲルに戻って2日目の事だ。

 宿で1晩休んで、それからダンジョンに向かう準備の為にアルナと街を歩いていた最中に召喚された。

 ミケが召喚したって勘違いして襲いに行ってないといいけど。


 昨日の食事の時に、アルナから召喚術師について色々話を聞いた。

 どうやらこの世界では魔法は魔族が使うもので、人族が使うのはすべからく召喚術らしい。

 その中でも、物を呼び出すアルナは錬金術士、ミケの風みたいに自然のものを呼び出す者を魔術士と呼ぶそうだ。

 自分の適性カテゴリ以外にも手を広げる事はできるらしいけど、手書きの魔法陣みたいな手間や手順が必要だったり、大した効果が期待できないからやる人は少ないんだとか。

 あと、アビリティーという付与能力を持つ者もいる。アルナだと物を頑丈にするって能力で、俺もたぶんその効果で体がとんでもなく頑丈になってるけど、こっちは召喚術以上に様々な種類があって、自分の召喚したものや自分自身に付与できるものらしい。

 召喚術とアビリティー、どちらも使えない人もいるし、片方しか使えない人もいるとか。


 それでアルナもミケも召喚術士とか錬金術士とか色々呼び名が変わってたってわけだ。つっこんで聞いてなかったけど、話の度に変わるからどっちなんだよって実は思っていた。


 そんなこんな考えてると部屋にノックの音が響いた。俺はベッドから起きて返事を返す。


「はい、どうぞ」

「失礼します」


 部屋を訪ねてきたのはメイド服を着た女性だった。赤毛のショートカットで耳元の角が可愛いらしい。


「お風呂の準備ができました。ご案内致します」

「あ、はい。よろしくお願いします」


 案内されて風呂に到着。着替えとタオルを受け取って中に入る。

 すげー、風呂だ。紛うことなき風呂だ。

 入口は男女に別れ、脱衣所があり、その先に洗い場と大浴場が広がっている。銭湯ばりの立派な風呂だ。

 こうも知ってる通りの形式だとちょっと腑に落ちない気もするけど、大衆浴場って突き詰めるとこの形に落ち着くんだろうか。

 まあいい。純粋に風呂は嬉しい。風呂は日本の心、命の洗濯だ。


 先に全身を洗って湯船に浸かる。


 ふぁぁ~~~~、溶ける~~~~~、ええ湯加減じゃあ~~~。

 思わずふやけた声が漏れる。


 フューゲルの宿には風呂がなかったからな。あっちには風呂の文化ってないのかね。


 なんて気を緩めてると他の人が入ってきたようだ。

 ゆうてここは魔界、魔王城だ。ちょっとドキドキする。人間の俺がいて大丈夫だろうか。

 魔族が基本的に恐ろしくないことは街で学んだ。鬼が出ようが蛇が出ようがその容姿に驚いて失礼な態度にならないように心構えしておこう。

 あと、女性が間違って入ってきたみたいなラッキースケベにも備えて心の準備をしておこう。こういうシーンのお約束だ。俺はそれでも全然構わん!むしろ来い!

 湯けむりで姿は見えないけど、かけ湯を終えた相手がこちらに向かってきている事はわかった。

 相手は湯船に入ると、広い浴槽の中であえて俺の隣に横柄な態度で陣取った。


「あぁ~~、生き返るわ~~。やっぱ日本人は風呂だな~、なっ」

「そうだな、テツ」


 他の客がいない中であえて俺と並んで湯に身を沈めたその相手は、お笑いトリオ:ザ・チーターのメンバー、鉄平a.k.a.テツだ。

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