27話 魔界の中心で打倒魔王を叫ぶ

 「かんぱーい!」


 お互いを労い合う勇者達。俺は今、そんな皆さんの飲みの席でご一緒させていただいている。

 一行は、頭に角の生えたナイスバディなウェイトレスが運んでくる料理や酒を何の躊躇もなく飲み食いし、騒ぎ立てている。周りのテーブルでも同じように食事が行われているが、そこにいるのもみんな魔族だ。

 敵地のど真ん中でこんなに無防備で大丈夫なのか?


 魔王城を後にした後、勇者に連れられるまま街の中へと逃げこんだ。

 魔王城を最奥に構えて広がる城下町。生活する魔族達は活気に溢れ、快晴の空からは心地よい日差しが照りつけ、綺麗に整備された街並みからは治安の良さが見て取れた。

 フューゲルと比べてもまったく見劣りしない立派な街だ。


 魔界、なんか思ってたんとちゃう。

 もっとこう…ひび割れた大地、赤黒い雲に覆われた空、殺伐としていて命を奪い合う魔物たち、蠢く地獄絵図な世界を想像していたのに…。ここは絵に描いたような、平和でのどかそのものだ。


 街で見かける人々は、角や羽、鱗がついていたり、肌の色が独特だったりと人間ではない事が一目でわかる者が多いけど、清潔感があり、その姿に嫌悪感を抱いたりはしない。


 そんな目と鼻の先に魔王の控えるこの街で、勇者たちは警戒心の欠片も抱いている様子もなく、至極自然に街を闊歩し、酒場で宴をあげている。


 金髪で長髪、整った顔立ちの好青年の勇者:マルス。

 華奢な体をしているが先の戦闘では大男に変化した格闘家:モーガン。

 女神を召喚して回復役を担う当パーティーの紅一点:ウェンディ。

 仮面を脱いでもイメージ通り、顔を原色の紋様で彩った褐色の民族舞踊家:ポポイスガニストマルセ=ガンゴモディーソなんちゃらかんちゃら………ポポさんだ。


 主に盛り上がっているのはマルスとモーガンの2人、マルスの隣で控えめにお酒を嗜むウェンディに、微動だにしないポポさんという構図になっている。


 俺はというと控えめに食事を頂いている。


 話を聞くと、ここは魔界でも最も奥に位置する場所で、城で見た魔王はまごうことなき魔界を統べる魔王だそうだ。


 そして魔王を打ち倒すべく立ち上がった勇者、マルス。といっても選ばれし者という訳ではなく、正確には剣士だそうで、この世界では魔王に挑む為に魔界へ向かう人らを総称して勇者と呼ぶらしい。


「それで、その魔王の街でこんなにのんびりとというか、堂々としてて大丈夫なんですか?」

「あぁ、問題ない。この街の人達はみんな良い人、いい魔族ばかりだ」

「そうだとも、この街の連中は気の合う奴らばかりだ。俺達はみんな家族だ!なぁみんな!」


 モーガンの呼びかけに、他の席で飲んでいる魔族たちが呼応する。

 勇者らはこの街にすっかり馴染んでいて、魔族達の間に敵対している様子は一切ないみたいだ。


「ようし!今日は飲むぞー!」

「今日も、でしょ」


 モーガンの意気込みに実情を補足するウェンディの言葉には溜息が混じっていた。


「あの、大丈夫なんですか?」

「なにがだ?」

「その、皆さん魔王討伐に来てるんですよね。それで、魔王城の目の前で、魔族に囲まれて、こんなに和気あいあいとしていて…」

「あぁ、大丈夫だ。町民たちが俺達に手を出すことはない」

「魔王の野郎も城に引き篭もって出てきやしねぇ。それどころか事あるごとに話がしたいとか言い出してきやがる。とんだ腰抜け野郎だ。俺達が恐ろしいなら寝首でもなんでもかいてみろってんだ」


 元からなのか、酔いのせいなのか、モーガンは口が悪い。町民が自分達に手を出すことはないなんて言ってるけど、こんな事を口に出していると魔族の反感を買って襲われるんじゃないかと落ち着かない。魔族の街で人間がひとかたまりになって食事しているんだ。どうみたって俺もマルス達の仲間にしか見えないだろう。この状況で襲われて俺が巻き込まれない訳がない。


「明日こそ、明日こそ魔王をぶっ倒すぞー!」


 俺の心配をよそに、椅子の上に立ち上がったモーガンが高らかに打倒魔王を宣言する。


「ははは、がんばれよー」

「応援してるぞー」


 他の客達…もちろん魔族だが、それらからはエールの言葉が投げられ、店全体が盛り上がりの雰囲気に包まれる。


 魔族らよ、それでいいのか?




 それから小一時間ほど続いた飲みもお開きとなり、今は酔いつぶれたマルスとモーガンを抱えたポポさん、そしてウェンディと並んで夜道を歩いている。

 街道は街灯が整備されていて、暗がりに不安を覚えることはない。


「身内がお恥ずかしい姿を、すみません」

「いえ、楽しそうでなによりでした」


 眉を八の字にして話しかけてくるウェンディ。結局ポポさんは一度も言葉を発することなく、食事にも手を付けなかった。


「ストレス…なのかもしれません。ここに辿り着くまで楽な旅路ではありませんでしたから、その反動なのかなって。私は、今マルスが生き生きしてくれている事が何よりも嬉しいと感じています」

「二人はそういう関係なんですか?」

「え?いえ!決してそのような事は!」

「……まおぉ~、きょうこそたぉすぞぉ~~……むにゃむにゃ」


 俺が変な話を振ったタイミングでマルスが寝言を口にして、ウェンディが体を震わせた。


「はは、お好きなんですね」

「えぇまぁ…その、はい」


 照れるように言葉を濁しながらも、最後には肯定を口にするウェンディ。

 マルスは正義にバカ正直だ。そのくせ前しか見てなくて人の気持ちなんかに鈍感そう、短い飲みの席で俺が抱いた感想だ。実際そういう場面が何度もあったし。きっとウェンディの想いにも気づいてないんだろう。そしてもしかすると、マルス自身、自分の気持ちにも。

 イケメンと美少女のコンビとかいつもなら爆ぜてしまえばいいのにって思うけど、人の良いこの二人なら応援してもいいって気持ちになれる。

 二人で幸せになって欲しい、俺の知らないところで。


 他愛ない会話をしてるうちにマルス達の滞在している宿屋の前についたようだ。


「今日はありがとうございました」

「いえ、こちらこそ。助けていただいて」


 俺は一応、マルスの手によって魔王から助けられたという事になっている。テツと話をしたかった事もあって、実際に連れ出されてよかったかと言われるとなんとも言えない所だけど、好意を受け取る意味でも否定しないでそういうことにした。


「では、失礼します」


 挨拶を交わして宿へ入っていくウェンディと、2人を抱えたポポさん。

 それを手を振って見送る俺。


 …………あれ、俺ってどうすればいいの?


 今気づいた。俺、路頭に迷ってね?

 助けてくれて、食事もご馳走してくれて、寝床のことは何も考えてなかった。

 そうか、一緒に泊めてはくれないのか……、どうしたもんか。


 どうすべきか考える最中、ふと気配に気づいて横を見る。

 そこには明らかに俺に注目しているひとつの影が立っていた。


「魔王様がお呼びです」

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