26話 勇者と魔王、最後の決戦
景色が変わった瞬間、俺は頭部に軽い衝撃を覚えた。
俺の後ろでは男が股間を押さえて悶ている。
「っ……はっ……ちょ……何だ…お前は………ふっふっ」
男は床に伏せたまま、息も絶え絶えに訪ねてくる。何だねチミはってか?そうです、あたすがヘータローです。
なんて答えてごまかせる雰囲気じゃない。
「どうしたモーガン…いつの間に!?何者だ!」
続いて雄々しい声で問いかけてきたのは、仰々しい装飾の両刃の長刀を構えた金髪の男。俺は、「いかにも勇者一行ですけど」といった雰囲気の一行に囲まれていた。
「ほぅ、勇者よ、新しい切り札を持ってきたか」
金髪の男の背後、部屋の最奥の豪華な椅子に腰掛けた影に包まれた人影が俺を含む勇者一行に語りかける。
「くっ、魔王1人でもやっかいだと言うのに、3バカとは別の眷属まで呼び出すとは…」
「クックック、勇者よ、頭数がひとつ増えたところでこの私に敵うとでも思っているのか?」
「「まずは貴様から葬ってやる!」」
「は?」
「え?」
勇者と魔王が同時に俺に宣戦布告。
勇者と魔王の話が噛み合わず、されど台詞は重なり合い、場の空気が止まる。
そんなズレの間に挟まれている俺は非常に気まずい。
「えっと………お構いなく」
そういって俺は、申し訳なさげに顔で手のひらを縦に掲げて部屋の隅に移動すると、邪魔にならないようになるべく肩をすぼめて手を体の前に組んで壁に沿って立つ。
それを沈黙で見送る勇者一行と魔王。そんなに見つめないで欲しい。
どうしよう、俺のせいで完全に場が白けている…。
勇者と魔王の、世界の命運を賭けた最終局面、決戦のバトルフィールドに完全に水を差してしまった。
当人たちも、このふわっとした空気を払拭する何かしらのきっかけを探っているようにみえる。
とにかくこの場にいることが気まずい。アルナかミケ、俺のこと召喚してくんないかなぁ。
そんな空気を読んでというか、この場の空気を読まずにと言うべきか。静寂を打ち砕く3つの影が現れた。
『はーーーっはっはっはっはっはっは!!!』
部屋の中央に降ってきた3人は各々が高々と笑い声をあげ、全員の注目を攫う。
「くっ!やはり出てきたか…」
勇者一行は苦悶の表情を浮かべている。3つの影もそれに対峙するように向いているところを見ると、魔王勢みたいだな。
「暴食の罪、ラッド!」
うちのひとりがそう名乗りをあげてポーズを決める。
「憤怒の罪、ウィンプス…」
それに続いてさらにひとり、ポーズを決める。
なんていうか……すっごいダセぇ。牛乳の名前を持つ特戦隊を連想させるセンスを感じる。
「爆笑の罪、鉄平a.k.a.テツ!」
おいいいいいいいいいいいい!!!!!
てめぇなんでこんなとこいやがる!
「3人揃って」
「「「七つの大罪!!!」」」
「足りてねぇよ!?あと爆笑の罪ってなんだよ!?」
ツッコミたい衝動を抑えて静観していたが、最後までは我慢できなかった。特に最後の一人の存在が俺の心の防波堤を打ち崩した。
3人は俺のツッコミなど聞こえていないかのように名乗りを続ける。
ただしテツ、てめぇ一瞬チラッと俺の方見ただろ、見たよな、目合ったよな、なぁ?無視すんなやゴルァ!?
「性懲りもなくまたきたのか、ザコ勇者どもよ!」
「黙れ、今日こそは貴様らを打ち倒すっ!!」
武器を構え直す勇者たち。
彼らがここに来るのは初めてじゃないのか、口ぶりから察するに何度か負けているみたいだけど。
ラッドとウィンプスが姿勢を低く駆け出す。
「今度こそ!オーガインストール!」
そう叫んだ勇者パーティーの中でも華奢に見えた男の足元に魔法陣が浮かび、体が数倍に膨れ上がり見違える程の大男に変わる。
ラッドのナイフを勇者が大剣で、ウィンプスの拳を大男が拳で受け止める。
そこから両者による激しい打ち合い。一見すると互角のように見えるけど、勇者側の2人は苦しい表情を見せている。一方で魔王勢の2人は涼しい顔だ。
「オラオラぁ!どしたぁ!気合が足んねぇんじゃねぇか!?」
「くっ、私はここで引くわけにはいかないのだ!」
勇者を煽りながらナイフ繰り出すラッド、勇者は防ぐだけで手一杯だ。
「うおおおおおおおお!!!!」
「………」
ウィンプスに怒涛のラッシュを掛ける大男、しかしその全ては流れるような見事なウィンプスの体捌きによっていなされている。
激しい戦いが繰り広げられる中、部屋の隅に移動したとはいえ、両者の中間に位置しているのは危ないかもしれないと思って、俺は勇者側の壁際に移動した。部屋の入口がこちら側だし、勇者と魔王、どちら側によるかと言われれば、ねぇ。魔王側にテツがいるってのは気になるけど。
しばらく双方、拮抗したように見えるやり合いが続いたが、いずれ勇者側の2人は耐えきれなくなって壁際まで吹き飛ばされてしまった。
勇者がわりと自分の近くに飛んできてちょっとびびった。
勇者パーティーの、ローブを羽織った女性が、宝石の埋め込まれた杖を掲げると、その背中に後光が差し、女神様が顕現、その光によって勇者と大男の傷が目に見えて癒えていく。
そしてもう一人、その隣で短パン1枚で浅黒い肌を見せつけ、1メートルはあろうかというお面を身に着けた人…人だよな、猿じゃないよな、それがずっと謎の踊りを跳ねていた。あれは何の意味があるんだ……
そんな一行の行動を余裕の態度で眺めていたラッドとウィンプスを超えてテツが一歩前にでる。それに気づいた勇者らは緊張を走らせる。
「気をつけろ、摩訶不思議な妖術がくるぞ」
「いやいや、勇者様御一行様」
気軽、というより主導権を握っているような余裕な態度で勇者達に話しかけるテツ。不敵な笑みを浮かべている。
「勇者ってやっぱりカッコイイなぁ。僕憧れちゃうなぁ。うんうん、憧れちゃう」
俺は知っている、この流れを。
テツがわざとらしく言葉を強調するときはこれからギャグを言いますよという前フリだ。そしてこのパターンの時は十中八九、クッソつまんないギャグが飛び出すことも俺は知っている。
「本当、憧れちゃうなぁ。憧れすぎて、あごがでちゃう。つってな」
その途端勇者パーティー全員が地面から伸びてきた肌色の棒に顔面を打たれ、そのまま天井に突き刺さっている。
いや違う!自分達のあごが伸びて床にぶつかり、それでも勢い衰えずに天井まで持ち上げられたんだ。
なんだこの光景、超きめぇ。
これ、テツがやったのか?
もしかして、「憧れちゃう」と「あごがでちゃう」を掛けたって事?
「ちょっとテッペイ!また一人で全員やったのかよ!」
「暴れ足りない…」
「はっはっは、いやーわりぃわりぃ」
和気あいあいとじゃれあう七つの大罪の3人。戦闘中だという緊張感がまるで感じられない。
あ、勇者一行が頭を天井から引き抜いて落ちてきた。
「くっ!みんな、撤退だ!いいか魔王ども、逃げるんじゃないからな!次に会った時が貴様らの最後だ!首を洗って待っていろ!」
教科書通りの負け犬台詞を言い捨てた勇者は俺の手を掴む。
「君、行くぞ」
「え?いや行くって、ちょ――」
勇者は俺に有無を言わさず掴んだ手を引っ張って部屋を飛び出す。
その後、特に追手が来ることもなく、俺を含めた一行は魔王城を無事に抜け出すことができた。
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