25話 新たな旅立ち(強制)

 これまで、俺達の前で一度も冷静沈着な態度を崩さなかったナクタも、御神体の無残な姿の前にはそれを保っていられなかったようだ。

 というか原因の張本人である俺も気が気じゃない。


「……………ええええええ!それ御神体ッスか!」


 ナクタは砕けた御神体をどう扱っていいのかわからず狼狽えている。触れるに触れられず手を掲げている様は、ハンドパワーで壊れた物を直そうと必死になっているように見える。そこにミケも加わって2人で必死にパワーを送っている。なんの宗教だよこれ。言うとる場合じゃないな。


「いいんじゃない?別に」


 慌てふためく俺たちの中で一人冷静だったアルナがそんな事を言い出す。


「いいいいいいい訳ないでしょ!御神体がなければ精霊の加護を受けることができません!村の守りを失うことになるんですよ!」

「それ、あたしたちが祠に着いた時にはもう傷ついて使えなかったの」

「え?」

「だから代わりにヘータローを依り代にして加護を張ったの」

「それじゃあ祠に行っても…」

「依り代であるヘータローが同伴しないと加護は張れないの」

「そんな………」

「あなたがそれを選んだの。一族の誇りがどうとかって言って」


 その通りだ。一族の誇りを尊重して加護を解かせたのは他ならぬナクタだ。

 俺達は事情を隠したりはしてない。いや、俺達と言っても俺はそもそもよくわからんからなんも言えんけども。


「そういう事だったんスね」


 一瞬考え込むように目を閉じてゆっくりと息を吸うミケ。それから真剣な目をしてナクタを見据える。


「ナクタ、ナクタはそれを選んだんスね」


 力強さのあるミケの言葉。これまで見てきた良くも悪くも柔らかくて騒がしいミケの雰囲気とは違う、揺るぎのない目でナクタに問う。

 ナクタは思わず喉を鳴らすが、一呼吸置いて、姿勢を改めて口を開く。


「そうです。サンカラ村のニャイス族として他族に庇護される訳にはいきません」

「…………そうっスか。わかったッス」


 ナクタの言葉を受け取ったミケは、それを受け入れ、自分に落とし込むように肩を下ろす。

 今そこにあるのはか弱く情けない子猫じゃない。村を、一族を背負う逞しい少女の姿だ。


「ナクタ。一族の誇り、そしてサンカラの民を守るッス。サンカラ村村長臨時代理ミケとして、最初で最後のめいッス。父の守ってきた村を、ナクタに託すッス」

「はい、しかと承りました」


 ナクタは両手を床につき、頭を伏せて力強く答えた。土下座ではない、伏せていながらも堂々としたそれは最も敬意を示す姿であることを感じ取れた。


「しかし、やはりあなたは出ていかれるのですか?残って長を継いでもいいのでは…」

「嫌ッスよ。みんなの前であれだけの事言って結局村に残りましたーじゃ気まず過ぎるッス。それに、自分には自分のやるべきことがあるッス」


 そう言ってミケは俺の方をじっと見る。


「自分はヘータローについていくッス」

「「「………はぁ?」」」


 唐突な宣言に思わず声が漏れた。アルナ、そしてナクタともハモってしまった。


「メス猫、あんた何言ってるなの」

「ヘータローは村の大事な加護の依り代ッス。村の代表として自分がしっかりと見守るッス」

「はぁ?何訳わかんない事言ってるの、って何してるの、離れるの」


 ミケは俺の腕に自分の両腕をしっかりと絡めている。それを引き剥がそうとアルナは必死に俺とミケの間に体をねじ込もうとする。


「嫌ッス~。ヘータローとは自分が養うって約束した仲ッス」

「何それ!ヘータロー!そんな約束したなの?」

「いや、それは…確かに言われたような気もするけど」

「ヘータローは自分が召喚したッスから、自分が面倒見るッス」

「ダメなの!ヘータローはあたしが召喚したの!誰にもあげないの!」

「ちびっこじゃ釣り合わないッス。ここからは大人のいたいたいたいたいッス!!ちょ、腕はだめッス!反則ッス!ちびっこ離すッス!」


 2人による俺の奪い合い(なお、本人に選択権はない模様)が落ち着くまで、2人の間でもみくちゃにされた。女の子に取り合われるなんて夢のようなシチュエーションのはずなのに、どちらが世話するのにふさわしいかとか言われ続けるとやっぱり俺ってペット扱いなんじゃないかって気分になってきた。

 2人とも俺の為に争わないで!俺の尊厳が減ってくから!





 結局、ミケは着いてくるとは言ったけどケガの具合もあって後から追ってくると言っていた。

 どうやって追ってくるのか知らんけど、本人は問題ないと言っていた。

 それを聞いてアルナが俺のボディチェックをしたけど何も見つけられなかったみたいだ。匂いとかで追ってくんのかな。獣人だし。


 今はアルナとフューゲルの街に向かって林道を歩いている。

 この世界に召喚されてから息つく暇もなかったけど、なんか一段落って感じだな。


「今後の予定ってなんか決まってるのか?」

「街に戻って準備したら次はダンジョンにいくの」

「ダンジョンか、そういやそんなのあるって言ってたな」


 ダンジョンか。いいじゃん、めっさファンタジーやん。


 異世界に召喚されて、モンスターに襲われて、体に穴も空けられて、正直碌な目に遭ってない。

 けど、それでも、この世界での第二の人生を歩むことに、俺は胸を踊らせていた。

 ワクワクドキドキの冒険が俺を待っている!







 ――と、思っていた時期が僕にもありました。


 俺は今、2つの勢力に挟まれている。

 正面の絢爛な椅子に座するは魔界を統べる頂点の存在、魔王。そして後方には世界を暗黒の未来から守るべく剣を構える勇者一行。



 どうしてこうなった!!!

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