第8話 恋人達 / 変わらない愛って何ですか?
俺の爺さんが送ってきた効果があるかどうかもわからない怪しげな薬を使いたい。なんて要望が俺のもとに届いたのはもうすぐクリスマスや長期連休が始まるであろう12月の半ばだった。いわずもがなもうすぐ白髭に赤い服着た聖職者がプレゼントを配るイベントがある月である。
もっとも愛を語り合うだけなら恋人達のイベントなんて年中なにかしらある。
1月はお正月、2月にはバレンタイン、3月には白いお返しで、4月には花見、5月は梅雨に憂いているかとおもいきやゴールデンウィークなんて長期連休もある。
つまり何が言いたいかっていえば、年がら年中愛を語らうには困ることはないはずなんだが、その二人は違ったらしい。
正直、愛なんてあるかどうかわからないものを他者の力を借りてまで―――ましてやこんな怪しい薬を利用してまで確かめたいものなのかは甚だ疑問が尽きないし、それをお花畑っぽい善人層な二人に渡すのもいかがなものか、と僅かばかりの良心が痛む。が、おとなしそうに見えて、熱烈な情熱を秘めていたその女性の剣幕に押し負けて、俺は最終確認をいれる。
「ここにある、赤とピンクのどぎつい錠剤、これが―――薬だ」
そういうと今にも飛びついてきそうなほど凝視されるがどーどーと抑えて続ける。
さっきからなにがなんだかと思ってる人もいるだろう、そうこれは
『永遠の愛を誓う薬」この上なくシンプルにして明解な代物。
この薬を愛を誓い合った二人が同時に飲むと、永遠の愛を手に入れるという効果を謡った呪物である。そう呪物。科学的な効果なんてあるわけがない。そういう呪いを込めた遺物である。どこの誰がなんのためにつくったのかもわからない。
効果のほども不明ではあるが、この出どころが問題なのである。
うちのじいさんは世界中を飛び回ってはいわくつきのものを集めては俺に送ってくる。大半は何の効果もないただのいわくつきの代物ではあるのだが、ごくまれに本物の呪物が混ざっている。視覚を共有する眼鏡、髪が伸びつづける人形、悪魔の手......そういった現在の科学では説明がつけられない呪物が一定数存在する。
直観だが、これはおそらく本物だ。だが愛なんてあいまいなものを永遠にするなんて効果をどうやってかなえるのかはわからない。
だからこそ、俺は渡すのが嫌なのだ。
「俺が言えた義理はないんだが、こんな薬にたよらなくても愛ってのは成り立つんじゃないのか?」
俺の目にうつる仲睦まじそうな二人にはなおさら不要そうにしか見えない。
「いいえ。ヒトの感情なんて移ろいやすいものです。今は確かに永遠にも見えますが、何かの拍子に浮気をするかもしれないし、同じような繰り返しに飽きてしまうかもしれない―――ヒトの熱は冷めてしまう。どれだけ変化を与えたところでヒトの営みは繰り返しの連続でしょう?」
その女性はいつかは必ず飽きる。という。
いいからよこせと。力強い目で訴えてくる。
「アンタもそれでいいんだな? どんな結果になろうとも俺は関与しないし、もとにはもどせないぞ?」
男性側にも念を押すが「いいんです。それで彼女が収まるなら。それにずっと彼女と愛を誓い合って暮らせるならこれ以上の幸せはありません」とまっすぐにいわれてしまった。
まったく。恋は盲目とはよくいったもんだ。どちらも相手のことを考えているようで、自己によっているようにしか見えない。いや二人の空気にか。
「何が起こるか保証はしないんだぞ? 理屈もわからない怪しい薬に本当に頼るんだな?」
―――はい! と力強く二人はうなずいた。何にそんなに信頼を寄せれられるんだお前らは。だが、まあいいかと思い直した。
本物だって保証はないし、死に至るような薬ではないはずだ。
本音を言えば、俺だってこれを飲んだ奴がどうなるかってのは興味がある。
どういう理屈で永遠の愛を誓うっていうのか見せてもらるとしますか。
そうして二人にそれぞれ薬を渡した。
―――結果。
これで永遠の愛を手に入れたんだね! って言いながら、嬉しそうにぱっと見変わらない二人は出て行ったのだった。
プラシーボ効果に期待をした、ただの錠剤だったのだろうか。
なんだ、はずれだったのかなと。二人を見送ったあと俺はそのことを忘れることにした。
―――――――――――。
街で偶然、二人に出会うことがあった。
幸せそうに腕を組んではにかみながら何かを話して、通り過ぎていく。
こちらには気づかないでそのまま街の雑踏へと消えていく。
そういうことがなんどかあって。俺は察した。
―――ああ。そういうことだったのか。と。
永遠の愛を誓う。変わらない愛っていうのはすなわち、
『これ以上、変化をしない』ってことだ。
愛し合っている二人が飲めば、変化をやめる。
新しい出来事を起こそうとしなくなる、今に満足する。
新しいことが起こせないから、毎日、毎週、毎月、毎年。どんなサイクルかはわからないが、全く同じように過ごして、同じようなセリフを吐いて、同じ動作に耐えることができる。そこに違和感を覚えない存在になる。熱を持ったままでいられる。
そこに飽きることもなく、同じ繰り返しをし続けるんだ。
いつか寿命がきて、死が二人を分かつまで。
それが二人の選んだ道。永遠の愛がそんなものかと、少し悲しくなるが―――。
あの幸せそうな二人を見ると、それも悪くはないのかもな。と少しだけ思った。
自分は絶対に嫌だけど。本人同士が確かに幸せそうにはしてるのだ。
―――呪いもわるいことばっかりじゃないんだな。と
手を組んで楽しそうに夕焼けに沈む街へと進む二人を祝福する。
きっと子供は生まれないだろう。でも
いま、この瞬間。確かにあの二人は確かに美しく見えたんだ―――。
6.The Lovers / fin
百物語 ここね @Kokone
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