第5話 ただそれだけのことが。


書きたいことをかく。このことに意味はない。

そして僕という存在にも意味はない。そもそも人類そのものに意味などないのだ。

生まれた時点で死を内包している命に意味を見出すのが間違っているのだから。

情報が残れば―――いや残らなくても、それが結果ではあるものの、意味ではない。何かを為したところで終わりが決められている以上、すべてのことにいつか終わりが来る。終わりがあるってことはすべてが0になるときがくる。つまり意味は僕ら知的生命が想像した幻想にすぎない。


―――何の意味もないことだけど。誰かのためになっていたり、次につながるならそれがきっと意味のあることだと思っていたいっていう人類がみた泡沫の夢。


そう僕は思っている。

いつか唐突に訪れる終わりを考えることもナンセンスで。

だからこそ、無意味な人生をただ楽しく生きていけるようになればいい。

って僕は考えているんだけど、なかなかどうして理解はされない。

受験戦争だって、収入の過多だって、人類の娯楽の一つであるのにそれしかないなんて思いこんでしまうのはどうかとおもうんだけどな。


「まったくロマンチストだね。」


―――その白い女性はそういって笑った。屈託のない笑み。

「どこがだよ。現実主義だろ僕は」

「結局、誰よりも人間の可能性を捨てきれないで、彼方へ想いを馳せてる。これをロマンチストと言わずなんていおう。悩みなんて馬鹿げてる。今をもっと大切に、そして未来を楽しんでと言ってるんだろう?」


長髪の真っ白な髪と達観したような口調が歳を多めに見せてしまうが、まだ20代だったとおもう。


「—――違うよ。僕はさっさと滅んでしまえって思ってるんだ」

 

少しだけ口ごもって、そう返した。

幸せと不幸せなら幸せなほうがいい。

不公平は嫌いだし、不平等も嫌いだ。誰か一人に押し付けられる債務で得られる最大多数の幸福なんてのもどこか間違ってる。

でも、それに気づかず僕もそんな幸せを享受して今を生きてる。

だからこそ人類には希望はないし、夢もないし、滅んでしまえなんて思うのだ。


「なるほどね。それが君の願いってわけだ。納得だ。誰よりも思っているからこそ、そのすべてを壊してしまいたい。いいね。賛成だ。私も思っているんだ。いつかくる終わりが待ち遠しくて待ち遠しくて、この身に宿る呪いなんてものがなけりゃそんな災いもなくなるんだろうってね。—――でもどうしようもなく人類が好きなんだよ。甘ったれた優しい感情と、たまーにいるどうしようもない不幸なお人よしってやつにあうとさ、このくそったれなシステムもまだ終わらなくていいか。なんてそんな幻想を抱くんだ」


難しいことをいう人だ。


「まあ人よりほんのちょっとばかし長く生きただけの身でいうことでもないんだがね。—――美味しいものが美味しい。ただそれだけのことが今を彩るものさ」


「言いたいことはわかります。それでもそれが希望には見えないんですよ」

「そりゃそうさ。希望なんかじゃないからね。私はどっちでもいいんだ。君が平凡にすごしても、非凡な才を発揮して、終末を導くトリガーになっても、または世界を変える進化の分岐になっても。どれでも構わない。

―――そのどれもが祝福できる結末だ。」


だから精一杯いきるといい。といって、その女性は去っていった。

自分にとっての分岐は間違いなく、この一瞬において彼女と話したことであり、

一歩を決めた1シーンだったな。と終りを告げるときにふと思い出したのだった。


なにげないただの1シーン。

ただそれだけのこと。

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