現れた男(後)

「……何しに来たんですか」


 怯えていると思われたくない。

 精一杯背筋を伸ばし、息を整え、声が震えたりしないようお腹に力を入れて尋ねる。


「町の工事の様子が気になって寄っただけだよ。ついでにライラの弟子に会ってみるのもいいかと思ってね」


 その口調から、悪意や敵意は感じられない。まるで久しぶりに会う親戚か何かのように気さくな態度だった。

 それが逆に癇に障る。いつの間にか睨みつけるような目つきになっていて、それを見たガーランドは苦笑した。


「そんなに睨むことはないんじゃないか? 私が君に何かしたかな」

「それはそうだけど、でも。あなたのせいで先生は苦しんでる」

「私のせい、とは?」

「とぼけないで下さい。あなたがかけた呪いのせいで、先生は足が動かなくなったんだ」


 かっと頭が熱くなり、思わず声が大きくなる。ガーランドは僕を見て片眉を少しだけ上げ、首を傾げた。


「それは私のせいなのかね」

「全部、先生から聞いたんです」

「君はライラの言うことを無条件に信じて、私がどんな人間か決めつけるわけだ」


 悲しそうな表情がわざとらしい。僕はテーブルに手をついて、ガーランドへ詰め寄る。


「なら、あなたの口から説明してみてください。先生との間に何があったか」

「必要ないな。君は最初から私を信じないと決めている。いくら言葉を尽くしてもそれは変わらないだろう」


 もちろん僕はそのつもりでいる。けれど、見透かされているのは面白くない。


「それなら……聞きます。あなたは、何がしたいんですか」


 これはどうしても聞いておきたい事だった。アイーダ先生は過去にあったことを話してくれたけれど、それはあくまで先生の目から見た出来事だ。

 ガーランドという人物が、なぜ魔女の力を手に入れて国をも動かそうとしているのか。なぜ呪いをかけられて先生が苦しまなければいけなかったのか。そこは謎のままになっている。

 ガーランドは顎に手を当て、少し目を細めて僕を見た。


「この国で、飢えて死ぬ人間が一年にどれくらい居るか知っているかな」

「は……?」


 唐突な話題の変化について行けず、僕は間抜けな声を出してしまった。なぜ、今いきなり世間話を始めたのだろうか。

 面食らって固まっている僕をよそに、ガーランドは滔々と語り続ける。


「知らなくとも無理はない。正確な数は、国でも今調べさせているところでね。まあ、ざっと二、三千人以上というところだな」

「……何の話をしてるんですか」


 そう言うのがやっとだ。


「私はね、それを無くしたいんだよ」

「無くす?」


 餓死する人を無くす、とはどういうことか。恐ろしい話を想像して、思わず拳に力が入る。


「飢えて死ぬ者。怪我をしたり、病にかかっても、医者に診て貰う金がない者。あるいは生まれつき働く事のできない者。そういう者が普通に生きていくことのできる国にしたいのさ」

「そんなこと、どうやって……」

「そうした者の生活は国が支えればいい。無論、働いて過ごす者が不満を抱かないように調節をしながらね」


 僕はひたすら混乱して、なんと答えればいいのかわからないまま口を開け閉めするだけだった。やけに喉が乾く。

 これが本当に、誰にも語っていないこの人の目的なのだろうか?そうだとして、何故それを会ったばかりの僕なんかに話すのだろうか。

 訝しんでいる僕を見て、ガーランドは、今度は朗らかに笑った。


「そのために、君も協力してくれないかな?」

「僕が? 何をしろって言うんですか」

「私と一緒に、魔法の杖を作らないかと誘っているんだよ。杖を作れる人材は多く必要だ」


 僕は、手にした杖をそっと自分の身体の陰に隠した。この人はきっと、僕が先生の下で杖を作っている事も知っているのだろう。売れずに戻ってきた杖なんて見られたくはない。


「杖の作り手が多く育つほど、この国は豊かになるからね」


 必死に思い出す。チックさんが言っていたこと、先生が言っていたこと、新聞に載っていた事。この国が豊かになることで、どんな問題があるか。


「でも、それは……他の国にしわ寄せが行くだけじゃないですか」

「私は万能じゃない。何もかも救えるとは思っていないよ」


 鼻で笑いながらそう答えるガーランドに、僕ははっきりと相容れないものを感じた。


「勝手すぎます。自分の見えない所はどうなってもいいんですか!」

「誰でもそうだろう。君はどこかの国で知らない誰かが死んだら、いちいち涙するのか?」


 そんなのは詭弁だと思う。でも、言いたいことが後から後から勢いよく湧いてきて、逆に喉でつかえてうまく出てこない。

 それに、ふと気がつけば、さっきから結構な大声を出しているのに、店の中の人が誰も僕たちを見ていない。

 これも魔法の力なのか。改めて目の前の人物が恐ろしくなる。姿を変えているだけで、本当はこの人は金色の目と白い髪、白い肌を持っている魔女なのだ。そして、考え方は先生とはまったく違う。ずっと余裕を見せているのも、僕のことなどいつでもどうとでもできる、という確信から来ているのかもしれない。


「分からないかな。結局のところ、世の中は限られた資源を奪い合うしかないんだが」

「だからって……」


 焦りながらも、ふと思いついたことを口にする。


「そんな奪い合いで勝ったって、敵を作っていたらやり返されるだけです」

「そうはならないさ。そのために準備をしてきたのだから」


 魔女になってからふたたび表舞台に姿を現わすまでの、空白の八年間。そして秘匿の開示からの二年間。この人は自分の保身のためだけではなく、戦争になった後の始末まで含めて準備を進めていた、という事だろうか。何をどうすることが準備になるのか、僕には想像もつかない。


「君と話していても発見が無いな。はっきり言って、君の思いつくような事はもう全て考えてあるんだよ」

「じゃあ……それじゃあ、例えば僕が。あなたがやろうとしている事、みんなに話したらどうなると思いますか」


 脅すような物言いになっているのは自覚していた。とにかく、何か言い返さなければという気持ちばかりが前に出て止まらなくなっている。

 ガーランドは、まるで聞き分けのない子供を微笑ましく見守る親のような顔をしていた。


「誰が君の言うことを信じる?」

「それは……」

「よしんば、誰かが信じたとしても。それで止まるような段階はもう過ぎているんだよ」


 ぞくりとするその眼差しには、語っていることが全て虚勢ではなく真実だという凄味があった。この人は、戦争を望んでいる。


「あなたは……おかしいんじゃないですか」

「君は普通だな。凡庸と言ってもいい。今のままでは」


 ガーランドが手にした包みを解いた。


「私の下へ来て学べば、このくらいのものは作れるようになるんだがな」


 時間が止まったような気がした。

 材料は恐らく、石と木がほぼ半々。

 杖頭には彫刻が施され、いくつも宝石があしらわれている。赤い石を抱く竜、緑の結晶を巻き込んだ蔦と樹木。それらが紋様に溶け込み、魔女の目を開かなくともマナの美しい流れが浮かび上がるようだった。見れば見るほどに引き込まれるような細やかな仕事だ。

 それでいて、決して華美すぎず、杖全体から浮いてしまうようなことはない。

 僕は何度も息を吸い込み、汗が額に浮かぶのを感じながら言葉を絞り出す。


「僕の、先生は、アイーダ先生だけです」


 自分でも情けなく感じるほど小さく弱々しい声が出てしまった。


「……残念だ。もう、会う事もないかもしれないね」


 ガーランドが立ち上がり、去って行く。まだまだ言いたい事も聞きたい事も沢山あったはずなのに、僕はその背中を追いかけるどころか、見送ることすらしたくなかった。


 理屈では分かっている。

 あの人はきっちりと魔女の指導を受けて、魔法とともに魔法の杖の作り方を学んだ。それが普通のやり方で、その上、僕よりもずっと前から杖を作り続けているのだ。


(だから、作るものの出来がいいのは当たり前じゃないか)


 お茶のカップを下げにきた店の人が不思議そうな顔で僕を一瞥し、すぐに引き返した、


(……先生だって言ってた。何を目当てに作っても、そんな事は作るものの出来には関わらないって)


 だから、割り切れないのは、ただ見たものを理解したくないという僕の感情だ。

 零したくない涙を目のふちに留めて堪える。どうしてあんな人が、という気持ちと、納得しなければいけないという気持ちがぶつかり合っている。


 ガーランドの見せた杖は、僕の作った杖とは比べものにならないどころか、もしかしたら先生の作った杖よりも美しいかもしれない。そんな杖だった。

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