導鉄の杖(後)

 故郷へ戻って、もう一度この家に戻って、僕の生活はまた少し変わった。


 変わった事の一つ目。前よりも、アイーダ先生の指導が厳しくなったこと。

 以前は、ゆっくりでもいい、試行錯誤しながら学んでいけばいい、というような教え方だった。それが、極力無駄をなくし、手際よく動くことを求められるようになった。

 理解の甘い部分があるとすぐに作業を中断させられ、作り直しになる。

 一刻も早く杖の作り方を全部学ばなければならないのだから、これは当然のことと言える。自分で言いだしたこととはいえ、本当に無茶を言ったものだと思う。


 変わった事の二つ目。先生がよく笑うようになったこと。

 仕事を教えている間はいつも通り、というか前よりも厳しくなったけど、それ以外の時間……例えば食事の時、お茶を飲んで休憩している時、外での作業を終えて家に戻る時。そういう時間に、先生はよく喋ってよく笑った。

 表情から口調から、あまりにも切り替わりが激しいので、時々僕は先生が二人いるような気がしてしまう事がある。

 とはいえ、嬉しい変化には違いなかった。僕がここに残った意味の一つを果たせているように思う。


 変わったことの三つ目。

 杖の作り方について、今まで抽象的だった部分がより詳細になったこと。

 これまで先生は、マナの事を具体的に口にせずに、僕に杖の作り方を教えてきた。これはずいぶんやり辛かったのではないかと思う。


「杖の役割については話したな?」

「魔法の力に道筋を与えること、です」


 僕たちは、途中になっていた導鉄の杖作りを再開していた。先生がそんな風に切り出したのは、二股に分かれたハシバミ山査子サンザシの枝を用意し、彫り込みを入れる段になっての事だった。


「そうだ。杖の紋様も見た目を美しく作る事が目的ではない。決まった形に彫ることでマナの流れを整え、力を増す事ができる」


 今、魔女の目を閉じている僕にはその流れを見る事はできない。

 ただ、そうした意味がある事を頭に置けば、ただ漠然と紋様を写し取って木の枝に彫りいれるよりずっと身が入るし、気をつけるべき箇所も意識する事ができた。

 もっとも、数日ここから離れて反復作業を止めていたので、勘を取り戻すまでは結局効率はとんとんといったところだろうか。


 もう一つの大事な材料、砂鉄から杖の芯を作り出す作業も進めていく。

 組み直した炉で真っ赤に熱された鉄の塊を取り出し、槌で叩く。こうやって、余計なものを叩き出しながら形を整えていくのだそうだ。

 繰り返し槌を振り下ろしていると、火花が散り、熱気が顔に当たって汗が噴き出てくる。

 真夏にこんな作業をしていたら倒れかねない。少し涼しくなってきた今だから、まだましなんだと自分に言い聞かせる。


「杖にあまり鉄を使わないのは、鉄のマナと馴染む木が限られるからだ。山査子サンザシは馴染みやすい。二股のハシバミはあらゆる失せ物探しに向く。これらを鉄と合わせ、導鉄の杖と呼ぶ」


 先生はそんな風に教えてくれた。

 今まで作ってきた杖も、その用途によって木の特性を活かすのとは別に、それぞれの持つマナが重要だったということになる。


 もしも魔女の目を開いてマナを見ながら杖を作ることができたなら、僕にももっと早く、立派な杖が作れるようになるのかもしれない。

 でも、それはやってはいけない。それをすれば僕はもっと早く魔女に近づいてしまって、結局別れを早めるだけだから。


 目を閉じたままの僕は、結局何度も何度もやり直しを経て、ようやくその杖を作り上げることができた。

 遠い回り道でも、僕がこのやり方を選んだのだから仕方がない。他に道もないのだ。


「……いいだろう。試してみるか」


 家の外に出て魔法を使う前に、先生は何か小さなきらきらしたものを放り投げた。

 それは何かと尋ねる前に、先生は杖を緩く握って魔法の言葉を唱える。



 かちかち、と草むらの中で何かが鳴った。同時に、杖が勢いよく傾いて先端がその音の方向を示す。

 震えながら宙を舞い、ゆっくりとこちらに近づいてくるそれは、小さな釘だった。先生が先ほど投げ捨てたものだろう。これはそういう魔法なのだ。

 先生は、杖にくっついたその釘をそっと指先で摘まみ上げた。


「もっと、広く大きく使えば、鉄の取れる山、金の取れる山を探す事だってできるんだが」


 それはきっと、もっと強い魔法で、呪いを受けている今の先生には使うことのできないものなのだろう。

 語調に、眼差しに、少しだけ物悲しさを漂わせている。それは今までは押し隠していた悲しみなのかもしれない。


「その魔法……針を落としてなくした時とかに便利そうですね」

「ふふ。確かに」


 務めて明るい声を出すと、先生はそれに応えるように笑ってくれた。

 僕は少しだけ迷った。

 聞きたいことがあるけれど、次の機会を待ったほうがいいのか、それとも今聞いてしまうべきなのか。


 無言でじっと見つめていると、先生は少し不思議そうに瞬きをした。それを切っ掛けに、結局我慢しきれずに尋ねてしまう。


「先生の足、直す事はできないんですか」

「無理なんだ。底無しの穴が開いているようなものだから、外から手を加える事はできない」


 それほど落胆している様子もなく先生は答えた。足が動かなくなるということ、その不便さや恐ろしさよりも、使える魔法が限られていることのほうが悲しみを感じさせた。


「なら、せめて、呪いを解くことは?」

「それも無理だ。この呪いのことは調べ尽くした。誰にも、どうする事もできない」

「その呪いをかけた人なら……」


 先生はただ首を横に振った。

 落胆しながら、僕はどこかで、やっぱりそうなのかと納得しているところがあった。何とかできる事なら、先生だってとっくに何とかしているはずなのだ。

 それにしたって、呪いをかけた人にすら解けないというのは徹底している。


「……そんな呪いをかけたのは誰なのか、と考えているな」


 図星だ。僕の不満はそちらへ向いている。


「教えてもらえますか」


 先生は、目を閉じ、眉間に指を当てて押し黙った。考え事をするときの癖なのかもしれない。

 やがて目を開き、気が進まない様子ではあるものの、ぼそぼそと喋り始める。


「……知っておいた方が良いのかもしれない。接触を避けるためには」

「避ける、ため?」

「絶対に、そいつには近づかないことだ。今この国で生きる以上、全くの無関係ではいられないだろうが。あれと直接関わるということは、利用され破滅するということだから」


 心がざわついた。

 先生に呪いをかけたのは、そんなにも大物なのか。僕がどうこうできると思っていたわけではないけれど、それではとても敵わない。


「今は確か、王宮付きの魔法術士として王都に居るのだったか。秘匿の開示の功績を認められて」

「え?」


 耳を疑った。僕はその人の名を知っている。僕だけじゃない、この国に住んでいる大抵の人はその名を知っている。


「ガーランド。あの男は……この国を変えようとしている魔女だ」


 読み取れないほど複雑な感情の入り混じったような顔で、先生はそう告げた。

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