幕間・自由の話

 町中を通る水路を、ゆったりとゴンドラが行き来している。乗っているのは観光客だろうか。

 つい最近整ったばかりの真新しい街並みを見て楽しいものかなと思うけれど、少なくとも涼しげではある。


 ダーネットの町はますます大きく賑やかになってきたけれど、僕の目的は観光ではないから、人混みを避けて足早に目的地へと向かう。



「新しい杖を売りたい?」


 チックさんが怪訝そうな顔をするのも無理はない。僕は内心どきどきしながら、練習してきた台詞をなるべく自然に聞こえるように話す。


「この杖は、ええと、今までとは仕入先が違って……質は落ちるんですが、安くてもいいので、売れないかなと」


 僕が手にしているのは、幻灯の石の杖。最近自分で作った中で特に出来が良かったものだ。

 先生が言うには、このくらいのものならば値がつくかもしれないので、試しに売ってみてもいいとのこと。用途の限られる杖は売れにくいからと念を押されたけれど、やっぱり期待はしてしまう。


 チックさんは杖を手にとって眺め、しばらく考え込んでいる様子だったけれど、やがて頷いて言った。


「まあ、構わんよ」

「ありがとうございます。よろしくお願いします!」


 勢いよく頭を下げる僕に向かって笑い声が飛ぶ。


「いや、礼を言うのは早いぜ。俺には杖の良し悪しはわからないんでね、魔法術士が使ってみて、これじゃあ駄目だとなれば返品されるかもな」

「う……なるほど」


 やっぱり、そんなに甘くはない。


「それでも手数料は頂くから、俺は損はしないってわけだ。ははは」


 喜色満面なチックさんを見ていると、ふと以前から疑問に思っていたことを訪ねたくなってきた。


「チックさんは、お金をたくさん稼いでどうするんですか?」

「なんだ。がめついと言いたいのかい」


 渋い顔をされてしまったので、僕は慌ててばたばた手を振って否定した。


「いえ、全然そういうのじゃないです。何か目標とか有るのかと思って」

「目標かね。あるよ? 俺は会社を作りたいんだよな」

「今は作れないんですか?」


 チックさんの店は来るたびに内装が変わっていて、本人も鎖のついた金時計なんかを新調している。相当羽振りが良さそうなのに、それでもお金は足りないのだろうか。


「いやな。結局、交易に重要な条約の締結だの植民地の運用だの、そういうことは国の管理だからな。大きな会社でなきゃ、そこに噛ませてもらえないわけで」


 その辺りのことは僕は全然知識がない。ただ曖昧に頷くしかなかった。今ひとつ僕に通じていない事を感じ取ってか、チックさんは面倒臭そうに説明を端折った。


「とにかく、そういう大きな会社を作るための元手稼ぎだよ。小金があっても仕方がない」


 それだけの会社を興すのにどれだけの額が必要になるのか、見当もつかない。


「大きな会社を作ると、どうなるんですか」

「もっと稼げるだろ」

「もっと稼いで何に使うんです?」

「もっと会社を大きくできるだろ」

「それだと、たくさんお金を稼ぐためにお金を稼いでるっていうことに……」


 当然のように言うけれど、僕にはなんだか、目的と手段が堂々巡りになっているように感じられる。


「いいんだよ。金があればあるほど人間は自由になるからな」

「自由?」

「行きたいところに行き、やりたい事をやる。食べたいものを食べる。そういう自由だよ。ほれ、お前さんも昼飯を食ってきな」


 注文した品の準備のためにと、僕は店から追い出された。いつもの事ながら、忙しない人だ。



 僕はどこの飲食店にも入らず、人通りのない路地の片隅で石塁に腰掛けた。

 あの花祭りの日から、僕はこの町でゆっくり食事をする気になれないでいる。不意にエマが現れて鉢合わせするような気がして、周りを警戒しながらでは食事が喉を通らないからだ。


 毎度お昼抜きで山を登るのは厳しかったので、狼の干し肉が沢山あるのはありがたい。固くて味気ない肉だけれど、少なくともお腹は膨れるし、力は湧く。


 町の様子はこんなに華やかなのに、早く山に帰りたいと感じている自分がいる。

 思わず苦笑してしまった。チックさんの言う自由と、今の僕は真逆だと気付いたからだ。

 来たくない場所で、そんなに食べたくないものを食べている。


(でも、それはお金のせいじゃない)


 全部自分がやりたい事をやった結果だ。その点では自分は自由にやっている。だから、受け入れなければいけないと思う。


 ふいに、石畳がきらきらと光った気がして目を凝らす。特に何が落ちているわけでもなく、整然と敷き詰められた石があるだけだ。


(……疲れてるのかな?)


 今日は早めに休もう。そう思いながら、僕は干し肉の最後の一欠片を飲み込んだ。

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