風繋ぎの杖(前)
「次に作るのはこの杖だ」
そう言って先生が見せてくれた杖は、少し不思議な形をしていた。
長さは床から僕の胸くらいまで。木の枝の皮を剥いで磨いたものらしく、すべすべしてきれいな木目が浮かび上がっている。途中で節から斜めに枝が伸びて二股に分かれ、そのうちの片方には螺旋状に付いた羽飾り。
羽の大きさは揃っていて、隣同士は似た色が並ぶ決まりになっているようだった。目で追うと、徐々に色が移り変わって行く様子が美しい。
「この杖には少し特別な材料が必要になる。まず、宿り木のついた
「宿り木っていうと、あの、木から生えている木ですよね?」
木の枝から明らかに別な種類の木が生えているのは、正直少し不気味な印象がある。元になる木がすっかり葉を落としているのに宿り木だけが青々と茂っている様なんかは尚更だ。
「不気味なものだと思っているかもしれないが、あれはあれで森の中には必要なものだ。宿り木を住処にする鳥もいる」
「……」
いつもいつも考えている事を読まれるような会話になるのは、先生が鋭いのか、それとも僕がそんなに単純なんだろうか。
「加えて強い力を持っている。魔法の杖の材料としては優れている」
「木によって力が強い、弱いとかあるんですね」
「当然、ある。私たちにあるのと同じくらいに」
それは前に先生が言っていた、魔法を使う才能の事だろうか。僕には無いらしく、きっと先生にはあるのだろう。
「お前が枝を落とすのはまだ早いから、それは私がやろう。まずはこの山の中から相応しい枝を見つけ出すこと。ついで、鳥の羽根も落ちているものを集めればいい」
「探します!」
僕は張り切って返事をした。実際、僕は今かなりやる気に満ちている。
今回作る杖は、その形や材料がいかにも魔法の杖らしい。"円環の緑の杖"も確かに魔法の杖ではあるけれど、いよいよ自分が思っていたような杖を作れるとなれば、俄然気持ちが乗ってくる。
「まあ、簡単には行かないぞ」
この時の先生の含み笑いの意味は、森に入って材料を探し始めてすぐに理解できた。
「見つからない……」
初日、足が棒になるほど歩き回っても目当ての枝は見つからなかった。
そもそも宿り木自体がこの森のどこでも見られるようなものでは無いらしい。加えて、樫についたものという指定まである。ようやく見つかっても、杖にするほど大きな枝についていなければ意味がないのだ。
もう一つの材料である鳥の羽根はあちこちで見つかったし、暖炉にくべる薪を拾ったり野草を摘んだりしながらなので、徒労に終わる感じはしない。けれど、肝心の枝が見つからない。
二日目。少し前までは、一人で森の中にいると心許ないような落ち着かなさを感じたりもしたけれど、今はそうでもない。僕はだいぶこの森に馴染み始めているようだ。それはそれとして、肝心の枝が見つからない。
まだまだ、探していない場所はたくさんある。山の中は広い。
三日目。蛇を踏みつけそうになって慌てたり、ネズの木やトネリコの木を見つけたりした。見るもの全てが、いずれ杖の材料に使うかもしれないものだと思うと退屈はしない。しないけれど、それはそれとして……肝心の枝が見つからない。
僕が山の中を歩き回っている間、先生は家の中で自分の杖を作る作業に没頭しているようだった。その作業を間近でよく見たい気持ちはあるけれど、今やるべきことは違う。
四日目。さすがに焦り始めていた僕は、ようやく使えそうな枝を見つけて先生をその場所へと案内していた。
「あれです」
しかし先生は、僕が指し示した枝を目を細めて眺め、首を横に振った。
「杖にするには少し細い。それに、枝が曲がり過ぎている」
「……そうですか」
がくりと肩を落とす。
「自分でもわかっていたのではないか。あれでは駄目だと」
「それは……」
図星だ。この前見せられた杖の形にするには、少し無理があるようには思えて、それでももしかしたらという気持ちがあった。
「確信を持って、これだと言える枝が見つかってから呼んでくれ」
先生は片足を引きずり杖をつきながらなので、山の中を歩くのはかなり難儀する。一歩一歩、ゆっくりと家に戻るその後ろ姿を眺めていて、急に罪悪感が湧いてきた。
僕にとってはそこそこ慣れてきた道でも、先生にとっては重労働だ。駄目でもともと、なんて気持ちで軽々しく連れ出すのはよくない。
(時間がかかっても仕方がない。もっと、きちんと探そう)
五日目。家の北側、木が少ないので行く必要はないと先生に言われていた方面を探してみる事にした。
確かに、岩肌に苔がむしていたり背の低い草が生えているところが多いけれど、木が全く生えていないわけではない。他の場所には生えていない種類の木もちらほら見られる。
一面の緑に覆われた他の場所よりも、かえってこの辺りの方が個々の木の鮮やかさが際立つような気もした。
(あれはイチイの木かな? 確か毒があるんだっけ。今度先生に聞いてみよう)
樫を探しながら道に迷わないよう気をつけて歩いていると、ごつごつとした岩が高い壁を作っている場所に出た。二つの岩壁が、ぶつかり合うような形で頭上で合流している。
間を通り抜けるのに十分な幅はあるけれど、こういう場所は先生も歩きづらそうだし、他を探した方がいいだろうか。そう考えていた時、僕は気がついた。
小石混じりの地面に、何か赤黒い染みがついている。
見上げると、真上に小さく光が漏れている岩の切れ目があった。記憶していたよりもずっと高い場所に。ぞくぞくと背中を悪寒が走る。
ここは僕が落ちてきた場所だ。染みは僕の血の跡だ。岩の陰になっているから、雨風に消される事なくまだ残っている。
(僕は、あんなところから落ちたのか?)
改めて、今こうして生きていることが信じられない。あの時僕は骨さえ折れていなかったし、寝て起きてからは特に痛むところもなく動けていた。先生が手当てをしてくれたようだけれど、傷を治す魔法でも使ったのだろうか。
もう一度血の跡を見つめる。寒気が止まらなくて、僕は逃げるようにその場所を後にした。あの時の、一人ぼっちで声も出せずに助けを待ち続けていた絶望的な気持ちが蘇ってくるようだった。
「あ」
ふと、声を上げて足を止める。
もしかしたら。先生が家の北側には木が少ないから行かない方がいいと言ったのは、僕にあの場所を見せたくなかったんじゃないだろうか。こんな風に怖い思いをしないように気を使ってくれたんじゃないだろうか。
そうだとしたら、優しいとも思うし、何だか小さな子供みたいな扱いを受けているような気もする。確かに少し、いやかなり怖かったけれど、別に耐えられないほどの事じゃない。
こちら側には木が少なくて宿り木も見つからないので、これ以上探すのはやめておくけれども。
「平気だぞ」
自分でもちょっとわざとらしく感じてしまうような呟きを口にしながら、僕は来た道を戻るために急ぎ足で歩き続けた。
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