幕間・魔法と呪い
町での一仕事を終え、山を登って家にたどり着いた頃には、もうすっかりあたりが暗くなっていた。ランタンの火を消して、もたれかかるような勢いでドアを叩く。
「ラストです。戻りました」
閂を外す音がして扉が開いた。アイーダ先生は、驚いたような、どこか困ったような顔をして僕を見つめていた。
「先生? 荷物、早く下ろしたいんですけど」
肩に食い込む重みに耐えかねて情けない声を上げると、先生ははっとしたように一歩引いて僕を招き入れた。
「疲れました。先生は今まで、どうやって町まで行き来してたんですか」
荷を下ろして肩と首を回しながら尋ねたけれど、先生は返事をしなかった。机の上に解いた荷物の中身を並べ、飴の入った瓶を手にとって眉をしかめている。
「なんだ。こんなもの頼んでいないぞ」
「それはおまけだって、チックさんに貰いました。いい人ですね」
「あれは悪党だ」
ぴしゃりと言い切られた。
「悪い人、なんですか?」
「怪しい品の出所をごまかして売るのがあいつの仕事だ。盗品も捌く。私の杖を売れるのもそのせいだ」
「ああ、なるほど」
飴をくれたからいい人、なんてあまりにも子供っぽい印象の持ち方だったかもしれない。
「いや、でも、その飴はおいしいですよ」
「これは町に降りる日だけ食べろ」
「ええ……?」
味気ない毎日の食事にささやかな楽しみができたと思っていたのに、当てが外れた。
「食べるものに、何かそんなに意味があるんですか?」
「杖を作るなら、この山で採れたもの以外は食べない方がいい」
「だ、だからそれは何故ですか」
「その方が早く山に馴染むからだ。私はずっとそうしている」
つまり、杖作りを生業にするならば一生野草とヒキガエル中心の食生活という事になるのだろうか。おそらくかなり情けない顔をしていたであろう僕を見て、先生は一言付け加える。
「……とはいえ、染まりすぎるのも良くない。お前は魔女ではないのだから、そこまでする必要はない」
「ええと、つまり?」
「町に降りる時くらいは好きにしていい」
「そういう事だったんだ……」
そうと知っていたら、もっとゆっくり味わって食べてくればよかった。いや、十分に味わって食べていたつもりだけれど、もっと、いつでも思い出せるような感じで。
「あの、山で採れたもの以外駄目なら、小さい畑を作って野菜を育てるというのはどうでしょう! 鶏を飼うとか!」
「獣に荒らされて終わりだろうな」
「ぐ……何か、そういう時のための魔法っていうのはないんですか。獣が来るたびに大きな音を出して追い払うとか」
「そういうのは魔法とは言わない。呪いだ」
「どう違うんですか?」
魔女は呪いを使う。そういう言い伝えは聞いたことがあるけれど、実際、魔法と呪いがどう違うのかあまりわかっていない。
先生は、どう答えるべきなのかしばらく考えているようだった。そのまま返事が返ってこない可能性もある。
「……魔法は唱えたものの目の前でしか力を持たない。呪いはずっと残る」
そこまで言って、先生は口をつぐんだ。いかにも喋りすぎたというようにため息をついている。
「どうやって町に行き来していたのか聞いたな」
あからさまに話題を変えようとしているのがわかったけれど、それでいいような気がしたので口は挟まないでおいた。
本当はチックさんが先生をばあさん呼ばわりしていた件についても聞いてみたかったけれど、機会を改めた方が良さそうだ。
「丁度いい。次は、そういう時に使う杖の作り方を教える」
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