円環の緑の杖(後)
僕が魔法の杖の作り方を学び始めて三日が過ぎた。
杖はまだ一本も完成していない。
何度も枝を拾いに行くうちに、家の周辺に少しずつ詳しくなってきた。この辺りにはかなり色々な種類の植物が生えている。
アイーダ先生がここにいつから住んでいるのか分からないけれど、もしかしたら先生の親とか、そのまた親とか、もっとずっと前の先祖の代がそうしたのかもしれない。
アカザやタンポポの葉はいくらでも取れるし、ミズガラシなんかは生でも食べられる。それほど甘くはないけど、木苺は目先が変わって美味しい。
川の近くにはヒキガエルがたくさんいて、特別仕掛けなんか用意しなくても手でつかんで袋に放り込むだけで取れた。山の中に罠を仕掛けてリスや野鳥を捕まえたりもするけれど、あまり期待はできない。川で魚を釣るのも、僕の腕ではかかる時間の割に合わない。結局肉が不足するので、やっぱりヒキガエルを食べるしかないのだった。
でも、そんな事はどうでも良くて。
目下僕が頭を悩ませているのは、自分の杖作りが上達しているのか上達していないのかよく分からない事だ。
先生の言う通り、常に出来上がりを意識して、かかる時間のことはあまり考えず、丁寧に作るよう気を付けてみてはいる。
けれど、出来上がったものを見るたびに先生が難しい顔をするのを見ると、何とも言えない申し訳無さが湧いてくる。やはりどこか先生の手本とは別物になってしまうのだ。
「向いてないんでしょうか」
思わず口をついてそんな言葉が出てしまった。作業に疲れて、野草のお茶を飲んでいた時の事だった。先生はじろりと僕を一瞥して、ふんと鼻を鳴らす。
「たかだが三日でそんな事わかるか」
にべもない。けれど、この場合はある意味励ましと取るべきだろうか。黙って鬱々としている僕を見かねてか、先生は眉間を指で揉みながら尋ねてくる。
「細工師の仕事は、何故辞めた?」
「辞めたというか、仕事が少なくなって」
「ああ、なるほど。魔法彫金に仕事を追われたか」
出来れば口に出して言わないで欲しかったけど、容赦がない。先生は少し意地の悪い笑顔を浮かべて、言葉を続けた。
「ははあ。杖作りは意趣返しか。魔法の杖が無ければ魔法は使えんからな」
「それだけじゃ……ないです」
まったくない、とは言い切れない。ずっとそれは気にかかっていた。杖の美しさに惚れ込んで、自分で作りたい、仕事にしたいと思ったのは嘘ではないけれど、心のどこかにそういう気持ちがあるような気もしている。
魔法の杖を作ることで、自分から仕事を奪った魔法そのものを見返してしてやった気分になれる。そんな期待がないだろうか。
「やっぱり、そういう不純な気持ちだと上手くいかないんですかね」
俯いて、ぼそりと呟く。床の木目がやけにくっきりと見える。
「関係ない」
「関係ありませんか」
「ない。何をもって純粋と不純を分ける。誰がそれを決める」
先生はやけに強い口調で、きっぱりと言った。
「何を目当てに作っても、そんな事は作るものの出来には関わらない。作ろうという気持ちが続くかどうかの方がよほど大事だ」
僕は黙って、その言葉を心の中で何度も反芻していた。
今、杖が上手く作れないのはお前の心がけが悪いせいだと先生に言われていたらどうだったろうか。気持ちを入れ替えて、それですべてがすんなりと上手くいくような期待を僕はしていたんじゃないだろうか。
そうじゃない。ひたすら地道に続けるしかないんだ。細かく気を払って、分からない事を聞きながら、諦めずに作り続ける以外に、上達する方法はないんだ。ただ作ろうという気持ちを持ち続けて。
僕は甘ったれた自分自身をどこかに追いやるつもりで、残りのお茶を一息に飲み干した。
それからはとにかく一心に、ひたすら作業に没頭した。
杖を作る時以外でもなるべく木の枝を手に持って、その重さや感触を覚えられるように心がけてみたり、先生にお願いして杖を作る過程を何度も見せてもらい、出来上がった杖を一度分解してみたりもした。
意味があるのかどうか今ひとつ分からない事もあったけど、先生は止めるでもなく、笑うでもなく、その一つ一つに応じてくれる。
三日が過ぎた。少しずつ、本当に少しずつお手本に近づいていく。薄い紙を一枚ずつ重ねていくような、僅かな進歩。
気がついたけれど、先生は僕が作業に没頭していると何も言わずに食事を作り始めている事があった。もちろん気がついた時は僕も手伝う。先生は僕が料理に失敗しても、うまく出来ても、特に美味しいとも不味いとも言わない。あまり味に執着が無いような様子だった。そもそも食材が乏しいので味の良し悪しが出にくいところはあるけれど。
それから、さらに三日が過ぎた。
「……どうでしょうか」
やっぱりまだ先生の作ったものに比べると見劣りはするけれど、形は歪んでいないし、持ち上げても崩れない。今まででは一番上手く作れたように思う。
先生が僕の作った杖を持ち、机の上にぱらりと何かを撒く。植物の種だ。
何をするのかと見ていると、今度は杖の円の中にその種を収めるように翳して、ただ一言呟いた。
「芽吹きの陽を此処に」
耳に聞こえるのではなくて、心の中に直接響いてくるような、不思議な印象のある言葉だった。
そして僕は見た。
杖の持ち手から組み上げた輪に向かって光が伸びていく。陽の光を思わせるような、温かくて柔らかな光だ。そうして輪に辿り着くと、光はくるくると渦を巻いて種に向かって降り注ぐ。音も無く種が割れて双葉が顔を出した。こういう魔法は初めて見る。
「すごい」
「珍しいものじゃない。このくらいの弱い魔法ならば、杖の力だけで使うことができる」
「杖の力だけで?」
「そうだ」
興奮冷めやらぬ僕に、先生が杖を手渡す。
「これがお前が作った、最初の魔法の杖だ」
目頭に熱いものがこみ上げてきて、気恥ずかしくて、僕は照れ笑いをした。
「すごく、時間がかかっちゃいました」
「九日で作れるようになれば上出来だ。私が最初に作った時はもっとかかった」
先生にもそんな頃があったのかと僕は思った。普通に考えれば当たり前のことだけれど、なんだか想像がつかない。僕と同じくらいの年の時、先生はどんな人だったのだろう。それはどのくらい前のことなんだろう。
「何度も繰り返して覚えていけばいい。それが道標になる」
急にそう言われて一瞬何の事かと思ったけれど、それは先日僕に言った言葉の続きなのだと気がついた。
明かりのない、暗い道を照らす道標。
僕はもう一度、自分の作った杖をしげしげと眺める。最初の杖作りを通して、僕は少し先生のことがわかった。いつも不機嫌そうで、言葉は素っ気なくて、でも、結構優しい人なのかもしれないと思えるようになった。
それは大きな収穫だった。
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