幕間・お茶の時間
色々衝撃的な出来事があったけれど、僕はアイーダ先生から杖の作り方を教えてもらえることになった。それはありがたい事だ。けれど、実際にそれを始めるにあたって突破しなければならない障害があった。
「教えるのはいいが、どうやってここに通うつもりだ。そもそもお前はここがどこだか分かっているのか?」
「ええと」
先生の問いに、僕は目を泳がせながら口を濁すしかなかった。ついさっき目を覚ましたのだからわからなくても仕方ないけれど、だとしても、当然先に確認すべきことだった。
「ここからダーネットまで歩くと半日かかるぞ。川が邪魔でな。道も有って無いようなものだ。お前は落ちて来たから知らんだろうが」
ダーネットは、僕がバスカル師匠と一緒に魔法蒸気列車に乗って着いた宿場町だ。僕は意図せず、すごい近道をしてここに来たことになる。道は正確には覚えていないし、そもそも、もう二度と利用したくない近道だけれど。
「杖を作れるようになるまで、どれほどかかるのか分かっているのか? その間寝泊まりする場所と金はあるのか?」
「ないです……」
呆れ果てた先生のため息が耳に痛い。
「それでよく、作り方を教えてくれなどと言えたな。お前は猪か」
「何度か言われたことがあります……」
これは本当の話で、僕は機会を見つけると後先考えずに突っ込んでしまうところがある。バスカル師匠なんかは元気があって良い事だと笑っていたけれど、迷惑をかけた事も一度や二度ではない。
そして片道で半日もかかるとなれば、ダーネットに宿を取ってここに通っても、何かを教わる時間が全然ないという事だ。それでは困る。だから、僕は思いついた事を恐る恐る口に出してみる事にした。
「じゃあ、ええと……ここに住ませてもらうというのは駄目でしょうか」
たっぷりと沈黙が流れた。先生は顔をしかめて露骨に嫌そうな顔をしている。
「……他に方法がないなら仕方あるまい」
ほっと胸をなでおろす。快諾とはいかないまでも、なんとかなった。
親にはいずれ、工房の仕事でしばらく遠出するとかなんとか、手紙でも出してごまかすしかない。魔女に弟子入りして魔法の杖を作りますなどと正直に言ったら、父も母も揃って卒倒するだろう。幸いにも、というのはどうかと思うが、もともと「一人前になるまで村には戻らない」という約束で出て来ている。
言い訳をする手紙の文面を夢想していると、突然先生が椅子から立ち上がって歩き出した。先ほど寝室を出ていくときにも見たけれど、先生は常に足を引きずっている。病気なのか怪我なのか、左足が全く動かない様子だった。片手を壁について戸棚を探る姿が危なっかしい。
「何ですか? 何してるんですか」
慌てて身体を支えようとすると、きつい目つきで睨まれた。
「いちいち騒ぐな。茶を淹れるだけだ」
「あの、だったら僕やります。道具の場所だけ教えてもらえれば、できます。座っててください」
先生は不満そうだったが、止められはしなかった。食器のありかを聞いて、準備をする。魔女の飲むお茶なんてどんな代物かと不安になったが、なんのことはない、よくある野草を摘んで干したものだった。これなら僕でも飲んだことがある。かまどにも火がついていたので、お茶を淹れるのはそれほど苦ではなかった。
テーブルについて、黙々と二人でお茶を啜る。
準備をしている時に気が付いたけれど、ここにはカップを初めとして揃いの食器がいくつもあった。先生はここに、ずっと一人で住んでいるわけではないのだろう。魔女と一緒に住んでいた人物が居るのならば、それもやっぱり魔女なんだろうか。それとも家族。恋人とか、もしかしたら夫ということもあるだろうか。
改めて見ると、先生はかなり整った顔立ちをしている。年はたぶん、自分と一回り以上は違うと思う。髪や肌の色が見慣れないので正確にはわからない。母親よりは下だと思うけど。
「何だ。じろじろ見るな」
慌てて視線を逸らす。色々想像していたのが見透かされているような気がした。
「これを飲み終わったら始めるぞ」
「は、始めるって何をですか」
「馬鹿者。何のためにここに居るんだ。茶を飲むためか?」
焦ってとぼけた返事をしてしまった僕に、もう何度目か分からない呆れ顔で、先生は言った。
「杖作りに決まっているだろうが」
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