ひと夏のボディガード

御剣ひかる

ひと夏のボディガード

 去年の夏は楽しかったなぁ。

 海でお泊りデートしたのが一番の思い出だ。昼間は泳いで、海の家がスイカ割りやってたから挑戦してみて、意外にスイカにあたらないものだよねって盛り上がったりして。

 夜は、姉から譲ってもらった浴衣を着て花火大会を見物した。大人っぽいデザインの浴衣だったから「いつもと雰囲気が違っていいな」って彼も喜んでくれて、手をそっとつなぎながら打ちあがる色とりどりの花火を見たなぁ。

 海辺のホテルのディナーは最高だった。夜の海は暗いばかりで、オーシャンビューの利点って昼だけなんだな、って残念だったけど、料理はどれもすごくおいしかった。

 彼とは大学生の頃から友達で、卒業してから彼にコクられて付き合って、二十代半ばでそろそろ結婚って雰囲気もちらついてきた、と思ってたのに。

琉衣るいといると楽しいんだけど、将来のビジョンが見えないっていうか」

 冬、突然フラれた。

 浮気とかもないし、フラれる一週間前だってフツーにデートしてたのに。

 嫌いになったわけじゃないんだって、でもずっと考えてたんだって。カノジョとして付き合うにはいいけど、結婚を意識するようになって琉衣は奥さんとしては、どうなんだろう、って。

 それってつまり、わたしは結婚には向かない女って烙印を押されたってことだよね。

 フラれたのもショックだけど、その理由がさらにショックだった。

 友達に慰めてもらいながら、なんとか年を越して、春を乗りきって、また、夏が近づいてきた。

 彼といて一番楽しかった思い出の季節が、また、未練を連れてきた。

 次の夏は海外に行っちゃおうか、なんて話してたのに。楽しみにしながら一生懸命貯金してたのに。意味なくなっちゃったから、ぱぁっと使っちゃおうかな。

 気を紛らわせるためにネットしながら、ため息だ。

 いっそレンタル彼氏とかやっちゃう? ひと夏の恋ってね。

 でも恋愛感情ない人とベタベタするのも違うっていうか、やっぱ、嫌だ。

 ……ん? 何これ。レンタルボディガード? 一般人がボディガード借りるの? そんなの需要ある?

『たくましい男性に守ってもらいたい! VIP気分を味わってみたい! そんな方にオススメ』

 うたい文句に誘われてサイト開いてみる。

 契約期間は基本一週間。契約者が外出する予定をあらかじめ知らせておいて、その間だけガードする。家とか、互いのプライベート空間には立ち入らないのね。ボディガードというコンセプトから、あまり親密になりすぎないように、ね、なるほど。

 お出かけ先で入場料など料金がかかる場合は、レンタル契約終了後に実費を上乗せして請求させていただきます、か。

 あ、なるほど。そうしないと、依頼人がとんでもない高いサービスとか利用しまくったら会社がすごい損だもんね。

 守られ方はいろいろ。陰からこっそりでもいいし、そばにいてもらってもいい。

 肝心のボディガードさん達は……。

 おぉ、イケメンからシブメンまで、年齢も雰囲気もいろいろだ。いかにも「何があっても守ります」みたいなコワモテマッチョもいるし、ボディガードっていうより執事みたいな人もいるよ。

 ん? 最後に大きめの文字で注釈がある。

『当サービスはボディガードの雰囲気を味わってもらうもので、不測の事態に対応しきれない場合がありますが、契約者は弊社の責任を問わないものとします。同意できる方のみ、ご契約ください』

 あはは、そりゃそうだよね。何にでも対応できるボディガードなら、こんなサービスやってるより要人を警護したほうがずっといい仕事だよ。

 料金も高めで、決まり事がレンタル彼氏よりうるさいけど、なんか逆にちょっと安心する。

 どうせ散財するなら、これに使っちゃえ。

 いろんな項目に答えていって、ん? 何この「イベント」の有無って。ヘルプを見ても「あなたとボディガードの絆を深めるちょっとしたイベントです」としか書いてない。

 まぁいいや、「有」にしちゃえ。

 サービスを申し込むボタンをクリックした。


 八月の最初の週、元カレと旅行しようかって決めていた一週間に休みを取った。その代わりお盆は返上だ。その週に実家に帰りたい同僚にありがたがられた。

 実家には帰れないけど、そんなに遠いわけじゃないし、いつでもいいよね。

 この期間にボディガードをレンタルした。

 契約初日にやってきたボディガードさんは、わたしとそう変わらない歳ぐらいの、背が高い細マッチョタイプだ。クールな感じで、顔もなかなかのイケメンでちょっとテンションあがるんですけど。

 お出かけ予定増やしてたくさん一緒にいてもらっちゃおうかな。

 そんなことを考えながら、初日はショッピングに付き合ってもらった。あ、違うか、身辺警護してもらった。

 必要以上にしゃべらないし、ただそばにいるだけなんだけど、なんだかいてもらって安心する。

 と、思ってたら、帰り道で酔っぱらったふうの男が目の前に!

「おー、ねーちゃん、一緒に飲もうやぁ」

 目をそらしてやりすごそうとしたら、「無視するなよぉ!」って掴みかかられたっ。

 ひぃぃ。やめてやめてやめてぇ!

 パニクってるわたしの前に、ボディガードさんが、ばっと立ちふさがって守ってくれた。

 彼があっさりと男の手をひねってから突き飛ばした。男は舌打ちして走って逃げてった。

「もう大丈夫です、琉衣様」

 すっごい、かっこいい! 表情も口調も「仕事です」って感じだけどそれがプロらしくていい! それに名前に様付けなんて、めったにない呼ばれ方もドキドキする。

「それでは、また明日」

 部屋の前でボディガードさんは一礼して、わたしが部屋に入るまで見送ってくれた。

 彼のかっこよさに興奮してたけど、あれ? そういえばあの酔っ払い、最後普通に走ってたよね。

 あれが申し込みフォームにあった「イベント」ってやつだったのかもしれない。

 それでもボディガードさんがかっこいいのは変わりない。

 明日からが楽しみだ。


 ボディガードさんがいる一週間、わたしはとにかく遊び回った。

 テーマパークでぶらぶらしたり、もちろんショッピングにも行った。今まで恥ずかしくて行ったことがないヒトカラとか、ビアガーデンにも行ってみた。

 厳密にはそばにボディガードさんがいるから一人じゃない。だからこそ行けたんだけど。

 前にあった「イベント」の後は守ってもらうような事件も起こらなくて、彼は必要がないとわたしに言葉をかけることはない。周りから見たら無口な男と行動的な女ってカップルなんだろうけど、二人でどこかに出かけても気分はおひとり様。それでいてそばにいてもらえる安心感がある。

 最終日、去年元カレと行った海辺に足を運んだ。たくさん泳いで、今年もやってたスイカ割りも試してみた。

 ボディガードさんは静かに微笑んで、というか営業スマイルで付き合ってくれてる。引っ張り回しているわたしが言うのもなんだけど、お仕事とはいえ大変だねぇ。

 でもおかげで、元カレと来た場所なのに、寂しくなかったし、逆に楽しかった。

 去年とは違うわたし、ふっきれたわたしを実感できて、満足だ。

 ……でも、この人と一緒にいられるのも、今日が最後なんだ。

 夕日が綺麗に輝いてる浜辺のオープンカフェで、なんだかしみじみとしてしまった。

「一週間、ありがとう。すごく楽しかった」

 応えてくれるかどうか判らないけど、ボディガードさんにお礼を言ってみた。

「満足していただけたなら幸いです」

 彼はクールに笑って、うなずいてくれた。

 もうちょっと、一緒にいたいなぁ。でももう出かける用事もないし。

 あ、そうだ。

「ねぇ。契約は今日いっぱいまでよね?」

「はい、そうです」

「だったら、あと一か所、付き合ってよ」

「どちらにいらっしゃるのですか?」

 彼の表情がちょっと動いた。予定外の行動は困るってことかな。

 でも、今日で終わりなんだし、ちょっとぐらい、いいよね?

「学校のプール。うちの近くにあるんだ」


 夜、わたし達は近所の小学校のプールに忍び込んだ。

 昼間はプール教室とかやってるんだろうけど、当たり前のように夜は静かだ。そしてすごく暗い。

 明かりはプールのそばの街灯とか家から漏れてくる明かりだけ。

「琉衣様、さすがに危険なのでは」

「ちょっと泳いだらすぐに帰るから」

 心配顔のボディガードさんに笑って答えて、わたしはサンダルと服を脱いだ。一度家に戻って下に水着を着てきたからバッチリだ。着替えの間、ドアの前で律義に待っててくれたボディガードさんには、ちょっと気の毒だったけど。

 ザブンとプールに飛び込んだ。

 うわー! 思ったより冷たい! でも気持ちいいー!

 ボディガードさんを見ると、何かあったらすぐに飛び込むぞ、って格好でこっちを見てる。

 お仕事だから、なんだけど、その表情がわたしだけに向けられてる、って、なんだかぞくぞくする。

「一往復したら上がるから」

 そんなに心配しないで、と手を振って、クロールでずんずん進む。

 夜のプールって不思議な雰囲気だね。光が届かないと水さえもそこにあるのかどうかも疑いたくなるぐらいに周りが見えないけど、体にまとわりついてくる水も、ぷくぷくっとはじける泡も、確かにそこにあって。

 元カレも、そんな人だった。そばに姿がなくても存在感があって、それで安心してた。

 胸が、きゅんと痛くなる。

 一緒に、脚もきゅんと、……っ!

 やばっ! 脚つった!

 手をバタバタさせてみるけどうまく泳げない。脚を動かすと痛い。ヤバい、どうしよう! 水がたくさん口の中に入ってくる。息ができない。

「琉衣さん!」

 水と泡の音に混じって、切迫した男の人の声が聞こえた。ちょっとして、体を抱えられたから、思いっきり抱きついた。

 この人は元カレじゃない。けど、安心する……。


 そこから、目をさますまでのことを、わたしは覚えてない。

 気が付いたら、プールサイドでボディガードさんに介抱されていた。

 聞いたら、ほんのちょっとの間、気を失っていたらしい。

「ごめんなさい、迷惑かけちゃって」

 謝ると、彼は呆れたような顔で笑った。

「いいえ。仕事ですから」

 今までと、ちょっと違う表情と声だった。


 その日の夜で契約終了で、ボディガードさんは帰って行った。

 次の日からまた仕事と何もない週末の始まりだ。彼のいない日常。

 寂しい。

 もう一度逢いたいな。もうちょっとお金貯めて、また指名して雇っちゃおうかな。

 って、あれ、わたしが逢いたいのは……。

 ピンポーン。

 思考を中断するようにチャイムが鳴ったので出てみた。

「こんにちは。専属契約をしてほしくてまいりました」

 ボディガードさんが、営業スマイルじゃない、素敵な笑顔でそこにいた。

 返事より前に、思わず抱きついちゃった。


 それからは、彼はお仕事じゃなく、彼氏としてわたしのそばでずっとわたしの心の安全を守ってくれている。

 ひと夏のボディガードが、永遠のパートナーになる日も、そう遠くないかもね。


(了)

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