第二十一章 祈り(9)


「お前ら、もう、いい」


 雉島は【bad!】たちにそう言いながら、気合いを入れて再び自力で立ち上がる。


「雉島さん、やらせろよ!」


 火のついた棒を振りかぶったまま、手持無沙汰になって不満を口にした【bad!】を、雉島は睨みつける。


「お前らは破壊することしか能がない。【bad!】、その頬に彫ってあるのは、『頭が悪い』という意味のbadなのか? もう少し賢くなれ」


 並み居る【hope】たちの前で侮辱され、【bad!】は雉島に怒鳴り返した。


「なんだと、もう一度言ってみろ」


 雉島は一、二度足を踏み鳴らし、車椅子なしでも、気力で歩けることを確認すると、顔を上げて【bad!】に言った。


「古都田に代わり、俺がこの世界を治める時が間もなくやって来る。【bad!】、そんな今、俺に歯向かうことが賢いことなのかよく考えろ。少しは新渡戸を見習え。今のお前の馬鹿さ加減じゃあ、お前が殴ろうとしているそこの若造たち以下だ。頭の悪い奴ほど、安易に暴力に頼ろうとする。そんなことじゃ、新しい時代のETにはなれんぞ」


 そこまで言われて、【bad!】は見事に何も言い返せない。パチパチと燃える棒をだらりとぶら下げ、わなわなと震えたまま、ステージの上に立ち尽くしていた。


 雉島が振り返ると、恵美が警戒して構えている。雉島は恵美の顔にしばらく見入って、それから静かに口を開いた。


「今日まで、辛く、つまらん人生だったろう。それでもまだ生きたいか。俺と一緒に、来ないか」


 恵美は質問の意味がよく分からず、表情を緩めないまま、かすかに首を横に振った。


「とにかく……とにかく私たちの邪魔をしないで」


 雉島は目を伏せて少しだけ笑った。


「そうか、分かった。じゃあ生きろ」


 それから視線をその向こうにいる古都田に据えた。


「古都田、お前の部下たちの働きで、もし滅亡を免れたとしても、このことだまワールドが残っている限り、俺は必ず奪回しにくる。お前との闘いはその時までお預けだ。もしその時が来ればの話だがな。おい、新渡戸、【bad!】、行くぞ」


 雉島は、身を翻すと、自分の足でスタスタと歩いてステージの方に戻って行く。【bad!】がステージ上から訊いた。


「ど、どこへ」


「地中に潜って、こいつらがどこまでやれるか、高みの見物……じゃない、低みの見物といこう」


「【-less】たちは?」


「放っておけ」


「手下どもがいるんですが」


「地下に潜るよう伝えろ」


 新渡戸は、古都田と恵美の横をすり抜け、雉島について行く。古都田は、その新渡戸の背中に向かって声をかけた。


「新渡戸くん、今なら私は君を許す。戻ってきなさい」


 途端に新渡戸は険しい顔をして振り向いたので、恵美が身構えた。


「古都田さん、そう言われて戻る程度の覚悟であなたを殴ったとお思いか。アポフィスが地球に衝突してほしいとは私は思ってはいないが、もし何もかも滅びるのなら、それは致し方ない。だが、もし衝突を免れて、あなたが社長として、ことだまカンパニーが存続するなら、あなたや石川さんによる人体実験を、私は命を賭して阻止する。たとえ雉島さんに味方してでも、ことだま裏ワールドに沈むことになっても。次に会うときには、どちらかが消える時だ」


 新渡戸はそう言い残すと、古都田に背中を向け、雉島の後を追ってステージに上がって来た。


「新渡戸さん……」


 新渡戸は万三郎とユキを交互に見ながら口を開いた。表情だけ見ればいつもの優しい部長の笑顔で、万三郎は胸が締め付けられる思いがした。


「私は君たちが実験台になるのを阻止できなかった。すまない。だが、君たちを最後の検体としたい。ここは、私も含めて、生身の人間が来る世界ではない」


 そう言い残すと新渡戸は、歩みを再開し、雉島より先にバックステージの方へ歩いて行く。【bad!】に蹴散らされなかったかがり火の光が届かなくなる辺りで、新渡戸の姿はスーッと闇に消えていった。


 雉島は、新渡戸を追っていた万三郎とユキの視線が戻って来ると、低い声で二人に言った。


「地球を、守って見せてみろ」


 雉島は【bad!】たちを引き連れて、新渡戸の後を追い、悠々とステージ後方の闇に同化していった。後は倒されなかったかがり火の松明が時々バチンとはぜるのみだ。

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