第十七章 演説(7 危機を経て人類は進化する)


〈 危機を経て人類は進化する 〉


( 24 )実は、私自身の希望はその先に広がっています。もし今回の危機を乗り越えることができたなら、世界は以前よりはるかに素晴らしいものになるだろうということです。なぜなら、ちっぽけな、でもかけがえのないこの惑星にあって、領土領海であれ、食糧であれ、資源であれ、それらをめぐって争うことが、あるいは、思想信条や宗教、文化、肌の色の違いを理由として争うことが、いかに無益でおろかなことかを、人類はついに悟るだろうと期待しているからです。


〈 Humanity evolve over the crisis 〉


( 24 )As a matter of fact, my hope spreads further: when humanity overcome this crisis, people will be far more hopeful than ever. I expect that humanity will finally realize how unfruitful and unwise it is to fight, on this tiny, but irreplaceable planet, whether it be for territory, food or resources, or because of a differences of thought, creed, religion, culture, or color of skin.




 働きに働いた。飛び立つ前のすべてのワーズにエネルギーを注入してきた。ユキは立っていられなくなって床に崩れ落ちそうになるのを、椅子の背もたれをつかんで懸命に耐えている。


「ユキ、もういい。後は僕が――」


 そう言う杏児にユキはかぶりを振る。


「一人じゃ……スピードが遅くなる。気持ちが高揚して、万三郎の話すスピードが速くなってきているから。杏ちゃん、早く次を……」


 言われてみればその通り。二人で手分けして結構なペースでワーズたちを送り出さないと、今の万三郎の話すスピードにはついていけそうにない。


 ――ここが踏ん張りどころか……。


 杏児はまだ決してユキを信用し、許しているわけではない。だがこのミッションで手を抜いていないことは見ていてよく分かった。歯を食いしばって立ち上がろうとするユキに、杏児は声をかける。


「分かった。あと少しだ。ユキ頑張れ!」


 杏児は、自分がより働いて、ユキの負担をいくらかでも軽減しようと決心し、目の前の仕事に集中することにした。


「次ッ、行こう!」




( 25 )思えば、人類の歴史は、奪い合う歴史でした。それは人間の本質の一つである「欲」のもたらす結果であったのかもしれません。人類は、殺戮し、破壊し、犯し、奪い、虐げ、支配し、搾取し、従わせようとしてきました。その結果、今日、二十一世紀に至っても、紛争、テロ、差別、環境破壊、飢え、貧困、犯罪がなくなることはありませんでした。今日、世界中で8億人が飢えていると報告されています。


( 25 )In retrospect, the history of human beings has been that of deprivation. This may be the fate which may well be attributed to an aspect of human nature on one hand; desire. Some have killed, destroyed, violated, deprived, oppressed, dominated, exploited, and subordinated others. Therefore, until today, right in the midst of 21st century, we have never been able to prevent wars, terrorism, discrimination, environmental destruction, hunger, poverty, or crimes from happening. Today, eight hundred million people are reportedly starving in the world.




( 26 )沈みゆく船の上では、相手を屈服させても、相手からモノを奪っても、奪う側、奪われる側、いずれも全滅です。エゴイズムは、人類が探している答えではない、エゴイズムでは人類の課題は解決しない、という考えを、私もあなた方と共有しております。勝つことと負けることという、二項対立ではない考え方があります。まさに今回その考え方をするべきです。それは、誰かからエネルギーを奪うことではなく、皆のためにエネルギー使うことに基づきます。意思のない小惑星と闘う必要はありません。これは、誰かが負ける、誰かが貧乏くじを引く、誰かが滅びる、ということがないやり方です。

 

( 26 )It is no use overpowering and robbing others who are on a sinking ship with you. I share the idea with you, ladies and gentlemen, that egoism is not the answer for us, and that no problem facing humanity can be resolved with egoism. There is an idea other than the dichotomy between to win and to lose, which should be employed right this time. It is based not on robbing energy from others, but using it to benefit each other. We need not fight the asteroid because it has no will. So this is the idea in which no one loses, gets the short straw, or is vanished.




( 27 )人間の本質に「欲」があります。しかし、他方で私たちは「愛」も本質的に持ち合わせています。愛があれば、やっとの思いで得られた、ひとかけらしかないパンを、母親は息子に与えることができるのです。死にかけた経験を持つ人は人生観がドラスチックに変わるといいます。私たち人類に同じことが起こることに、私は希望を持つのです。


( 27 )On the other side of human nature, we have love as well. With love, a mother can give the only piece of bread she has to her child rather than she eats it herself. A person often changes his or her philosophy drastically after having a narrow escape from death. I expect all human beings to have a change of heart.




「ユキッ!」


 杏児は思わず駆け寄って、崩れかかるユキの体を支えた。


「もう、いい。十分だ」


 その杏児の腕をユキは振りほどく。


「いや……あと、あとちょっとだから……。杏ちゃん、これで最後だから……三人で……やり遂げさせて」


「……」


 ユキは杏児の腕から離れて、椅子の背もたれを頼りによろよろと立ちあがった。


「【miracle】、来て……」


 それでもしばらくの間、杏児はその場にひざまずいたまま、ユキの成り行きを見守らざるを得ない。その杏児をユキの方が突き放した。


「三浦杏児救国官! 最後よ! 作戦遂行を優先して!」


 杏児は我に返る。


「あ、ああ。分かった」


 もう人がまばらになった部屋を見回す。


「次、行こうか」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る