第十六章 使命(10)


 杏児が言う。


「三つ目の理由だ。【hope】、君の代わりは誰にも務まらない」


【hope】は渋い顔をして脇を向いた。


 その時ユキが、はっとした表情で背筋を伸ばした。


「杏ちゃん、感じる?」


 摩天楼を見回しながら発せられたユキの問いに、杏児は怪訝な顔をする。


「何がだよ。【hope】の代わりか?」


「そうか、私だけか……」


 誰にともなくそう言うと、ユキは少し屈んで【hope】の耳にささやいた。


「私を信じて待ってて。私も、あなたを信じて待ってる」


【hope】は泣きそうな顔でユキに向き直って口を尖らせた。


「だから、約束はできない!」


「もう、いくらも経たないうちに、作戦が始まるわ」


 そう言うとユキは手を挙げて、今度は交通の流れに沿って走っていた別のタクシーを止め、乗り込む。杏児は当惑した。


「ユキ、【hope】をこのまま放っておくのか?」


 ユキは車内からニコリとする。


「信じるってそういうことでしょ」


「いいのか? こいつ、約束できないって……」


「そうだ、約束はできないんだから!」


 そう訴える【hope】に、車中からユキが頷く。


「分かったわ。で、杏ちゃん、どうするの」


「ど、どうするのって……ユキはどうするんだ?」


「決まってる。探しに行くのよ」


「どこへ?」


「時間がない。乗るの乗らないの?」


 杏児は【hope】とユキを交互に見比べながら慌てる。


 停車中のタクシーに、早く行けと促す後続車のクラクションが鳴る。それを聞いて、杏児はタクシーに飛び乗った。


「ハイウェイ経由でダウンタウン・マンハッタンのヘリポートへ。急いで」


 運転手は了解して車を発進させる。


「ヘリポート? ユキ、心当たりがあるのか」


 ユキは答えない。


「もう時間がないぞ。僕たちがいないまま万三郎がスピーチ始めたら作戦が台無し……」


「分かってるわ」


「どこへ行くつもりか知らないけど、ヘリなんか乗ってる時間……」


 ユキは激しく杏児に噛みついた。


「うるさい! 今、私たち、十二倍速で動いているのよ。さっきまでとは違う」


 ユキからそう言われても杏児は意味が理解できなかった。


「十二倍速? さっきまでとは違う?」

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