第十六章 使命(9)



 ユキが訊く。


「【hope】、それでどうしてこの穴の中にいるの」


「自分がどうすればいいか分からなくなったからだよ」


 ユキはため息をついた。それから【hope】に優しく語りかける。


「そろそろ時間なの。国連本部へ行きましょう」


【hope】は驚いてユキに訊き返す。


「仲間はどうするんだよ」


 ユキは努めて冷静を保ったまま、【hope】に言い聞かせる。


「【hope】、あなたはあなたの役割を果たして。【happiness】たちは、私が探し出す」


 ところが【hope】は顔色を変えてユキに喰ってかかった。


「ユキさん、あんた何言ってんだ? あんたの役割も作戦遂行することだろ? 人探しする時間なんてないじゃないか。とにかくうまく言いくるめて僕を連れて行こうって算段か?」


「そうじゃないわ」


「嫌だよ。僕は行かない」


「【hope】、言うこと聞いて。お願い……」


「嫌だ!」


「【hope】! 業務命令だ」


 たまらず杏児がそう言い放った途端、【hope】は地面に飛び降りた。


「拒否する! クビにしたけりゃすればいい」


「【hope】! 人類の命運がかかって……」


「だからあ! なんで僕に人類の命運を全部負わせる? 冷静に考えてみろよ、アポフィスがぶつかるんだよ、ほぼ百パーセント。それを僕一人でひっくり返すことなんか、出来るもんか! 信じれば運命は変わる? へっ、無理だね。それこそ偽善だ。できもしないことを、さもできるかのように人をたらしこんで。そんな偽計の片棒を担ぐなんて、まっぴらごめんだ。僕は、偽善者じゃない!」


【hope】の反抗のしかたは尋常ではなかった。拳を握りしめて、杏児を睨み、唇を震わせながら感情的に訴えている。シートレで太平洋を渡るときにも自分に疑問を抱き続けていたと【rumor】が言っていたが、かなり根深いものがあるようだ。以前、【wish】に言われた「偽善者」という言葉が相当こたえているように、杏児には見受けられた。


 それでも杏児は苛立ちを隠せない。


「分からん奴だな! いいか、君が今すぐ国連本部へ向かわなくちゃいけない理由は大きく分けて三つある。一つ目、時間がない。二つ目、作戦失敗は、すなわち滅亡だ。リアル・ワールドもことだまワールドも、人間もワーズも、捕らわれの【happiness】たちも、みんな消えてなくなる。三つ目、君の……」


「杏ちゃん、大声で滅亡とか言わないで。通行人がパニックになるわ」


 憤る杏児をユキが静かに制して【hope】に言う。


「じゃあ、ねえ【hope】、約束してくれる? 私は必ず【happiness】たちを国連本部へ連れ戻してくる。そうしたらあなたは、仕事してくれる?」


【hope】は目をつぶって天を仰いだ。


「へっ! 時間ないんだろ? そんなことは不可能だ」


「不可能かもしれないけど、希望を持ってやってみる」


 小学生の背丈の【hope】がユキをじろりと睨む。


「希望を持ってって、僕に対するあてつけか?」


「そんなんじゃない。ただ、他に方法がないから」


「仲間は助かるに越したことはない。だけど、僕が国連本部へ行くと約束はできない。僕は偽善者なのだから」


「あなたは偽善者じゃないわ。今、自分でそう言ったじゃない」


「勝手なこと言わないでくれ。僕は自分の中でまだ答えが出ていないんだ」


【hope】の心の中が痛々しいまでの混乱状態であることが理解できる。【wish】に言われたことがトラウマになっているのだ。

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