第十六章 使命(8)


 チャコールグレーのオフィスビル街の谷間、交差点の脇に、赤いオブジェがしつらえてある。台座も合わせれば大人の身長の倍以上の高さがある。実用的な物体ではない。芸術作品だと杏児もひと目で分かった。


 オブジェは文字の積み重ねだった。立方体並みに十分な奥行を持たせた太字のクーリエ書体の文字は、「HOPE」と読める。下の段の「P」「E」の上に、「H」「O」が載っている。


 ユキと杏児のタクシーが通りかかった時、【hope】は少し斜めになった「O」の内側の穴に身体を横たえ、頭の後ろで腕を組んでいた。小学生の容貌で通している彼は、相変わらずサスペンダーで吊られた半ズボンを履いている。


 地上二メートルほどの高さにあるその穴を、ユキは見上げた。


「【hope】!」


【hope】はかなり驚いて二人を見下ろす。


「ユ、ユキさん、杏児さん。よくここが……」


「他のワーズたちは?」


 すると【hope】は、あらぬ方向を向いてそっけなく答えた。


「タイムズ・スクエアにいるよ」


 杏児が言う。


「そのタイムズ・スクエアの連中はもう国連ビルへ向かった。僕らは彼らを送り出して【hope】、君らを探しに来たんだ」


【hope】が杏児をまっすぐ見て、それから七番街通りの向こうの方に漠然と目をやる。


「【bad!】の手下に連れ去られたのは、僕以外の五人。【happiness】、【liberty】、【freedom】、【dream】、【runaway】」


 ユキが訊く。


「どうしてあなただけ助かったの?」


【hope】は穴からわずかに身を乗り出し、交差点の角を指さした。


「仲間たちがあそこのテラス席の場所取りしてた。ジャンケンで負けた僕だけが、みんなの分のタコスを買いに、少し離れたあそこのスタンドにいた。悲鳴が聞こえた方を見たら、奴らが三人を軽トラックの荷室に押し込むところだった。僕は軽トラックに近づいて叫んだ。そしたら運転していた【sinister】が窓を開けて僕に言ったんだ。『タッチ・ハート作戦に関わるな。作戦が失敗したらこいつらは無傷で返してやる』って。僕が追いかけようとしたら、トラックは走り去った。奴らはわざと僕を捕まえなかった。僕を試してるんだ」


「なんてこったい、ホーリー・マッカラル……」


 さっきタクシー運転手が言った言葉を、今度は杏児がつぶやいた。

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