第十五章 紐育(12)

十二


「はい、福沢です」


 スマホのスピーカーから石川の声が鳴る。


「俺だ。今どこにいる」


 ユキはスマホのマイクに向かって答える。


「瞑想室です。三浦、中浜の両救国官も一緒です。石川さん! 何回もお電話したのに。今どちらに」


「国連事務局だ。そっちの本会議場につながっているビルだ。ベン・ジャミン国連事務総長と会っていた。グレート・ボンズ形成について理解と協力を取り付けた。当日の具体的な段取りを、国連事務局のスタッフと打ち合わせしなければならない。まだこちらで時間がかかる。そっちはどうだ、ワーズたちの士気は?」


「はい、そのことなんですが石川さん、実は、ことだまワールドでは今、大変な……」


 その時突然、杏児がユキのスマホを自分の耳に当てて、ユキを遮るように話し始めた。


「石川さん、三浦です。ことだまワールドの連中は今、大変士気旺盛です。作戦遂行にまったく問題ありません」


「そうか。それは何よりだ」


 呆気にとられたユキを無視して、杏児は万三郎の方を見ながら電話の向こうの石川に話し続ける。


「僕とユキは予定通り、万三郎のスピーチ中、ことだまワールドにレシプロして、タッチ・ハート作戦の指揮を執ります。石川さんはどうぞ心配ならさず、今やらなければならない仕事にご専念ください」


「理解してもらえてありがたい。嵐のせいで全て時間がしているんだ。では、ことだまワールドのことは頼むぞ三浦。俺は中浜のスピーチの時には、本会議場に戻っている。それで、中浜はどうしている? そこにいるのか」


 万三郎は狼狽した顔をちらりと上げて杏児を見た。杏児はスマホを持ったまま答える。


「問題ありません。ですが今、トイレに行っています」


「そうか。奴に頑張れと伝えてくれ」


 スマホのスピーカー越しにそれを聞いて、万三郎は苦々しい顔をそむける。その様子を見ながら杏児は石川に返事をした。


「そう伝えます」


「スピーチ後、閉会したらロビーで会おう」


「はい」


 電話が切れた。


 ユキが何か言おうとする前に、杏児はユキにスマホを押し付けるように返し、そのまま万三郎に歩み寄った。万三郎の後ろに回り込んでその背中を軽く押す。椅子のひとつを指さし、座れと促す。


「万三郎、ちょっと部屋に入れよ」


 杏児は扉を開けて顔を出し、佐東を扉際まで招き寄せて訊いた。


「佐東さん、すみませんが三人の時間を取りたい。三十分……いや二十分構いませんか」


 佐東は少し考え込む風だったが、やがて答えた。


「やはり嵐のせいで、予定より早く総会プログラムが進んでいます。十分でお願いします」


 佐東は万三郎を講演者控室へ連れて行くために十分後に迎えに来ると言い残し、部屋を出て行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る