第十五章 紐育(3)


 空港から国連本部までのハイウェイは交通規制が行われていて、世界各国から集う要人たちへの便宜が図られていた。日本からの一行もスムーズにマンハッタンへ入ることができた。


 車が国連本部に到着すると、国連日本政府代表部の人たちが出迎えてくれて、石川と救国官たちはあいさつを交わす。


 石川は、出迎えていた日本政府代表部の越川秀実こしかわ ひでみ特命全権大使と大垣総領事、そして部下の飯塚総務部長を交えて打ち合わせをするということで、救国官たちとは別行動を取ることになった。


「忘れるところだった。中浜、三浦。領事館から、こちらに滞在中に使う携帯端末を借りている。セキュリティー対策上、通話しかできないタイプのケータイだ。今からお前たちに貸与する。お前たちや福沢を始め、俺や書記官たち、代表部の人たちなど、主だったる番号は皆端末に入っている」


 二人は石川からそれぞれケータイを受け取った。


「何かあれば連絡しろ」


 石川はそう言い残すと、総領事、国連大使とともに足早に歩いて行った。


 セキュリティーチェックを終えると、佐東書記官が三人を開会前の総会議場へと案内してくれた。三人は総会議場の最後部から入った。広い総会議場に、まだ人影はほとんどない。


「今日は午後から開会します。セッションのトリが中浜さんです」


 万三郎は自分の立場をリアルに感じざるを得なかった。


――七十年以上にわたって世界の重要事項がここで話し合われ、世界のビッグ・ネームがここで講演した、その総会議場の演壇に、間もなく自分が立つのだ……。


 万三郎の背中に佐東が声をかける。


「アポフィスが衝突したら、何億人かは即死でしょうが、すぐに全人類が絶滅する訳ではないでしょう。ですから人類最後の国連総会……にはならないとは思いますが、衝突後に、世界中で、飛行機が飛べる状態かどうかは分かりません。そういう意味では、全加盟国が一堂に集まる総会は、もうこれで……」


「来月、また開催されるわ。世界の無事を祝って」


 万三郎が振り向いた時、佐東の言葉の最後を遮って、負けず嫌いのユキが、会議場内を眺める姿勢のままそう言い切った。佐東はユキの方を向いてまなじりを上げ、何か言わんと口をもごもごさせたが、ユキは佐東の方を向いていない。頬を紅潮させ、議場の反対側の端、黄金色の国連マークのレリーフを睨むように見つめている。そして、そんなユキの隣りで、手すりに両手を預け、吹き抜けの明かり取りの高い天井を見上げたまま、杏児がつぶやく。


「そう、そうだよ……」


 杏児は、ユキと一緒に、世界が心を一つにするために、万三郎があそこの演壇で世界へ向けてスピーチをするのと時を同じくしてことだまワールドへセルフ・レシプロを行い、万三郎の言葉にことだまのエネルギーを送り込むミッションを担う。「タッチ・ハート作戦」と石川が名付けたミッションだ。あの演壇に立つ万三郎から、こちら側の各国代表席へ、その心へ、一斉にことだまを放射するのだ。自分たちの「想い」が、彼らの心へと伝わり、琴線に触れなければならない。そう考える彼は、この総会議場のレイアウトをしっかり脳裏に焼き付けようとしていた。


「五時間後……かあ」


「いや、三浦さん、五時間後とは限りません。国連総会議長と事務総長が、加盟各国に、人類の命運に関わる非常に重要な議事があるので、しかるべき立場の人間を派遣するようにと事前通告しています。皆さんと時を同じくして、各国の代表者が続々とニューヨーク入りし、この国連本部へ集結してきています。嵐が近づいてきているので、彼らは飛行機が飛べる今日のうちに帰国したいと考えているでしょう。となると、各国代表がそろい次第、議長権限で総会が前倒しで開会されることもあり得る」


 万三郎は杏児の隣りで再び演壇を見つめていたが、佐東に問うた。


「世界の代表者が、間もなくここに集うのですよね。そして、私の前に誰がどんな話をするのですか」


 佐東は少し黙って、それから万三郎に言った。


「アポフィス衝突後に予想される、各国の暴動や侵略行為への対応、軍事行動の禁止に関する決議、向こう一年間の食糧と水の確保に関する相互援助の取り決めなどですが、万時休すの今、全ての議題が、衝突後の世界秩序をどうするのかというテーマで共通しています。唯一の例外が、あなたのスピーチです」


 万三郎は佐東の答えに耳を傾けながらも、演壇から目を逸らさなかった。佐東は息を継いでさらに続ける。


「先ほど言ったように、議長経由で、各国に事前通告が行っています。『日本が、世界を救う最後の提案を持ってくる』と。事務局が聞き取りした限りでは、世界は半信半疑です。だが、ミサイル迎撃が失敗した今、そこにいくばくかの期待を持って彼らは集まってくる。事務総長と総会議長が通告に言葉を添えたからです。『たとえ人類の歴史が存亡の危機に直面するようなことがあっても、歴史の最先端にいる我々は、最後の一人が、最後の一秒まで、顔を上げて前を向くべきだ。我々は万難を排して集い、この提案に耳を傾けるべきだ』と」


 佐東は、わずかに声を震わせる。


「中浜さん、みんな、あなたの話を聴きに集まってくるのです」

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